1968年、大映京都、八尋不二脚本、田中徳三監督。
美濃と飛騨の境には、古くから雪女郎の言い伝えがあった。
激しい吹雪の夜、その姿を観たものは、必ずとり殺されると言われ、近隣の人々は恐れていた…。
美濃の仏師茂朝(花布辰男)は、弟子の与作(石浜朗)を連れて、雪山の中を良い素材となる木を捜し続けていた。
とうとう、何百年も生きて来たと思われる銘木を発見し、喜んだ二人だったが、帰り道で吹雪に遭遇、やむなく、近くで見つけた山小屋で一夜を明かす事になる。
茂朝は、銘木を見つけた事で満足し、一夜を山小屋で過ごし事等何の苦でもないと、上機嫌で眠りに付く。
与作も、そんな師匠の姿を観て、満足して眠りに付くのだった。
ところが、その夜更け、小屋に怪し気な白い影が近づき、与作がふと目を覚ますと、扉が独りでに開き、そこに美しくも怪しい雪女郎(藤村志保)が出現する。
雪女郎が小屋の中を睨み付けると、そこは一瞬の内に凍り付いてしまった。
囲炉裏で燃えていた火も、雪女郎の一にらみで消えてしまった。
さらに、与作が寝たまま観ていると、雪女郎は眠っている茂朝に近づき、その寝姿を雪で凍らせてしまう。
さらに、おびえる与作に近づいた雪女郎だったが、「お前は、若くて美しいので殺さない事にする。ただし、今夜の事をこれから先、親、子供、妻等、どんなに親しい相手であっても、一言も告げてはならない。もし、告げたなら、その命を貰い受ける」と言い残して去って行き、与作はそのまま気絶してしまう。
やがて時が過ぎ、山を降りた与作は、師匠の家で謎の病のため長く臥せっていたが、ようやく起きられるようになっていた。
亡き茂朝の内儀は、夫の死に様に不審を感じ、あの夜の事で、何か与作が隠し事をしているのではないかと問いただすが、与作は、自分が、火が消えたのに気づかなかったのが迂闊だったと詫びるばかり。
その時、山から、あの銘木が切り出されて村に降りて来た騒ぎを聞き付け、表に出てみると、国分寺の成尋(北原義郎)がやって来て、大僧正(清水将夫)の仰せで、亡き茂朝に代わり、与作に御本尊を彫るように依頼する。
与作は、身に余る重責だとは思ったが、師匠の意思を継ぎ、その仕事を引き受ける事にする。
そんなある日、仕事場にいた与作は、雨宿りの為、軒を借りている旅姿の美しい女を見かける。
内儀も、それに気づき、家に招き入れると、濡れた着物まで着替えさすのだった。
聞けば、この雨の中を、一人で郡上八幡まで歩いて行くと言うではないか。
この雨では難儀なので、一晩と待っていけと勧めた内儀だったが、その夜、持病で苦しんだらしく、翌朝、与作が気が付いてみると、ゆきというその娘が、一晩中、内儀の看病をしていたと言う。
何でも、ゆきは、医者の娘だと言い、内儀の持病に良く効く薬草を知っているから採って来ると外に出る。
与作も、一緒に外に出て手伝う事になるが、一目会ったその時から、ゆきの美しさに惚れ込んでいた彼は、内儀の病気が直るまでここにいて欲しいと恥ずかし気に願い出るのだった。
さらに、ゆきにはすでに決まった相手がいるのか等と、気になっていた事を尋ねるが、彼女には決まった相手どころか、父母等身寄りすらいないと言う。
与作は、自分も、師匠であった茂朝に拾われて育てられた、身寄りのない男であると打ち明けるのであった。
ある日、家の前に彫刻用の木材を積んであった場所で子供達が遊んでいる時、束ねてあった紐が切れて、こく剤が道に転がり落ち、たまたま馬でその場を通りかかった地頭(須賀不二男)が落馬してしまう。
怒った地頭は、その子供達を折檻しはじめるが、それを観て謝罪に来た内儀を、その代わりにと洋車なく鞭で打ち始める。
その傷は深く、驚いて駆けつけた与作とゆきが内儀を助け起こしていると、地頭は、ゆきの美貌に釘付けになってしまう。
取りあえず、仏師与作の名前を確認し、その場は立ち去る地頭だった。
家に連れて帰った内儀は、苦しい息の中で、自分はもう長くない。
どうか与作の嫁になって面倒を観てやってくれとゆきに頼んで息絶える。
ゆきは、その申し出を承知し、その夜、与作と初めて床を共にするが、与作はゆきの肌の冷たさに驚いていた。
一方、内儀の死と、ゆきと与作の婚礼の報告を受けた地頭は、何とか、あの美しいゆきを我がものにせんと、策を労し始めていた。
ある日、地元の神社の祭りに、ゆきを連れ立って出かけた与作だったが、境内で熱湯を湧かして拝んでいた巫女(原泉)は、群集の中に物の怪がいると察知し、熱湯を笹で撒きはじめる。
それを背中に浴びたゆきは苦しみだし、その場から逃げ出すが、訳が分からぬ与作は、気分が悪くなったと言うゆきを連れて帰る事にする。
その夜、秘かに寝床を抜け出したゆきは、背中に付いた熱湯痕を自ら確認していた。
それから5年が過ぎ、京都から稀代の名工と言われる行慶(鈴木瑞穂)という仏師を連れて国文寺を訪れた地頭は、この寺の本尊を無名の若者等ではなく、この行慶に彫らせて欲しいと願い出るが、大僧正の意思が硬そうなのを見ると、それならば、二人に彫らせて、出来の良い方を採用して欲しいと折衷案を出す。
その頃、与作とゆきには、太郎(斉藤信也)と言う子供が出来ていた。
偶然、彼らが親子揃っている所を、行慶と共に出会った地頭は、ますます美しさに磨きがかかったゆきに惚れ直すのだった。
まだ幼い太郎は、他の子供達から、歌が歌えないからと仲間外れにされるが、そんな太郎に、一生懸命歌を教えようとするゆきの姿を見かけ、その幸せな母子像に顔をほころばす与作だった。
そんな与作の家にある日、地頭の手下である役人たちがなだれ込んで来て、地頭に無断で木材を切り出した咎で、与作を捕縛すると無茶な事を切り出して来る。
地頭にはちゃんと許可を取ったはずと反論する与作だったが、役人たちは聞く耳を持たず、捕まるのが嫌なら、ゆきを地頭に奉公させろと無理難題を押し付けて来る。
それが嫌なら黄金三枚差し出せと、最初から無理を承知の難癖をつけて来たので、思わず払うと答えたゆきだったが、払える当て等全くなかった。
役人たちが帰った後、この無法を解決するには誰に頼めば良いのか、与作に聞くゆきだったが、地頭の上の位と言えば守護職の美濃権守(内藤武敏)しかないと与作は教える。
翌日、その守護職に直訴しようと、一人で屋敷を訪ねたゆきだったが、当の権守は、外出中で会えぬと門前払いされかかる。
それでも、何とか食い下がろうと、では奥方様に会わせてくれ、女同士の方が話が分かるやもとゆきが言うと、奥方様なら、今、若が病で大変な所なのでよけいに会えぬと門番たちは答える。
実際、屋敷内では、謎の熱病で寝込んだ若の廻りに、三人の医者が詰め掛けていたが、誰も直す事が出来ないでいた。
その奥方に、門番が、医者の娘だと言って、ゆきを連れて来る。
ゆきは、自分にも同じ年頃の子供がいるので、何としてでもお直ししてみせると奥方に申し出て、屋敷内に入る事を許される。
若と二人きりになったゆきは、妖力で若の側にだけ雪をふらせると、降り積もった雪を布に包んで、若の額に当てはじめる。
その頃、太郎の寝顔をモデルにして、仏像の顔を彫り勧めていた与作だったが、いなくなっていたゆきが突然やつれた姿で帰宅し、今、守護職の若の看病をしているので、又外出せねばならぬが食事の支度はしてあると言い残して、又あっという間にいなくなってしまう。
その後、地頭が与作の家に来て、作り掛けの仏像の顔を貶すと、金を払う約束の期限まで後三日だと念を押して行く。
一方、息子危篤の報を受けた権守は、馬を急がせ帰宅するが、何とその若は目を開けて意識を取り戻していた。
奥方から、命の恩人だと紹介されたゆきに、権守は頭を下げて感謝するが、ゆきはもはや力の全てを出し尽くしたかのようによろめくのだった。
三日後、出来具合いを確認しに来ていた成尋の前で、顔がどうしても思い通り彫れないと打ち明けていた与作の元に、地頭たちが乗り込んで来て、彼を連れさそうとするが、その時帰り付いたゆきは、約束の黄金三枚を地頭に渡して帰すのだった。
太郎は、久々に会った母親に飛びつくと、もうどこにも行くなと甘えるが、ゆきの方も、そんな息子を抱きしめて、もうどこへも行かぬと約束するのだった。
その母親の顔を観ていた与作は、これこそ仏の顔だと感じ、すぐさま作業に取りかかる。
一方、先に国分寺を訪れて、完成した黄金の仏像を得意げに披露していた行慶と地頭は、大僧正から、確かに良く出来てはいるが、目に慈悲の心がない、これでは到底拝む事は出来ないと、きっぱり拒否されてしまう。
その話を伝え聞いた与作も又、最後の目の中を彫る事で悩んでいた。
どうしても、自分にも、慈悲の心と言うのが表現できないと感じたからだ。
それで、これはもう髪の御加護を仰がねばならないからと、ゆきと太郎を誘って祭りに誘うが、5年前と同じように、境内で湯を焚いて拝んでいた巫女は、やって来たゆきの気配を察知し、湯を笹で撒きはじめる。
又しても、神社から一人逃げ出したゆきだったが、それを待ち構えていた地頭と役人たちに捕まり、近くの小屋に、地頭と二人きりで閉じ込められてしまう。
地頭は、ついに長年の思いを遂げる事ができると、ゆきの着物を剥がそうとするが、ゆきの表情が代わったと思うと、地頭の前には、世にも恐ろしい雪女郎が立っていた。
雪女郎は、瞬時に小屋の中を凍り付かせる。
その頃、雪の姿が見えなくなった事に気づいた太郎と与作は、先に家に帰ったのだろうと帰る事にする。
小屋の中の物音が聞こえなくなった事に気づいた役人たちは、怪んで、地頭を呼ぶが返事はない。
もしやと思い、小屋を開けて中を覗いてみると、凍り付いた小屋の中で、地頭の凍死した姿と雪女郎の姿を観て悲鳴をあげる。
雪が降り始めた中、家にたどり着いた与作と太郎は、案の定、家で待っていた雪の姿を確認しほっとするが、仏像を彫ろうとしても、何故か怪しい影が宿っているように感じられ仕事が出来ない。
外では、地頭と役人たちが惨たらしく殺されたと叫び走る村人の姿を見かけたので、様子を見に行こうと家を出かけた与作は、入口に佇んでいた神社の巫女と対面する事になる。
地頭が殺されたのは、そのあやかしの仕業だ、その証拠に、雪の背中には、5年前に自分が浴びせかけた湯珠の痕が残っているはずだと、雪の着物を剥がそうと襲いかかる巫女を止め、何とか追い返した与作だったが、仏像に宿る黒い影を観ている内に、今の巫女の言葉がきっかけとなたのか、突然、思い出した事があると雪に話しはじめる。
そして、山の中で雪女を観たと言う与作の言葉を哀し気に聞いていたゆきは、それは私ですと答える。
自分は人間になって5年の間に、人の世の幸せを知ったが、あなたは、言うなと命じておいたあの日の事を話してしまった。
こうなっては、あなたを殺さねばならないと与作に迫ったゆきだったが、その時、眠っていた太郎が火が付いたように泣き出したので、ゆきは思わず、太郎の寝床へ向ってしまう。
すると不思議にも、太郎は泣くのをぴたりと止め、又すやすやと眠りに付くではないか。
その姿を安堵の目で確かめたゆきは、静かに降りしきる雪の中に出て行く。
すると、気配に気づいたのか、寝覚めた太郎が「かあちゃ〜ん!」と叫びながら、後を追おうとする。
そのわが子の姿を振り返った雪の顔を観た与作は、これこそ慈悲の目だと気づくのだった。
しかし、家の前に佇む太郎と与作を残したまま、ゆきは雪の中に消えて行ってしまう…。
▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼
「怪談」とタイトルには付いているが、有名な民話の「雪女」の話であり、特に恐怖感は強くない。
一種の異種婚姻譚でもあり、良く考えると、5年も夫婦生活を営んでいたと言う事は、人間に化身した雪女は真夏も無事に過ごせたと言う事になる。
又、その雪の美貌に惚れ込んだ地頭が、5年も何もせずに手をこまねいていたと言う設定も奇妙と言えば奇妙なのだが、そこは民話の世界の約束事と割切るべきなのだろう。
仏像を彫る与作が、後半、何度も行き詰まっては、ゆきや子供の姿を観てインスピレーションを得ると言う発想も、一度なら効果的とも思えるが、二度三度と繰り替えさせると、少し、わざとらしさが鼻に付く感じがないではない。
和風の顔だちの藤村志保は、正に、雪女のはまり役のようにも思える。
巫女役の原泉も適役というしかない。
この当時の大映京都の特撮水準も高く、カラー合成が何ケ所かに使用されているが、ちゃちさ等は全くない。
大人の目から観ても、今でも十二分に通用する完成度の高さだと思う。
雪女の時の藤村志保は、金色のカラーコンタクトを使用して無気味さを強調しているが、これまで、個人的にはカラーコンタクトを使用したもっとも早い作品は、同じく大映の「秘録 怪猫伝」(1969)かと思っていたが、こちらの方がさらに1年早かったようだ。
タイトルに惑わされず、あくまでも、純朴な民話の映画化作品として観る事をお薦めしたい。
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