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地下鉄(メトロ)に乗って

2006年、浅田次郎「地下鉄に乗って」原作、石黒尚美脚本、篠原哲雄監督作品。

この作品は新作ですが、最後まで詳細にストーリーを書いていますので御注意下さい。コメントはページ下です。

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豪邸の庭先で、昭一(北条隆博)、真次(崎本大輔)、恵三()の三人兄弟がキャッチボールをしている。

そこへ、父親小沼佐吉(大沢たかお)が帰って来るが、食事の準備が出来ていない事を聞くと、その場で、母親を殴りつける。

そんな様子を観ていた三人兄弟は、母親に大丈夫かと声をかける。

そんな三人は、新しく開業した地下鉄丸ノ内線の新中の駅の構内を見に行く事にする。

そこで、真次は、やって来た車両に乗っている自分の姿を観たような気がした…。

現在、長谷部真次(堤真一)は、神田にある衣料品会社から溝口の自宅に帰る途中、弟の慶太から、父親が倒れたので、一度病院に見舞って欲しい殿との留守電を確認する。

その後、赤坂見附の半蔵門線ホームに立つ一人の老人の横顔を観て、野平先生ではないかと声をかけると、相手は振り向き、小沢真次…今は、長谷部君だったねと答えて来る。

真次の事を良く覚えているようだった。

近況を聞かれた真次が、衣料品会社の営業をやっていると答えると、血は争えんなと野平先生は呟いた後、京は、昭一君の命日だったね、とも付け加える。

東京オリンピックの年で、忘れようもない年だった。

交通事故で亡くなった兄の遺体が運ばれた病院での事を真次は思い出していた。

母親、野平先生、自分と弟恵三がいる安置所に、遅れてやって来た父親が、遺体の顔にかけられた白布をめくって、なんて様だ!と言い放ち、すぐさま帰ろうとするので、思わず「あんたのせいだ!人でなし!」と叫んだ真次は、父親からビンタをもらう。

しかし、病室から遠ざかる父親に対し、通夜には帰って来てくれ、母さんが困るからと付け加える真次だった。

今の君は変わった。あの時を境に…と、野平先生から指摘された真次は、何となくいたたまれなくなり、列車の到着の気にする素振りを観冴えるが、肝心の地下鉄がなかなかやって来ない。

地下鉄は当分来ない、乗り継ぎで行けば良いのだと、野平から教えられた真次は、急ぐので銀座線にすると答え、自分は急がないのでと言う野平先生に別れを告げ、その場を離れる。

乗り換え通路の階段を降りていた真次は、すでに止まっていたはずのエスカレーターが急に動き出したので、そちらに目をやると、ただ独り、若き日の昭一そっくりの青年が乗って登っている姿を観たように思った。

そんなはずはないとそのまま歩き続けるつもりだった真次だったが、次の瞬間、やっぱり気になって、その青年の後を追う事にする。

改札口を出る青年の後ろ姿を見かけた真次は、その後を追って出口の階段を登ると、そこには、何だか様子の違った町並みがあった。

ちんどん屋が「いつでも君を」を奏でながら人集めしている店には、「東京オリンピック開催」等と言う文字が見える。

出口の名前を見ると「新中野」と書いてある。

奇妙に感じた真次は、衣料品見本の入ったスーツケースを、その場に置いて、又階段を降りてみると、そこには、やはり赤坂見附である乗り換え表示が見える。

再び、階段を登りかけた真次は、自分が上に置いておいたスーツケースを、青年二人が落とし物と思ったのか、そのまま持ち去ろうとするのを見かけ、慌てて登って取り押さえる。

その二人に謝って、溝口に帰りたいのだがと質問すると、それなら、この地下鉄で新宿まで戻って、渋谷から…と、青年たちが教えるので、それは分かっているんだ。新玉線か半蔵門線の乗り場が分からなくて…と真次が言うと、怪訝そうな顔をした青年たちは、何を言っているのか、地方から来たのか、玉電の事だと言うではないか。

さらに、今年、東京オリンピックが開かれる事も知らないのでないかとバカにした様子で、自分らが持っていた新聞をくれる。

新聞の日付けを見ると、10月5日月曜日と書かれている。

何事かを思い付いた真次は、弟の恵三に公衆電話をかけてみると、ちゃんと現在の相手に繋がる。

今どこにいるのかと尋ねられたので、新中野の駅前のオデヲン座という映画館の前にいると告げると、今は立体駐車場になっている所だろうと言うではないか。

やはり、ここは、現在ではないのだ。

時計を見ると、7時20分、続いて、自宅の母親に電話をかけ、兄が死んだのは、夜の11時半ではなかったかと確認すると、そうだと言う事が途切れ途切れに届く。通信状態がおかしくなったらしい。

懐かしい鍋横商店街の中を探していると、小沢昭一と書かれた自転車をパチンコ屋の前で発見。

恐る恐る中に入ってみると、スマートボールに興じている懐かしい若き日の兄の姿がある。

思わず声をかけ、怪訝そうな相手をごまかす為に「小さい頃にあった叔父だ」と答えた真次は、気をきかせた昭一からおじさんが吸っている煙草は?と聞かれる。

思わず、「MILD SEVEN」を取り出した真次だったが、昭一は見覚えのない煙草に目を丸くし、洋モクと勘違いしてしまったようなので、洋行帰りだと又してもごまかす。

結局、東京オリンピック仕様のデザインのピースを景品としてもらう。

自宅への帰り道、昭一から、京大に行って親と離れたいと考えていた自分の希望を反対し、一方的に東京帝大へ行けと強要する父親と喧嘩し、家を飛び出した時かされたた真次は、兄を自宅まで送り届けると、今夜はもう二度と家を出るなと厳しく言い付けて、その場を去る事にする。

地下鉄の駅を降りると、再び、真次は現在に戻っていた。

翌朝、真次は、出社した会社の社長岡村(笹野高史)に、前夜の不思議な体験を聞かせる。

同僚の軽部みち子(岡本綾)は、真次が持ち帰ったオリンピックデザインのピースのパッケージを珍しがっている。

タイムスリップと思われるその話を聞いた岡村は、それで結局、兄は助かったのかと聞いて来るが、夕べ、帰宅して同居している母親に聞いた所、兄は、その後、親父と又ぶつかって、家を出て行ったらしいと真次が答えると、やっぱりタイムパラドックスのような歴史の歪みが起きないようになっているのだと、読書家の岡村は解説する。

今は、籍を抜いて母方の名前を名乗るようになった真次も、小沼佐吉の息子である事に変わりはないのだとも付け加える。

その言葉を聞きながら、みち子は、新聞に大きく載った「小沼佐吉、緊急入院」の文字に見入っていた。

その夜、赤坂見附の地下鉄構内で出会った真次とみち子。

実は二人は愛人関係であった。

喫茶店で、いつも通りオムライスを注文して食べる真次の様子を観ながら、自分はいつも、母親お手製で、ケチャップかけ放題のオムレツしか食べた事がないと話した後、真次が大物小沼佐吉の息子だった事を知らなかったと告白する。

父親の事を、金と自分の事しか考えない成り上がり者で、いつも脱税や疑獄事件に名前が上がって来た、今も贈収賄事件の尋問中だと、吐き捨てるように答えた真次に対し、みち子は、自分も母方の姓を名乗っており、佐吉の本はデザイン学校時代に読んだ事があるし、あなたは薄情な所が父親そっくりだと思うと言うのだった。

そして、誰からも忘れられていないあなたに嫉妬を感じるとも伝える。

その後、みち子のアパートに出向いた真次だったが、みち子が風呂の準備をしている間に、ベッドの上で寝入ってしまっていた。

いつの間にか、真次は、履いていた靴を予科練上がりに見える少年から勝手に取り上げられ、その磨き賃を要求されていた。

いくら欲しいのかと尋ね、一万円札を出して見せると、その余りの額に驚いた様子の少年グループは、財布の中に入っていた「アメリカン・エキスプレス」のカードを見て、真次の事をアメリカ軍関係者か何かだと勘違いし逃げ出そうとする。

それを追おうとした真次だったが、その場に現れた少年の仲間らしい男の姿を見て驚愕する。

若き日の父、佐吉だったからだ。

佐吉の方は、勿論、真次の事等知るはずもなく、自分は、食いつめ者たちを世話しているアムールと言う者だとへりくだって挨拶して来る。

アムールというのは、満州にある川の名前で、自分は満州から帰って来たのでそう呼ばれていると説明した佐吉は、財布が戻って安心した真次を、自分のやっている店に案内しようとする。

闇市の中を通り抜けて行く途中、佐吉は真次のばりっとした形を見て、旦那は二世か何かかですかと聞いて来るが、そこは適当にごまかす真次。

やがて、警察に連行されている街娼の一団を目撃した真次は、その中に、あろう事かみち子もいる事に気づき、助け出そうとするが、警察に阻止され、みち子らを乗せたトラックは走り去って行く。

その場は、警官に金を握らせ丸くおさめた佐吉は、真次を自分の店に入招き入れ酒を振舞う。

みち子の事が気掛かりな真次は、腕時計を渡して、何とか、先ほどの女を助けてくれないかと頼むが、佐吉は、ドルを持っていないかと、逆に尋ねて来る。

しかし、それに答える暇もなく、真次は、飲まされた得体の知れない酒に悪酔いして、その場に昏倒してしまうのだった。

気が付いた真次は、みち子のアパートのベッドの上にいる事を知るが、一緒に目覚めた様子のみち子も、今見ていた同じ夢の世界にいたようで、自分は、警察の留置場に入れられる寸前、佐吉に助けられたと言うではないか。

そのみち子の手首には、連行される時はめられた手錠の痕が残り、真次の腕時計はなくなっていた。

さらに、真次の靴を確認すると、安物の靴墨が塗られている。

二人は紛れもなく、終戦直後の世界に飛んでいたのだと確信する。

帰り際、真次はみち子に、今年の誕生日は何が欲しいか尋ねるが、みち子は指にはめた指輪だけで十分と答える。

その日、弟恵三が役員を勤める父親の会社に出向いた真次は、今度ばかりは、動脈瘤破裂で予断が出来ない状態なので、何とか父親を見舞いに言って欲しいと説明されると共に、早く、真次にもここの会社に入って、役員になって欲しいと頼まれるが、気乗りしないように帰ろうとするので、やっぱり父親に似ていると弟から指摘される事になる。

その日も、地下鉄の構内を歩いていた真次は、ここはどこだと怯えたようにうずくまっている浮浪者の姿を見つけ、すぐに側の階段を登って外に出てみると、又、あの終戦間際の時代に出る。

さっそくバー「アムール」へ向った真次は、若き日の父親と再び会い、みち子を救ってくれた礼を言うが、佐吉は、儲け話に助っ人来る…と上機嫌のようで、真次をトラックに乗せると、二世だから英語くらいしゃべれるんだろうと問いかけながら、走りはじめる。

どうやら、米軍から放出された砂糖を秘密裏に買い受け、それを高く売ろうとしているらしい。

戦前は、3円75銭だった砂糖が、今や1000円もするのだそうだ。

やがて、待合せの場所に到着し、相手を待っていると、間もなく米軍のトラックがやって来て、米兵が独り降りて来る。

さらに、相手のトラックからは、パンパンらしき女も出て来る。

互いに、金と砂糖を確認しあった佐吉が、金を相手に渡した所で、米兵は銃を取り出して、佐吉に突き付けて来る。

すぐに、女が、佐吉が隠し持っていた拳銃を取り上げると、その場に警察がやって来る。

どうやら罠に引っ掛かったらしい。

刑事と警官が降りて来て、佐吉と慎次に手錠をかけるが、一瞬の隙を見て、佐吉は、米軍のトラックの影に逃げ出そうとする。

それに対し刑事が発砲した弾が、燃料タンクとタイヤを撃ち抜いてしまう。

結局、佐吉はあえなく捕まるが、刑事は米兵に対し、警察でトラックの修理をするから、二人は警察が送り届けると説明し、米兵と女を乗せた警官の車は遠ざかって行く。

その後、居残った形の刑事と佐吉は、途方にくれている真次の前で爆笑しはじめる。

どうやら、二人はグルで、米兵は佐吉を警察に売ったつもりで、実は、刑事と懇意だった佐吉の罠にはめられたのだ。

先ほど、米兵が後生大事に持って帰った麻袋に入った札束は偽物で、本物は、何時の間にか、トラックのタイヤの後ろに隠してあったのだ。

店に戻った佐吉は、真次の持っていたスーツケースを勝手に開け、中に入っていた女性用下着が絹製である事に驚くのだった。

そこへ、先ほど、米兵と同行していた女がやって来る。

佐吉が親しげにお時と呼ぶその女(常盤貴子)も、最初からグルだったのだ。

佐吉の愛人かと尋ねる真次に対し、お時は、アムールには妊娠した妻がいると説明する。

そこへ、手入れだ、逃げろ!と、佐吉が叫ぶ。

逃げ出した真次は、何時の間にか、古風な地下鉄の車両に乗っていた。

「新橋」で止まったその車両に、手には千人針を持ち、小沼佐吉と名前が書かれた襷をした坊主頭の青年が乗り込んで来る。

出征直前の父親だった。

思わず、満州に行くんだねと声をかけた真次に対し、佐吉は、自分には分からないが、南方に行ったら玉砕らしいと小声で教えて来る。

真次は、以前、満州から帰って来たと言う佐吉の言葉が記憶にあったので、自信を持って、あんたは満州へ行くし、しかも、生きて戻って来ると断言してしまう。

それを聞いた佐吉は、真次の事を易者か何かだと思い込んでしまう。

それでも、真次の言葉は嬉しかったらしく、もし生きて帰って来れたら、この千人針を縫ってくれた女と結婚し、三人の子供を作って、長男には学者、次男には硬い勤人、三男坊は、自分の手元に置いておきたいと将来の夢を語りはじめる佐吉。

赤坂見附に着いた時、席が一つ空いたので、真次が佐吉に座るように勧めると、嬉しそうに座った佐吉は、実は自分は、地下鉄に乗った話ばかりするので、工場の仲間たちからメトロと呼ばれているのだが、地下鉄は20銭と高いので、本当は、今日初めて乗ったのだと言う。

でも、仲間たちも全員その事は承知していたらしく、今日は、新橋から青山一丁目まで乗って行けと皆から勧められたらしい。

おれは、こんなものにガキの頃から憧れていたんだな〜と感慨深げだった佐吉も、青山一丁目に着いたので降りて行く事になる。

プラットホームに降り立った佐吉が、自分の方に向って敬礼をして来たので、思わず真次は、「小沼佐吉、バンザ〜イ!」と叫んでしまうのだった。

暗転。

真次は、いつものように地下鉄の構内にいた。

みち子も地下鉄構内にいた。

その夜自宅で、ルモンド社と小沼産業との収賄事件について報道するテレビを見ていた真次の息子一樹は、祖父の事を心配するが、母親から早く寝るように言われると、つまらなそうに「今度レギュラーになったんだ」と真次に報告して部屋に戻る。

妻から、あの子は今までずっと補欠だったのだと教えられ、納得する真次。

その後、真次は同居している母親(吉行和子)に、父の佐吉は満州に行っていたんだって?と聞いてみる。

千人針の事も聞いてみると、母親は、女学生だった自分は、勤労奉仕で出向いた工場で職工だった父と出会って可哀想だったから千人針を送ったが、本当は帝大の学生が好きだったのだと意外な事を打ち明けて自室に戻る。

部屋に戻った母親は、長男昭一の写真が飾ってある仏壇に手を合わせるのだった。

その頃、今でうたた寝をしていた真次は、ソ連侵攻が始まった満州の戦地のただ中にいる自分を発見する。

そこには、みち子だけではなく、小学生たちと、その引率だった野平先生を逃そうと、独り戦っていた父親佐吉の姿があった。

真次は、自分は易者から絶対に死なないと言われた男だと言って、一人、機関銃を乱射する父親の姿を見ながら、真次とみち子も、子供達の脱出を手助けしながら、自分達も壕の中から脱出するが、その直後、爆発に巻き込まれた真次は、一緒にいたみち子の姿を見失ってしまう。

翌朝、居間で目覚めた真次は、みち子の事が気になって、急いで彼女のアパートに駆け付けるとドアを叩くが、少しして出て来た彼女の姿を見て安堵すると、彼女を強く抱きしめ接吻すると、そのままベッドインするのだった。

夢の中なのか、兄昭一が、父佐吉に殴られ、家を飛び出して行く。

真次とみち子は、二人して、雨が降りしきる地下鉄新中野駅に立っていた。

見ると、向いの公衆電話ボックスの中で、昭一が誰かに電話しているのが見えた。

近づいてボックスの扉を開けてみると、話している相手は母親らしく、お前の父は戦争で死んだ。今の父は、それを承知で育ててくれているのだと言っている話声を漏れ聞こえてくるではないか!

その告白に逆上した真次は、思わず、昭一から受話器を奪うと、呆然としてボックスを出て行く昭一の方を捕まえながら、母親になんて事を言うんだと抗議するが、次の瞬間、自分の手を離れて道路に歩み出た兄昭一がトラックにぶつかるのを目撃する事になる。

みち子に促され、雨の中、歩み始めた真次は、道ばたにある小さな祠に手を合わせるみち子の姿を見る事になる。

小さな頃から拝んでいたのだと言う。

やがて、雨の中、長い階段の下で強く抱き合った二人だったが、みち子はそっと、自分の指から指輪を外すと、抱き合って気づかない真次の上着のポケットにそれを滑り込ませる。

そして、長い階段の上にあるバー「アムール」という店に入った二人は、そこでお腹の大きな女将、お時と出会う。

お時は、ぐしょ濡れの来客に驚いた様子だったが、二人が腹を空かせているようだったので、急いで、オムライスを作って出してくれる。

そして、ケチャップを一緒に持って来ると、好きなだけかけていいと言う。

真次がそれを口にしていると、父、不機嫌そうな佐吉が入って来る。

お時が、何があったのか尋ねても、口を聞こうとせず、やけ酒をあおるだけ。

そして、自分を見ている真次に気づくと、あんたには息子はいるかと尋ねて来たので、独り男の子がいると答えると、自分には三人いて、末っ子は自分の手元に残しておく、次男は硬い勤人に、長男は帝大に通わせて、末は学者に…と、以前聞いたのと同じ言葉を口にしながら、その長男を赤ん坊時代、自分が抱いていた時の仕種をしながら泣きかけている。

そんな姿を見た真次は、思わず、小沼昭一は、あんたに育てられて幸せだったと言ってしまう。

しかし、その言葉の意味も理解できないような父は、お時の大きなお腹をさすりながら、生まれて来る子供にはみち子って名前を付けようと言い出す。

まだ、女の子だと決まった訳ではないと呆れるお時に対し、否、女だ、名前は分かりやすくひらがなで行こう、手に職を付けさせる為に、洋装勉強させてデザイナーってのはどうだと言うのを聞き、真次は愕然とする。

今こそ、全てを悟ったのだ。

それを聞いていたみち子も又、感動して涙を流しながら、自分が生まれて来る事を喜んでくれる人がいた…と言いながら、オムライスを口にするのだった。

彼女の涙に気づいたお時は、真次に送って帰るように促すが、雨の中、先に店を出たみち子に、お時は傘を差し掛けて来てくれる。

そんなお時に、振り向いたみち子は、母さん、私を生んでくれた人の幸せと、自分が愛した相手の幸せを天秤にかけたら、どちらを取ると尋ねる。

お時は、自分の幸せを取るなんて母親はいないよ、好きな人を幸せにしてやんなと答えると、思わず、彼女に抱きついたみち子は、「お母さん、ごめんね!」と耳元で呟いて、彼女に抱きつくと、「エッ?」と怪訝そうなお時を抱きしめたまま、階段に身を投げるのだった。

身重のお時とみち子は、長い階段を転げ落ちて行き、それに気づいた佐吉と真次が慌てて降りて二人を抱き上げるが、お腹を強打したお時は流産しそうだった。

佐吉は、あんまりじゃないか!俺は二人も子供を殺してしまったと叫ぶ。

その時、真次の方は、抱いていたはずのみち子の姿が何時の間にか消えているのに気づく。

又、現在に戻っていた真次は、会社に戻ると、いつも通り、全員社員は揃っており、女性社員の後ろ姿も確認できたのでほっとするが、「長谷部さん、お電話です」と振り向いたその女性社員は、見知らぬ顔だった。

テーブルを見ると、社長が読みかけの「罪と罰」の本が目に止まった。

父親佐吉の病室に出向いた真次は、テーブルに、自分がかつて父親に渡した時計が、古びた状態で乗っているのを目にし、又、それを腕に巻く。

その日、地下鉄構内で、又、野平先生と再会する事になる。

地下鉄は良い。思った場所に自在に連れて行ってくれると野平先生が教えてくれる。

後日、父親の墓参りに来ていた真次と母親は、弟の恵三から、親父が今の会社を始めた理由を知っているかと話し掛けられ、戦後、絹の下着を持ち歩いている立派な身なりの男と出会った事がきっかけだったらしいと聞かされるが、真次は、信じられない素振りを見せる。

一緒に車で帰ろうと勧める弟の恵三を断わり、二人で歩いて帰る事を選ぶが、これから久々に地下鉄に乗って新中野の家まで行ってみないかという真次の勧めに母親も乗って来る。

さらに後日、いつものように地下鉄に乗っていた真次は、上着のポケットに入っていた指輪を発見して、感慨深い顔になるのだった…。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

タイムスリップのアイデアを使った、大人向けのファンタジー。

東京オリンピックの年、地下鉄の構内に貼ってある「明治マーブルチョコ」の広告や、「キューポラのある街」と「肉体の門」などを上映している映画館等が懐かしい。

SFとして見ていると何となく釈然しない所があるし、それでは、全くの幻想なのかと思っていると、これ又、少し様子が違ったりと、独特の世界観になっている。

取り立てて映画的な見せ場がある訳でもなく、全体的に地味なドラマの連続と言ってしまえばそれまでだが、原作の力か、語り口の巧さか、2時間は長く感じられない。

主人公を真次だと思って観ていると、彼の父親に対する思いの変化は、意外と平凡な印象だが、主役は実は、みち子の方だと考えて観ていると、ある時点からの彼女の苦悩と、ラストの苦汁の選択が興味深い。

最初の方にも、いくつか伏線は敷いてあるが、何故、みち子も一緒にタイムスリップしているのか…という疑問も、彼女の方こそ、ドラマの主人公なのだと考えると分かりやすい。

真次は主役のようでありながら、実は自分の父親と愛人という二人の運命の傍観者なのだ。

特に大感動するとか、号泣させられるという程ではないが、じんわり心に染み込んで来るような魅力は持っている。

個人的には、同じ原作者の映画化「鉄道員(ぽっぽや)」と、ほぼ同じ程度の出来ではないかと感じられるが、こちらの配役の地味さは、興行的には不利かも知れないとも感じる。

ちなみに、冒頭で登場する豪邸には何となく見覚えがあり、ひょっとすると「珍品堂主人」で登場した料亭と同じ建物ではないだろうか。

どこか寂しげな印象のある岡本綾演ずるみち子と、独特の風貌が強烈な、田中泯演ずる野平先生が印象に残る。