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九十九本目の生娘

1959年、新東宝、大河内常平「九十九本の妖刀」原作、高久進+藤島二郎脚色、曲谷守平監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

岩手県の山の中、熊笹の中を二人の若者が何かを追い掛けている。

彼らが捕まえたのは、一人の無気味な老婆だった。

江戸時代でもないのに、お歯黒をつけている。

二人の若者は、老婆を蔦で縛り上げると、必死に抵抗する彼女を引っ張って山を降りはじめる。

やがて、村の駐在所に到着し、咽がからからだった二人は、そこの表に流れていた水を夢中になって飲む内、警官から声をかけられるのだが、気が付くと、今まで連れていたはずの老婆の姿がかき消えるようにいなくなっているではないか!

大波警察署に連れて行かれた二人の若者は、阿部(菅原文太)ら警官たちに、二日前、北上川の上流に自分達と一緒にハイキングに行った二人の女、鈴木三重子(三原葉子)と津川花代(水上恵子)がさらわれたと訴える。

川で水浴びしていた彼女たちを、無気味なお歯黒の老婆が観察していたのを、自分達が目撃したのがきっかけだったという。

その夜、4人でキャンプをしていた時にも、同じ老婆が木の上から様子を伺っているのを女性が発見、その後、男二人が水汲みに行って戻ってみると、ネックレスが落ちていて、女二人の姿はいなくなっていたというのである。

今日、その老婆が蓬莱山の林の中で草を食っている所を見つけたので、熊笹の原っぱで捕まえて、村まで連れて来たのだが、駐在所の前でいなくなってしまったと聞き、警官たちは皆、呆れたように笑い出す。

それでも、一応調査した結果を、阿部に報告する刑事たち。

確かに、女性たちは勤め先である一関の店にも戻っていないし、近隣の駐在所に問い合わせても、お歯黒の老婆の情報は得られなかったというのであった。

その阿部は、署長の及川(中村虎彦)から呼出される。

その夜、及川の自宅の夕食に招かれた阿部は、署長の一人娘可奈子が、自分の事を気に入っている様子だと及川から教えられ、照れていた。

及川が阿部を呼出した内容は、今年は、この村で10年に一度行われる「火かくし祭り」の開催年に当るのだが、その祭りの最中は、神社に神々が集まるので、山に入った者は殺されると言われており、村人たちは硬く雨戸を閉ざし外出は一切せず、白山神社の神主も山を降りる習わしになっているのだが、その神主が今年は降りないと言い出しているので、説得に行って欲しいと言うものであった。

この地に赴任して日が浅い阿部は、そんな迷信が、まだこの地方で残っている事に驚いていた。

翌日、ジープで白山神社に登った阿部は、神主の弓削部(沼田曜一)に事情を問いただすが、祭りの日に神々が集まると言うのなら、自分は神主として御神体と共に入るのが役目だと思うし、祭りなのだから、本来、村人も山の住民もみんなが集まって仲良くやるのが本当ではないかと説明される。

その言い分は尤もと思いながらも、弓削部の身辺の安全を心配する阿部に対し、この山には、人魂が飛ぶだの、それを観た者は死ぬ等、色々噂もあるが気にしないと、弓削部の態度は変わりそうもないので、阿部は一旦帰る事にする。

その後、神社に戻りかけた弓削部に近づいて来たのは、山暮らしの一族のあざみと言う若い娘だった。

あざみは、自分達の仲間を虐める村人たちを嫌っていたが、分け隔てなく付き合ってくれる弓削部には気があるようだった。

そのあざみも、長や一族のものたちが、火作り祭りの日に弓削部が山から降りてくれないと怒るから、どうしても降りてくれと頼みに来たのだった。

しかし、やはり、降りるつもりはないと答えた弓削部の前から、一旦あざみは姿を消すが、その後には、百合の花が置いてあった。

その夜、その百合を飾った弓削部の部屋に再び姿を現したあざみは、今夜は帰らない、ここに泊めてくれと恥ずかしそうに訴えるのだった。

あざみの母親であるおババが怒るぞと弓削部は、やんわり断わるが、おババは先生なら何も言わないとあざみは答える。

おババが許しても、五郎丸が怒るぞとさらに続けた弓削部だったが、長は、火作りの日に山にいる者は皆殺しにすると言っている。先生と離れるのは嫌!先生が死ぬと、私も死ぬ!とまで、あざみに一途に言われては、さすがの弓削部も、もうそれ以上、断わる事は出来なかった。

翌日、あざみに連れられて、彼らの一族が住む集落まで登った弓削部は、 長(芝田新)に会い、直談判し始める。

実は、弓削部は昔、一族の者が病に倒れた時、助けてくれた恩人だったので、長も、心を許している唯一の他所者だったのだ。

一方、弓削部があざみと仲良く登って来る様子を、木の上から観察していた五郎丸(国方伝)は、おババ(五月藤江)の元に駆け付けると、あざみは俺の女だと訴えていた。

長は、村も山暮しの一族も仲良くさせたい、特に、文化の恩恵を受ける事が出来ない若者の事を考えてくれと説得する弓削部に、我ら一族に災いがかかっても良いのか、山の掟を破ったものには神罰が下るのだと、頑強に古くからの考えを変えようとしない。

その頃、おババが、子供達が、さらって来た女性の麦わら帽子をかぶっているのを見つけ、慌てて取り上げるのだった。

さらって来た二人の娘は、身体を浄める為、滝で縛られ宙づりにされていた。

結局、長との話し合いは物別れに終わった弓削部は、あざみに近くの太郎瀧まで送られ帰る事になる。

五郎丸は、そんなあざみの様子を観て、今夜、弓削部を殺すと呟く。

弓削部が、神社に帰り付いた時、背後から近づいた何者かに頭を殴られ昏倒する。

殴ったのは、あざみであった。

このままでは、先生が殺されるので、わざと怪我をさせたのだと言う。

その後、村の駐在所の前に放置された弓削部は村の病院に運ばれ、結果的に、火作りの日には山を降りている事になった。

いよいよ、火作りの日になった。

村ではどの家も雨戸を締切りはじめるが、夫、源三(小森敏)の帰りが遅いのを心配した女房が、山から降りて来たきこり仲間の留に尋ねると、平作(宇田哉)と一緒に酒を飲んでいたと言う。

実際、源三と平作は、その日が火作りの祭りの日だと言う事を忘れて、まだ山に残っていたのだが、折から聞こえて来た太鼓の音で、はじめて祭りが始まった事に気づくのだった。

二人は酔った勢いもあり、怖さを忘れていた。

その頃、神社では、白髪に鬼面を被った男衆が、太鼓の音に合わせて舞っていた。

近くの樹には、さらって来た二人の女が下着姿で吊されており、その足元には大きな瓶が置いてあった。

鋭い眼差しの長は日本刀を抜いてその二人に近づくと、思いきって、気絶状態にあった女性を突き刺す。

女性の血は、足を伝って、そのまま下の瓶に溜まる。

そうした様子を、太鼓に釣られて近づいていた源三と平作は、草陰から覗いていた。

一方、踊りの中心部では、刀を鍛えていた。

やがて、仮面を被った数名が、瓶に溜まった女性二人の血を竹筒の中に注ぎ込む。

長は、鍛え終わった刀身を、その竹筒の中に差し込むのだが、引き抜いた刀を詳細に眺めた彼は「失敗した!九十九本目の刀は失敗した!女の血が汚れていたからじゃ!」と叫び、周囲の踊りは一斉に止まってしまう。

その刀で、吊されていた女性二人の死体を斬り付けた様子を観た源三と平作は、思わず恐怖の声をあげてしまい、長に気づかれてしまう。

すぐさま二人も捕まり、その場で惨殺されてしまうのだった。

翌日、その二人の死体が神社の側の樹に逆さ吊りにされていたので、阿部たち警官たちが、まだ頭に包帯を巻いた弓削部に案内を乞い、社殿の中に踏み込んでいた。

床に違和感を感じた捜査員がめくってみると、下に階段が続いており、全員降りてみると、今まで知られていなかった地下室があった。

その一部に、石蓋があったので開いてみると、多量の刀が置かれた棚が見つかる。

特別捜査本部を設置した警察署内に持ち込んだ刀の総数は98本に及んだ。

又、白山神社で発見されたイヤリングが、誘拐された女性の者だった事も判明する。

その後、及川署長の元に、蓬莱山の山頂で女性の死体が発見されたとの報告が届き、警察隊は調査に向う。

検死の結果、女性二人の身体から、血が全て抜き取られている事が分かる。

さらに、側の洞窟内には大量の白骨が発見される。

その頃、弓削部は五郎丸に捕まり、長の元に連れて来られていた。

神社に隠してあった刀を、全て警官たちに持って行かれた事に激怒していた長は、その手引きをした湯気部を責めるが、弓削部は、昔の事を調べる為に引き渡したのだと冷静に答える。

しかし、刀の秘密は知られたくないし、刀を汚した者は全部殺すのが、ここの掟だと言い、月が山の端に登る時、この男を血祭りにあげると一族のものたちに宣言する。

一方、警察から、刀の鑑定を依頼されていた鑑定士の高津(九重京司)は、98本の内、2本は、舞草太郎国長の作で、残りは、戦乱で滅びたと言われていた舞草鍛冶一族が打ったものだと判定していた。

さらに、98本の刀は全て同じ祭りの日に作られており、全部に同じような曇りがある事から、そこに作刀の秘密がありそうだと言う。

あざみはその頃、牢に入れられていた弓削部に、こっそり会いに来ていた。

弓削部は、そんなあざみに、今後は君が、一族の者たちの頑な考えを改めるように努力して欲しいと伝える。

あざみは、ただちに長の元に向い、かつて、子供達を助けてもらった事がある先生を助けて欲しいと願い出るが、長は、今の弓削部は敵だと断言する。

そして、命乞いをするあざみに対し、一族の宿願よりも、あいつの命の方が大切なのかと迫り、側でハラハラしながら娘に言葉を聞いていたおババは、逆らっては行けないと言い含めるのだった。

その夜、月が登った山頂に連れて来られた弓削部は、最後に何か言い残す事はないかと言う長の問いに対して、村びとと仲良くしてくれ、一族を滅ぼすような事は止めてくれと言い、その言葉の直後、一族のものたちによって惨殺されるのだった。

弓削部を助けられなかったあざみは、自らも死のうと、短刀を持ち出して、川の上で咽を突こうとするが、それを止めたのが五郎丸だった。

五郎丸は、嫌がるあざみを組み強いて、無理矢理犯そうとするが、おババが駆け付けて来て、式を挙げるまではまだ、お前の者ではないと五郎丸を叱りつけると、二人とも長が呼んでいると伝える。

一族の元を集めた長は、九十九本の刀に処女の生き血を注ぎ、先祖の舞草太郎に奉納すれば、永久に一族が滅びる事がないと言われて来たのに、その九十九本目が失敗した今、急いで新しい刀を作らねばならない。

ついては、生娘の血が必要なので、汚れた女を連れて来たおババが責任を取る為にも、あざみを生贄として差し出せと言い出す。

その言葉に狼狽したおババは、決して、一族の血を流してはならないと抵抗するが、実は、おざみはおババの実子ではなく、赤ん坊の頃死んだ実子の代わりに、おババが村から盗んで来た子供である事を知っていた長は承知しない。

しかし、おババはそれを認めようとせず、きっと自分が生娘を連れて来るから、あざみを殺すのだけは止めてくれと哀願する。

結局、長は、明後日、13夜の月が、あの梢にかかるまでに連れて来い、あざみの命はそれまで助けておくと、おババに命ずる事のだった。

しかし、山を降りかけたおババは、山を捜査中だった警官たちに発見され、直ちに威嚇射撃を受け捕縛されてしまう。

警察署に連れて来られたおババは、そこに若くてきれいな娘を発見し、にやりと不気味に笑う。

その娘とは、及川警察署の娘、可奈子だった。

同じ部屋にいた阿部は、鑑定士の高津から、刀の秘密が分かりそうなので、白骨の鑑定結果を教えてくれと言われていた。

その後、山頂で発見された18体の人骨は、古いものは徳川中期頃から、新しいもので20年くらい前のものまであると言う結果を知った高津から、鍛えた後、生き血につける作刀の犠牲になったのだろうと聞かされた阿部や及川は、その残酷さに凍り付いてしまうのだった。

その夜、おババを入れた牢を見回った阿部だが、おババは晩飯も食わずに静かに寝ているようだった。

しかし、深夜2時、突然目覚めたおババが、格子の付いた窓に向い、ここじゃここじゃと騒ぎはじめたので、止めさせようと牢に担当警官が入って来た時、近くの壁に割れ目から侵入して来た一族のものたちが、その背後から近づき、警官を刺し殺してしまう。

さらに、仮眠していた阿部も襲うが、目覚めた阿部は必死に抵抗し、威嚇射撃をする。

その音で、一斉に所内の警官たちが集まって来たので、一族の者とおババは姿を消してしまうが、連絡を受け、自宅を出た及川署長の自宅に忍び込んでいた。

そして、可奈子を襲い、何とか警察に電話しようとしていた彼女を途中でさらっていってしまう。

その電話を受けた警官から受話器を受取った阿部は、無言の様子に異変を察知するのだった。

翌日、阿部は、老婆の写真を持って、彼女の住まいを探るべく近隣を調査しはじめるが、一人のきこりから、一昨年、熊の毛皮を塩と交換してくれと来た事があり、確か、太郎滝の近くの「えこがせ」辺りに住んでいるのではないかとの証言を得る。

さっそく捜索隊を編成した警官たちは、阿部班と及川班に別れ、太郎滝に向う事にする。

ヘリも飛んで来て、川を登っているおババと一族のものたちを発見する。

しかし、その直後、発見されたと悟った一族の者たちは森の中に入り込み、それ以上のヘリでの追跡は不可能となる。

それでも、警官隊は目指す太郎滝に近づきつつあった。

そうした様子を観察していた一族の見張りたちは、潜んでいた木の上から、互いに鳥の声色で知らせあっていた。

警官たちが集落に近づいた事を知った長は、すぐさま、九十九本目の刀を作らねばならないと決意を固め、牢に入れていたあざみを連れ出すよう命ずる。

しかし、その言葉を聞いた五郎丸は、いち早く牢に向うと、見張りを倒して、あざみを連れ出し山を逃げ出そうとする。

しかし、すぐに追っ手が放って来た矢が、五郎丸の背中に突き刺さる。

そんな五郎丸を案ずるあざみを逃し、必死に追っ手と戦う五郎丸。

そんな事は知らず、集落に可奈子を連れて来たおババは、長にあざみの事を聞くが、五郎丸と逃げたので、二人とも殺してしまったと聞かされ、約束が違うと逆上する。

しかし、長は、この集落を村人に汚される前に、九十九本目の刀を作らねばならないので、ただちに可奈子を滝で浄めて来るよう命ずる。

しかし、おババはいきなり刀を抜くと長に斬り掛かろうとするが、逆に長に返り討ちにされてしまうのだった。

そうした中、二班の捜索隊は合流し、集落のすぐ近くまで到達したので、慎重に、蔦で崖を登りはじめるが、上で待ち伏せていた舞草族の一味から、岩を落とされたり、矢を放てれたりして抵抗される。

犠牲が出そうなので、一旦、崖の下まで降りた阿部たちだったが、味方の警官たちから次々に犠牲者が出始めたので、一斉に射撃で応戦しはじめる。

その頃、滝に漬けられていた可奈子は、白髪鬼面の男たちに連れて行かれる。

射撃の効果があり、上で待ち伏せていた一族が撤退したのを見届けた阿部たちは、近くに倒れ込んで来たあざみを発見する。

広場の樹に吊される可奈子。

警官隊はいよいよ、集落に接近するが、巨木が倒れて来たり、一族の最後の抵抗も凄まじい。

刀を鍛え終わった長は、舞草太郎国長殿、九十九本目の刀を奉納するので、御笑覧あれ!と叫ぶと、その刀を持って、吊された可奈子に近づこうとする。

長が刀を振り上げたその瞬間、銃声が響く。

阿部が間に合ったのだ。

警官隊が乗り込んで来たのを観た長は、もはやこれまでと観念し、集落に飾ってあった魔像の前に立つと、その場で刃を自らの咽に突き刺し、その返り血が魔像に降り掛かるのだった。

その後、舞草一族の犠牲者たちと、弓削部の墓が集落に建てられ、及川らが献花する姿があった…。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

いわゆる「伝奇ミステリーの一種」だと思われるが、怪奇色、残虐色なども相まって、独特の世界が醸し出されている。

エログロ要素は濃厚だが、タイトルから想像されるほど、いかがわしい内容ではない。

これで、金田一耕助でも登場すれば「八つ墓村」などに近い雰囲気ではないだろうか。

「獣人雪男」(1955)同様、偏見を持たれかねないようなイメージで山暮しの人を登場させていたり、劇中で、今では放送できないようなセリフが頻繁に出て来たりする事もあり、テレビ放映やパッケージ化は難しい作品だと思われる。

ただ、あくまでも荒唐無稽なフィクションとして冷静に観れば、それなりに良く出来た怪奇活劇になっていると思う。

新東宝時代は、二枚目風だが、あまり活躍はしない刑事役等が多かった菅原文太が、又しても警官役で登場するが、ここでは後半、かなり活躍しているのが珍しい。

しかし、この作品で一番印象深いのは、何と言っても無気味な老婆役を熱演している五月藤江だと言って良いだろう。

実際の山の中で、高齢にしてはかなり無茶な事をやっていると驚かされる。

もう一人注目したいのは、真面目な弓削部を演じている沼田曜一の二枚目演技、この当時は、結構、こうした役柄も多かったようだ。

「獣人雪男」のチカに相当する、あざみを演じている松浦浪路と、可奈子役の矢代京子両名の清楚な美しさも印象的である。

山のシーンを中心にロケが多用されており、結構スケール感もあり、最後まで飽きずに楽しめる娯楽作品になっていると思う。