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怪談累が淵

1960年、大映京都、犬塚稔脚本、安田公義監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

安永2年12月の雪の夜、江戸のとある長家に、大工の富三が酔った足取りで帰って来る。

その足音から、富三が酔っている事を聞き分けたのは、同じ長家に住む針医者の皆川宗悦(中村雁治郎)だった。

眼が見えない彼には、そのくらい朝飯前だった。

そんな宗悦が、雪が振っていると言うのに外出しようとしているので、二人の娘お志賀(中田康子)、お園(三田登喜子)は何とか止めようとする。

宗悦は、針医者の他に、高利貸しをしており、その取り立てに行こうとしているのであった。

そんな父親の裏稼業を、娘たちはどこかしら恥じていた。

しかし、宗悦は、目指す旗本深見新三衛門(杉山昌三九)の家を訪ねる。
今日は、返済の約束日21日だったからだ。

出て来た下男の三右衛門(寺島雄作)に殿様への取り次ぎを頼んだ宗悦、酒を飲みはじめていた新三衛門に許されて座敷に上がり込む。

新三衛門は、愛人のおくまを(村田知栄子)を呼ぶが、そのおくまは、ちゃっかり間男の佃の吉松(須賀不二夫)と密会していた。

新三衛門は、金を返済を要求する宗悦に、酒を勧めようとするが、何度も騙されている宗悦は用心して、酒で誤魔化そうとしてもダメだと頑な所を見せるが、その言葉に逆上した新三衛門は、刀を取り上げると、宗悦を斬ってしまう。

異変を聞き付け、奥座敷に近づいたおくまと三右衛門も、主人の狂態には近付けない。

斬られた宗悦は、自分が死んだら、後に遺される二人の娘の事を思うと、死ぬに死ねない。

何とか、新三衛門にしがみついて、金を!、金を!と迫るので、その執念深さから逃れようと、新三衛門は、宗悦の頭をざっくり斬り付け、さらに背中から一突きにしてとどめをさしてしまう。

新三衛門、おびえる三右衛門を呼び寄せると、納戸に古い葛籠があるから持って来いと命じ、おくまには、死体を包む油紙を持って来させる。

その間に、宗悦の懐から、財布を抜き取ると、その中の金を確かめ、葛籠を持って戻って来た三右衛門にその中から10両を投げ与えると、今日まで働いてくれた謝礼と、これから頼む事への手間賃だと言う。

恐る恐る小判を拾おうとした三右衛門だったが、死んだはずの宗悦の血まみれの手が動いて、畳の上に散らばった小判を握ろうとする様を見て、悲鳴をあげてしまう。

新三衛門は、そんな事は気にせず、葛籠の表に貼られた模様紙を破りはじめる。

その頃、父の帰りを待っていたお志賀とお園は、行灯が点滅するのを気にしていた。

そんな時、「はい!」といきなり返事をしたお志賀に、何事かと問いただしたお園だったが、今、父親が帰って来た声が聞こえたと言う。

表に出てみたお志賀だったが、誰もいない。

長家の中を見渡してみると、火の玉が飛んでいるではないか!

だが良く眼を凝らしてみると、それは、箕を着た男がかかげるたいまつの火だった。

その時、お園の悲鳴が聞こえ、部屋に取って返すと、仏壇から経文が落ちており、ちょうどその日21日の日付けの部分が表に出ていた。

葛籠を背負った三右衛門を門から送りだす新三衛門の姿を、近くからこっそり盗み見していたのが吉松だった。

ひとまず、三右衛門に暇を出してしまったので、その後釜の心配をしながら部屋に戻って着た三右衛門は、肩が凝るので、おくまに揉ませはじめる。

卒中のケがある新三衛門は、医者から肩凝りに気をつけるようにかねがね言われていたからだ。

ところが、痛みは和らぐどころか、ますますひどくなる。

そんな新三衛門に対し、背後から肩に手を添えていたおくまが、「痛いったって、こんなものじゃない」と奇妙な事を言いはじめる。

「肩から乳の所まで、斬り下げられた痛みは、こんなものじゃない」と言うその声は、もはや、おくまのものではなかった。

慌てて振り向くと、そこに立っていたのは「金を返せ」と訴える宗悦。

思わず刀で斬り付けるが、倒れたのはおくまだった。

その直後、斬った新三衛門本人も苦しみだし、土間の方まで出て来たところで倒れ込んでしまう。

断末魔のおくまは、おもわず「吉さん!」と叫んで息絶えるのだった。

一方、葛籠を担いで累が淵までやって来た三右衛門は、この辺で良かろうと葛籠を下ろし、ちょっと眼を離した後、気が付くと、その葛籠の上に佃の由松が座っているではないか。

葛籠の中身を知っている模様の吉松は、仮に俺が、恐れながらと御上に訴えれば、殿様だけではなく、お前も磔だと脅かす。

困った三右衛門は、一両やるから見逃してくれと言い出し、後ろ向きでこっそり懐から財布を抜き出しかけたところで、吉松に襲われ、ドスで突き殺されてしまう。

しかし、その瞬間、脅迫の種にしようと吉松が考えていた葛籠が勝手に滑り出し、河の中にはまったかと思うと、そのままあっという間に流れて行ってしまう。

仕方ないので葛籠は諦めて、瀕死の三右衛門から財布を盗もうとした所に駆け付けて着た旅姿の侍があったので、吉松は一目散に逃げ去る。

侍は、倒れた三右衛門を抱き上げると、それが見知った顔だったので驚き、下手人を尋ねるが、三右衛門は、「葛籠が…」と言ったきり、息絶えてしまう。

深見新三衛門の家にやって来たその侍は、門の前に大勢の野次馬がたかり、中に入ると役人が出入りしているのを見て、何事があったのかと尋ねる。

逆に役人が、名前を尋ねて来たので、その侍は、自分は深見新三衛門の息子、新五郎(北上弥太朗)だと答える。

母亡き後、所行が乱れ、情婦等を囲い出した父親を嫌い、2年前家を出た彼は、黒坂一斎の道場で修行に励みながら、奥州一円を巡り、たった今帰って来た所だと説明する。

役人は納得し、父親は殺されたらしいと、その死体を見せると、一緒に死んでいた女の死体も確認させるが、それは新五郎も良く知る父親の情婦、おくまだった。

さらに役人は、新五郎を奥の部屋に案内すると、そこに残された大量の血痕の後から、もう一人ここで殺された者があるようだと聞かされるが、その畳の上に、葛籠から破り取られた模様紙が落ちているのと、土間に、見知らぬ杖と下駄が残されているのを新五郎は見逃さず、記憶にとどめるのだった。

そんな所へやって来たもう一人の男がいた。

佃の吉松である。

彼は名前を尋ねて中に入れまいとする役人に対し奥様に会わせろと迫るが、そのおくまが殺されたと知ると、その女が浅草の茶汲み女だった頃からの知り合いだったが、死んだとあっては用はなくなったと、さっさと逃げ去ってしまうのだった。

時が過ぎ、とある茶屋にぼろぼろになった着物姿で駆け付けて着た男がいた。

チンピラの甚蔵(市川謹也)というその男、迷惑顔の茶組娘のおみよ(浜世津子)を気にする風でもなく、勝手知ったる様子で奥の部屋に駆け込むと、そこに寝転んでいた男の背中に「親分!」と声をかける。

富本節を聞きに行ったら、佃組にやられてしまったので、敵討ちを手伝って欲しいと言うのだ。

振り向いたその親分なる男とは、すっかり町人風の着流し姿になった新五郎だった。

その富本節の師匠、豊志賀が、踊りを披露する直前の舞台に訪ねてやって来たのは、弟子の一人、お久(浦路洋子)の父親、市川橋十郎(東良之助)と、旗本の細川の御隠居(嵐三右衛門)だった。

豊志賀とは、お志賀の成長した姿だった。

御隠居は、橋十郎から紹介された豊志賀の美しさにたちまち惹かれてしまう。

さらに、そこに駆け付けて来たのは、豊志賀の妹で、今では柳橋の芸者になっていたお園だったが、御隠居はそちらの美貌にも眼を止めてしまうのだった。

そんな中、お久は、母親から、金持ちを贔屓にするのが女の幸せなんだからと、叱りつけられていた。

そこへ、職人仲間を連れた留吉(藤川準)も、お園に声を掛け芝居見物にやって来る。

そんな様子を見ていた佃の吉松たちは、小馬鹿にしたような口調で留吉一行を嘲るのだった。

様子がおかしいお久の様子に気づいた豊志賀が訳を訪ねると、細川の御隠居様にどこかに連れて行かれそうだと打ち明ける。

実は、お久は、今の両親の貰い子と言う事もあり、親たちの情が元々薄いらしい。

結局、舞台がはねた後、姿をくらませたお久は、豊志賀の家に逃げ込んでいた。

事情を知った豊志賀は、お久を匿ってやる事にするが、そこへ乗り込んで着たのが、父親の藤十郎と佃組のやくざたちだった。

豊志賀が、お久など来ていないとしらを斬るが、やくざたちが強引に上がり込み、結局、裏手でお久を見つけ連れ帰ろうとする、

そこへ立ちふさがったのが、甚蔵と新五郎だった。

新五郎は、甚蔵の仇討ちを手伝うつもりできたのだが、娘もかどわかされそうになっている様子も見て、義侠心を発揮、たちまちやくざたちと大立ち回りを演じっると、無事、お久を救出してやるのだった。

その見事な腕っぷしと、美貌振りを陰で見ていた豊志賀は、一目で新五郎の虜になってしまう。

お久を助けてもらった礼を言いながら近づいてきた豊志賀は、今の喧嘩で新五郎の袖が破れているのに気づき、家にあげると、すぐさま繕ってやるのだった。

そして、心配そうに、今の男たちは仕返しに来ないでしょうかと尋ねると、新五郎も分からんと答えるのみ。

結局、用心の為に、新五郎は一晩、豊志賀の家に泊まる事にするが、新五郎の為の布団の支度を終え、部屋を出た豊志賀は、向いの廊下に亡き父親の幻影を見る。

こちらを振り向いた父親は、ダメだと言うように首を振ると、消えて行くのであった。

新五郎の部屋に飛び込んだ豊志賀は、あんどんの光に舞っていた蛾を見てさらに怯え、思わず、新五郎に抱きつくのだったが、その瞬間、右肩に痛みを感じるのだった。

何時の間にか、舞っていた蛾は行灯の内部に入り込むと、火に飛び込み燃え上がっていた。

翌朝、夕べとはうって変わり、一人で豊志賀の家に詫びにきた藤十郎は、低姿勢で土産を手渡すと、お久の事は、師匠にお任せすると頭を下げて来る。

その代わり、細川の御隠居に会ってくれないかと言う藤十郎の言葉に応じた豊志賀だったが、御隠居と対面すると、お久の事では、師匠の顔を立てたのだから、今度は自分の顔を立てて、師匠の面倒を自分に観させてくれまいかと言い出して来る。

藤十郎の策略と気づいた豊志賀は、きっぱり断わって席を立とうとするが、御隠居は態度を急変させ、力づくで豊志賀を捕まえると、隣の部屋に用意してあった布団に押し倒すのだった。

藤十郎も姿を消し、助けを呼んでも誰もいなくなった屋敷で、必死に抵抗を続けていた豊志賀の前に、あの新五郎が突然現れ、豊志賀に組み付いた御隠居のマゲを斬り取ってしまうのだった。

何となく気になって来たという新五郎のこの行為に、すっかり参ってしまった豊志賀は、それからと言うもの、自宅に新五郎を住み着かせてしまう。

男嫌いだったのが嘘のように、すっかり新五郎にべったりの生活になってしまった豊志賀は、踊りの稽古も、お久に任せっぱなし。

師匠目当てに通っていた男弟子の雁蔵(伊達三郎)や 亀四郎(本郷秀雄)は、この事態に呆れ、あっさり辞めて行ってしまう。

そんあ姉の急変振りを心配してか、久々に妹のお園が訪ねて来るが、どう言う訳か彼女の目の前で、仏壇に飾ってあった花瓶が落ちてしまう。

そんな自堕落な毎日を送っていた新五郎だったが、ある日思い付いて、久々に自宅に帰ってみることにする。

その帰り道、川岸でぼんやりしていたお久を見つけ、声をかけると、このまま師匠の家に居続けていて良いのだろうかと悩みを相談して来る。

その頃、部屋でぼんやり、廻り灯籠を見ていた豊志賀は、その絵柄が、恐ろしい父親の殺害の再現の絵に変わるのを見る。

さらに、どこからともなく自分を呼ぶ声が聞こえたので、玄関口に出てみると、亡くなったはずの宗悦が立っていてどこへ向うではないか。

その後を付けていった豊志賀は、急に寒気に襲われたかと思うと、川向こうで話し込んでいる新五郎とお久の仲睦まじそうな姿を見つける。

お久が家に戻ってみると、豊志賀から、新五郎と何を話していたのかと問いつめられる。

何も…と言葉を濁すと、嫉妬に狂った豊志賀は、恩を仇で返されたからには、もうこの家には置いておけないから、明日実家に帰って、両親に好きなようにされるが良いと言い放つ。

その後、そのお久からの訴えを聞いてやって来た新五郎は、告げ口をしたんだねと逆上する豊志賀の心根の醜さに呆れ、起こって帰ろうとする。

しかし、それにすがりついて来る豊志賀。

新五郎は、そこまで平常心を失った豊志賀の姿を見て、自分達はこの辺りで別れた方が良いと冷静に答えるが、その言葉で、ますますお久へ心変わりしたのだと邪推した豊志賀は、玄関口まで新五郎を追って来るが、どうした訳かその場で倒れ、顔を強打、左目の周囲から血を流してしまう。

結局、新五郎は、怪我をした豊志賀を付ききりで面倒を見るようになる。

寝たきりになった豊志賀は、夢に殺された父親が出て来て、ざまあみろ、バチが当ったんだと言われたと、新五郎に打ち明ける。

さらに、妹のお園に知らせてくれと頼むのだった。

それを、家の近くで待機していたお久に託し、今夜は甚蔵の家で泊まるようにと帰した新五郎だったが、その話声を耳聡く聞き付けた豊志賀は、誰が来たんですかと、呼び掛けながら起き上がろうとするが、その左目は腫れ上がっていた。

その帰るお久を見つけたのが、たまたま近くを取りかかった吉松と仲間たち。

そこへ駕篭が突っ込んで来たので、怒って駕篭かきに因縁を付けはじめたやくざたちだったが、駕篭に乗っていたのは、お園だった。

吉松は、その姿を見て許してやるが、豊志賀の家にやって来たお園の姿を見て驚いたのは、出迎えた新五郎だった。

明日の朝、迎えにやるつもりだったからだ。

姉妹に水入らずの対面をさせようと、気を利かせて家の外に出た新五郎の姿を発見したのは、表で張っていた吉松たちだった。

お園は、怪我をして臥せっている姉を見て驚くが、実は、昼寝をしていたら、父親が夢に出て来たので気になって来てみたのだと言う。

考えてみると、その日は月違いではあったが、父親が亡くなった21日だった。

お園は、すぐさま供養の為、仏壇に火を灯し、リンを鳴らすが、その途端、寝ていた豊志賀は急に痛がりだし、蚊帳越しに振り返って見たお園には、姉の傷がより悪化しているように見えた。

新五郎が来客を告げるので、お園が出てみると、かねてより呼びつけておいた留吉が来ているではないか。

お園は、姉の具合が悪いので今夜はこちらに泊まるので、悪いが、明日五つ、舟屋で会おうと約束して帰らせるのだった。

その頃、部屋に戻り、仏壇の位牌を読んでいた新五郎は、豊志賀の父親の命日が、自分の父親の命日と全く同じ、安永2年12月21日だと気づく。

翌日は雨だった。

一人で寝ていた豊志賀は、急に壁に掛けていた三味線の糸が切れ、蚊帳の側に父親の姿を見たので怯え、新五郎を呼ぶが家にいない様子。

仕方がないので、毎日、こっそり来ている事に気づいていたお久を呼びつけ、三味線を壁から下ろすように命じる。

師匠の病気を案じて、毎日やって来ては、裏でこっそり家事を手伝っていたお久は、その言葉に素直に応じるために部屋に入って来るが、いきなり、豊志賀から手を掴まれると、毎日来ているのは、新五郎に会う為で、もうあの人に可愛がってもらったのだろうと、言い掛かりをつけられる。

ちくしょう!と叫ぶ豊志賀の身体は、高熱で火照っていた。

そこへ戻って来たのが新五郎、医者に薬を取りに行っていたのだ。

そんな新五郎に、妹を呼ぶように頼んだ豊志賀は、今日22日は、累が淵で、葛籠に入れられた父親の死体が見つかったひだと打ち明けるが、それを聞いた新五郎は、「葛籠が…」と言い残して、自分の腕の中で死んだ三右衛門の事、父親の住む家に戻った日、奥の座敷で見つけた葛籠の紙を破った痕などを思い出し、それを豊志賀に、大事な話があると前置きしながら「自分達には恐ろしい因縁が…」と打明けかけた時、連れ戻しに来た両親に無理矢理連れ去られるお久の叫び声が聞こえた為、話を中断して、追い掛けるのだった。

大事な話と言いながら、途中でお久を追って行ってしまった新五郎の姿を見た豊志賀は、さらに嫉妬心を燃え上がらせ、部屋にあった新五郎の羽織を引きちぎりながら「私を捨てて…」と、呪の言葉を吐くのだった。

竹林の中で、新五郎に追い付かれたお久の両親は、彼が、細川の御隠居のマゲを斬った男だと気づき、直ちに、佃の吉松たちを呼びに走る。

何とか新五郎に助けられたお久だったが、どこへも行き場所をなくした彼女は、もう死んでしまいたいと泣くのだった。

一方、一人部屋に取り残されていた豊志賀の方も、手鏡に映る自分の顔の傷を見て泣いていた。

そして、執念のように、化粧箱からおしろいを取り出すと、無理矢理、傷の上から塗りはじめる。

そこへ踏み込んで来たのが、佃の吉松一味。

奴はいないのかと、新五郎を探しはじめるが、後ろ向きのまま豊志賀は、ここにはいない、私もこれから探しに行くんだと、振り返って睨み付けたその顔は、見るも無惨にただれきっていた。

その顔に驚いた吉松は、思わず「化物!」と叫んで斬り付けてしまう。

その直後、師匠の家にやって来た甚蔵も、血まみれになって這って来る豊志賀の凄まじい姿を見て腰を抜かすのだった。

その頃、戻って来たお久の両親、藤十郎たちは、林の中で見かけた按摩に、二人連れを観なかったかと訪ねるが、見えないはずの按摩が、その二人なら累が淵の方へ行ったと教える。

それを、やってきた吉松たちに伝えた藤十郎だったが、振り帰って見ると、もうその按摩の姿はかき消えていた。

柳橋にいたお園は、橋のたもとに立つ姉に気づき近づくと、「あの人に捨てられたんだよ」「家に来ておくれ」と弱々しく訴える姉をなだめ、駕篭屋を呼んで乗せると、今は忙しいから、後で必ず行くからと言って、長堀町の自宅まで帰すのだった。

実は、忙しいと言うのは嘘で、お園は留吉と会っていたのだが、姉が来たのでと、戻って来て中座の言い訳をするお園の言葉に、留吉は、重病で寝たきりの姉さんが一人でこんな所まで来られるのか?と不審がる。

その後、駕篭屋は、自宅までやって来るが、その家の中には、駕篭に乗っているはずの豊志賀その人が倒れていた。

一方、お久を連れた新五郎は、何時の間にか、累が淵に自分達が来ている事に気づく。

そして、新五郎は、そこで、宗悦の亡霊に出会うのだった。

宗悦は、怒ったように、自分に杖をふりかざした姿で消えて行く。

次の瞬間、一緒にいたお久が、河の中から誰かの手に捕まれ、そのまま引きづり込まれてしまう。

その叫びを聞き付け、駆け付けた新五郎は、何とか、流されていたお久の腕を掴んで引っ張り上げようとするが、その顔は、何時の間にか、豊志賀のものになっていた。

驚いて手を離した新五郎だったが、やはり、河を流されていたのは、お久だった。

そこへ、佃の吉松一味もやって来る。

留吉とお園も、使いの者と称する、蓑を着てたいまつを持った見知らぬ男に案内されて累が淵に来ていたが、何時の間にか、その蓑姿の男の姿も消えていた。

お園の姿を見つけた吉松たちは、もうお久の事等どうでも良くなって、留吉に、その女を渡せと迫る。

その頃、ようやく、河から引き上げたお久の身体を、たき火で暖めていた新五郎は、許してくれ、知らなかったんだと、豊志賀に許しを乞うていた。

その言葉に応ずるように、豊志賀の亡霊が姿を現すが、螢の舞う闇の中に静かに消えて行く。

その新五郎、近くの騒ぎを聞き付け、留吉とお園の元に駆け付けると、二人をかばいながら、吉松一味と戦いはじめる。

その喧嘩騒ぎに巻き込まれたお久の父親、藤十郎は、ヤクザに突き飛ばされて累が淵に落ちてしまい、二度と浮かび上がって来なかった。

新五郎に斬られた吉松は、累が淵と書かれた杭に倒れかかり事切れる。

やくざたちが逃げ去った後、新五郎は、再び現れた豊志賀の亡霊を追って行く。

その後、たき火の横で寝覚めたお久は、飛ぶ螢を見て、お師匠さん!と呼び掛けるのだった。

家に戻り、先に戻っていたお園と留吉に、布団に寝かされていた豊志賀の死体を見た新五郎は、その身体を抱き締めると、わしはお前を離さんと呟くのだった。

後日、豊志賀の墓に手を合わせる、新五郎、お園、為吉、お久らの姿があった。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

「四谷怪談」と並ぶ、日本の代表的怪談話「累が淵」の映画化である。

代表的とは言ってもこの話、「四谷怪談」に比べると、あまりポピュラーではないかも知れないが、色々アレンジされて、過去、何度か映画化されているようである。

実は、私も、この作品の存在はかなり昔から知っていたが、通して観るのは、今回がはじめて。

と言うのも、子供の頃から臆病で、怪談が苦手だった私は、昔時々テレビ放映していたこの作品を、好奇心から、ほんのちょっぴり観ただけで、その雰囲気の恐ろしさに怯え、すぐ消してしまっていたからである。

今回、その全貌が分かつたものの、観終わった後、どうにも釈然としないものが残ったのも確か。

通常、日本の怪談と言うのは、誰かに陥れられ、無念の死を遂げた人物が、その仇に、亡霊となって復讐するのが基本なのではないかと思う。

「四谷怪談」などは、その典型だろう。

復讐の構図がはっきりしている。

ところが、そうした復讐劇として観てみると、この作品は納得できない部分が多いのだ。

まず、冒頭殺されるのは宗悦という高利貸しをやっている按摩である。

彼は被害者であり、しかも、娘二人を残して先立つ事に未練を残している。

普通、こうした設定では、残された二人の娘は、なき父親の加護に守られ、幸せにならなければおかしいように思える。

ところが、その娘たちが、親の因果が子に報いたかのように、さらなる不幸に襲われるのである。

これは、観ている側としては釈然としないのも当然だろう。

何故、この娘たちは、踏んだり蹴ったりなのだろうと思ってしまう。

しかも、その不幸の元は、自分達の親の怨念らしい。

愛する娘たち残す未練を残して死んだ父親自身が、その娘たちを不幸に陥れると言う展開がどうにも納得行かない。

宗悦が殺された事に対する直接的な復讐は、新左衛門を呪い殺した、冒頭の段階ですでに完了してように感じるのも、その後の展開が釈然としない理由だろう。

自分を殺した相手の子々孫々まで祟ってやると言うのなら、新左衛門の息子である新五郎の方が殺されなければおかしくはないだろうか?

仇の息子に恋をしてしまった、自分の娘の方を責めるという感覚が良く分からない。

どうも、考えれば考えるほど、この謎は奥が深そうで、映画版は何かを省略しているが為に、こうした疑問点が浮かび上がるのではないかと思える。

しかし、この作品を観たお陰で、先に観た「呪いの笛」(1958)が、この話のアレンジあった事に気づいた。

宗悦に扮した雁次郎は、眼が不自由である表現を、コンタクトか何かを使って表現しており、その無気味さは天下一品。

この時代、すでにコンタクトがあったのだろうか?

それとも、昔から、芝居等で使われていたと言う、魚のウロコを使っているのだろうか?

嫉妬に狂う豊志賀に扮した中田康子の熱演も凄まじいものがある。