1951年、松竹大船、田中澄江原作+脚本、柳井隆雄脚本、中村登監督作品。
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森永製菓で課長を勤める植村孝作(笠智衆)が、今日も勤めを終え、電車で帰って来ると、駅で次女で高校生の信子(岸恵子)と出くわす。
信子が言うには、今日はコーラスの発表会があるのだそうだ。
自宅まで歩いている途中、孝作は、長男の小学生、和男(岡本克政)が野球に興じているのに出くわし、一緒に帰ろうと声をかける。
その和男が使っているグルーブは、もうボロボロだ。
家では、妻(山田五十鈴)と、長女で、絵を描いているが、展覧会に出しても落選を繰り返している朋子(高峰秀子)、そして、外に人形を起きっぱなしにいていた、まだ幼い三女の光子(福井和子)が笑顔で出迎えてくれた。
いつも、何か忘れ物をして来る事が玉に傷の孝作は、今日こそ、妻から頼まれていたカリントウを約束通り買って来たと自慢するが、こうもり傘を忘れて来た事を妻から指摘される。
朋子と同じ絵描き志望の女友達(楠田香)が帰ってしまうと、家族団欒の夕食が始まるが、孝作は、こうもり傘を忘れた自分への戒めとして、今日の晩酌をやめようと言い出すが、妻らに慰められてすまなそうに飲む事にする。
その妻は、子供達に御飯をよそっている内に、御飯が足りない事に気づき、自分はパンで良いと言って、味噌汁にパンをつけて食べ出す。
それを観ていた朋子や孝作は申し訳ない気持ちが起こり、自分達もパンで良いと申し出るが、妻は、私だけで大丈夫と明るく返事するのだった。
その夜、家計簿をつけている妻に対し、孝作は、家計が苦しいのだろうと声をかける。
それに対し、今月は光子が病気にかかったりして、いつもの月より出費が多かったと、妻も正直に告白する。
そんな所へ、信子が友達と賑やかに帰って来る声が聞こえたので、孝作は、18になった信子と男友達の事を気にし出すが、妻は自分が嫁いで来たのも18、満で言えば17才の時だったと言って、その心配振りをなだめるのだった。
家族全員が寝静まったその夜も、妻は夜なべしてミシン掛けをしていた。
翌日、同じ絵を描く先輩で、現在、胸を患い湘南療養所に入院している内山三郎(佐田啓二)を見舞いに出かけようとする朋子と入れ違いに、妻の妹で一度結婚に失敗している福田かよ子(桜むつ子)がやって来て何か話したそうだったが、その察しをつけた妻は、朋子を出かけさせる。
妻はかよ子に、苦しい家計を助けるために、秘かにあれこれ家財を売ってもらっていたのだった。
かよ子は今日も姉の為3000円用立てて来るが、朋子を結婚させないかと持ちかけてくる。
病気の彼氏等と付き合っていても、先の見通しがないだろうと言うのだ。
それを軽く聞き流した妻は、自分の結婚指輪を売ってきてくれないかと相談する。
さすがに、そんな大切なものまで金にしようとする姉の苦労を察した妹は承知するのだった。
その頃、療養所で内山と出会った朋子は、持参した自分の絵を観てもらいながら、鉢植えにチューリップを植えたと話す内山に、「人生は楽しく美しい」のだから、戦後のひどい世の中に絶望せず、早く元気になってくれと励ましていた。
翌朝は雨だった。
こうもり傘を会社に忘れて来た孝作には、さして行く傘がない。
仕方がないので、妻は孝作に和男の傘を持たせ、和男には父親用の古びた長靴と女物の古い傘をさして行かせるが、その後ろ姿を観ながら、早く、息子の為に新しいレインシューズを買ってやらねばとすまながるのだった。
ある日、展覧会用の絵を描くために、いつもの庭先で、壊れた塀越しに見える隣の洋館を描きはじめた朋子だったが、その様子を観た隣の老人(高堂国典)は、その後、すぐさま召し使いに言い付けて、その壊れた平を板でふさいでしまう。
その夜、孝作の帰りは遅かった。
隣の大家で会社の部下でもある馬場(増田順二)の妻(水上令子)もやって来て、内の主人も帰りが遅いと事情を聞きに来るが、その直後、酔った二人の御帰還となる。
今日は酔っているにもかかわらず、ちゃんとこうもり傘を持って来ている。
しかしその代わり、帽子を忘れて来た事を又しても妻に指摘される孝作だった。
孝作が上機嫌なのは、勤続25年の功労が認められ、明後日会社で表彰され、金一封がもらえる事になったからだと妻に報告する。
子供達は、それを聞き付け、めいめい、買ってもらいたいものをリクエストする。
いよいよその当日、展覧会に絵を出品しに行く朋子と共に、モーニングを着込んで出かけた孝作は、今日は授賞式が終わると半日で帰れるので、会社で待ち合わせようと妻と相談し、その通り、会社の入口で待っていた妻と合流すると、月給の二ヶ月分、3万円ももらったと喜び、そのまま高島屋へ直行し、あれこれ買い物を楽しみ出す。
妻は、孝作にオーバーを買いなさいと勧め、孝作は、妻に羽織を買えと勧めあうが、結局、子供達の土産を優先する事にする。
その帰り、二人で久々水入らずの外食をする事になり、珍しく二人とも昼間から酒を飲む事にするが、そこの飲み屋の主人が、先日忘れて行った帽子を渡してくれる。
世の中、まだまだ捨てたものじゃないなと喜ぶ孝作だった。
考えてみれば、勤続25年と言う事は、二人が結婚しても25年経ったと言う事で、今年は二人の銀婚式に当る。互いに過去の苦労を思い出し、素直に相手に感謝しあう。
少しほろ酔い加減で帰る電車の中で掏摸がいるとの声が聞こえ、慌てて洋服の胸を確認した孝作だったが、金は無事だった。
家では、子供達が、父親へのささやかなお祝パーティの準備をして待ち構えていた。
そうした中、にこやかに帰って来た夫婦だったが、自室に戻り、ポケットを改めた孝作は真っ青になる。
電車の中で確認したはずの金一封の袋がないのだ。
刷られた事が分かり呆然とする孝作と、それを知らされ、こちらも顔色を変える妻。
しかし、そんな事とは知らない子供達は、二人を準備が整った部屋に呼出し、お祝セレモニーを始めるが、孝作は茫然自失の様子。
そんな孝作の態度を不審がらせないようにと、妻は健気に子供達の前で明るく振舞う。
末娘の光子に、お土産に上げた卓上ピアノを弾かせ、それに合わせて「おててつないで」を気丈に歌う妻だったが、長女の朋子だけは、二人の様子に異変を敏感に感じ取っていた。
その夜、妻は、寝床の中に子供達が湯たんぽを入れてくれたのに気づく。
しかし、その湯たんぽを入れた朋子は、ふすまの陰から聞こえて来る二人の会話から、金を失った事を知るのだった。
一方、次女の信子は、そんな事情はつゆとも知らず、のんきに学校の関西旅行に、先日両親から買ってもらった青いバッグを持って出かけ、旅先から絵葉書を寄越したりしていた。
朋子はといえば、美彩会に出品した絵が、又しても落選した事を知りがっかりして帰宅すると、和男が野球で足を骨折したと光子が騒いでいる。
その後、母親が薄着で出かけるのに気づき、外は寒いからオーバーを着て行きなさいと勧め、そのオーバーを出そうとタンスを開けてみた朋子は、タンスの中に衣類が何も入っていない事に気づく。
さらに、母親の大切な指輪入れを開けて観た朋子は、そこに七札しか入っていない事に気づき、ようやく、母親がこれまでどうやって家計を助けていたのか悟るのだった。
のんきに絵等描いている場合ではないと知った朋子は、自らも女友達と同じように、似顔絵描きとして街頭に立つが客は寄り付こうとせず、夜まで頑張っても、酔客にからかわれ押し倒させただけだった。
その夜、帰宅した朋子は、兄弟たちが暗い表情なので訳を尋ねると、大家の馬場さんが、この家を、隣の洋館に住む金沢と言う老人に売りたいので出て行ってくれと言われたのだと言う。
さらに、そんな朋子に電報が届き、三郎の容態が悪いと知らせて来る。
すぐさま療養所に駆けつけた朋子だったが、三郎は心身共に衰弱しており、間もなく亡くなってしまう。
その形見代わりとしてもらって来た鉢植えを、ただ呆然と見つめる朋子だった。
そんな朋子の精神状態を案じる孝作たち夫婦だったが、新しい借家捜しも難航しており、妻は妹のかよ子に相談していた。
やがて朋子は、気を紛らわす意味もあり、叔母かよ子から紹介してもらった不動産屋で働く事にするが、「10万円で家が立つ」と派手な看板を掲げながら、その実、金のない客から手付け金だけ受け取りながら、実質的には工事をしない詐欺まがいの商売をして、裏では芸者遊びに余念がない社長の浅ましい姿を間近に観た朋子は、さすがにその現実に幻滅し、すぐさま辞める事にする。
その話を朋子から聞いた母親は、今まで通り、あなたは絵を描いていれば良いのだと慰めるが、朋子にはもう、自分の才能に自信がないようだった。
その娘の姿を観て一念発起した母親は、朋子の絵を携え、朋子が常日頃から尊敬してやまない大家、大宮画伯(青山杉作)の屋敷を訪れ面会を請うが、応対した書生から敢え無く断わられてしまう。
しかし、その帰る母親の寂し気な姿を二階のアトリエから観ていた大宮画伯は、気持ちを変え、彼女に会う事にする。
紹介のある人の絵しか観ない、絵の評価と人情とは別物と一応断わった画伯だったが、母親の熱意に打たれ、ともかく朋子の絵を観る事を承知する。
娘の将来性を問いただす母親に対し、画伯は「分からないが、努力次第だろう」と正直に答えるのだった。
その頃、自宅にいた朋子は、庭に置いた三郎の鉢植えからチューリップの芽が出ていると報告する光子の言葉を聞き、何か少し安堵感と希望が胸に溢れ出していた。
帰宅した母親から、大宮画伯の絵の感想を聞き、さらに、母親が奥から持ち出して来た見知らぬ絵を観せられた朋子は驚く。
実は、母親も若い頃は絵を描くのが大好きで、自分も将来は画家になりたかったのだと言う。
しかし、結婚すると、その夢を続ける事は無理だと悟り、朋子が幼い頃から絵を描くのを観た時から、この子に、何としてでも、自分が果たせなかった夢を実現させてやろうと決めていたのだと言う。
自分が本当に美しいと思うものを素直に描きなさいと言われた朋子は、母親を描かせてくれと言い出す。
その頃、隣の洋館の入口付近では、老人の愛犬に、光子が餌をやって可愛がっていたのだが、その様子を、洋館の二階から、金沢老人が静かに見つめていた。
その後、朋子が母親をモデルに絵を描いている最中、金沢老人が家の中を見たいと言っていると馬場さんの奥さんが案内して来る。
障子を張り替えている信子や、絵を描いている朋子の様子等を何気に観察している老人。
そんな老人に気を使うように、馬場さんの奥さんは、妻に、金沢さんも親戚の人が来るので一日も早く出て行って欲しいのだがと催促するのだった。
やがて、借家引き渡しの日、荷物をまとめていた一家の前に、女友達が駆け込んで来る。
何と、朋子がその後出品したあの母親像が、満場一致で入選を果たしたのだと言う。
朋子は、すぐさまそれを母親に知らせ、それを聞いて涙ぐむ母親とひしと抱き合うのだった。
その夜、植村一家とかよ子は、朋子の初入選の祝いと、この家最後の夜と言う事で、形だけの祝宴を開くのだが、その席で、朋子は、少し世間に出てみて、働いてお金を稼ぐと言うのがいかに大変か身に染みて自分は知った。
自分達子供がこれまで育って来たのは、両親の大変な苦労のお陰である事が分かったので、この席で感謝したいと言い出す。
照れる両親の前で、信子が自慢の咽を披露しはじめた時、馬場さんの奥さんが、金沢老人からの手紙と言うのを持って来る。
何事かと中を読んだ孝作は破顔して、妻に読ます。
不審げな子供達に、妻は、もうこの家を出て行かなくて良くなった。金沢老人が、ずっと貸してくれると書いてきたのだと教える。
喜ぶ家族一同。
信子は再び、「ホームスイートホーム(埴生の宿)」を歌いだし、一家はそれに唱和するのだった。
その一家団欒の幸せそうなシルエットを、隣の窓から嬉しそうに見つめる、金沢老人の姿があった…。
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典型的なホームドラマで、作られた当時は、それなりにリアルな、良くある小市民のドラマだったのかも知れないが、今観ると、そのあまりに純粋な家族愛が、現実にはありえない美しい至高のファンタジーと感じられ、胸を強く打つ名作になっている。
とにかく、登場する家族たちが、全員、貧しいが根は真っ正直で善人ばかりと言うのが、とにかく観ていて嬉しい。
嫌な人間や屈折した人間等は、ほとんど出て来ないと言う所が気持ちいい。
今、こうした家族像を描くと、いかにもきれいごとで、あざとく、嘘っぽく感じるが、当時は、本当にこういう家族はあちこちにいたのだと思う。
大半の人たちが貧しかったから、皆、真っ正直な気持ちで付き合って行くしか、他に頼るものがなかったのである。
当初、主役は、笠智衆演じる父親のドラマなのかと思えるが、途中から、実は、妻を演じている山田五十鈴と、不幸が重なって挫折しかかる娘、高峰秀子との女二代を中心に据えたドラマである事が分かる。
ごく平凡に見える母親が明かす、若かりし頃の夢。
それを聞いて、勇気を奮い起こす娘。
こうした展開には、男女の区別なく打たれるものがある。
次女役で登場している丸顔の岸恵子は、この作品がデビュー作だそうだ。
劇中でも歌っているが、その歌唱力は確か。
朴訥とした笠智衆も味わい深いが、何と言っても、家族全員に気配りを見せる山田五十鈴の母親像が健気で泣かせる。
彼女は劇中でも明言しているが、貧しい結婚生活や子供を育てるため「絵若い頃の夢を断念したのではない」。
そういう「結婚の犠牲になった」という考え方ではなく、自らが一人の女性として、生きる道を自らが選択した結果だったのだ。
だから、そういう彼女の強い姿勢に、娘は「美しさ」を感じて、絵の題材に選んだのである。
後半は、ほぼ想像通りの御都合主義的展開にはなるが、こういう御都合主義なら観ていて不満はない。
地味な内容ながら、心が安らかになる事請け合いの素晴らしい作品である。
