1955年、東宝、八田尚之脚本、杉江敏男監督作品。
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世田谷区役所発八重洲口行きの小田急バスが走っている。
乗っているのは、見習い車掌の野溝トミ子(美空ひばり)と、その教育係を勤める先輩車掌の杉山花江(寿美花代)と乗客たち。
降りる乗客から、切符を受取っていたトミ子は、一人の学生(久保明)から受取ったのが、映画の半券と気づき、バスから降りて学生に注意する。
学生は、うっかりしていたとポケットから乗車券を渡しながら、見習い車掌が意外としっかりしていると驚くのだった。
花江も、そんなトミ子の姿勢を頼もしく見守っていた。
ところが、一人の老人客(左卜全)が、若林で降りたいのだがと言い出したから、トミ子は慌てる。
何せ、バスはもう、有楽町まで来てしまっており、若林は遠くに通り過ぎてしまっていたからだ。
バス停を教えてくれなかったと言う老人と、ちゃんと知らせたと言うトミ子の言い分は平行線をたどる。
結局、花江のアイデアで、八重洲口まで行って、そのままこのバスで若林まで戻っても良ければ、特別に追加料金は頂かないと言う事で解決する。
しかし、その後も、トミ子のミスは続き、ちょうど「美空ひばり大いに歌う」ショーをやっていた日劇の前を通過する時には、つい「次は日劇美空ひばり前」と言ってしまうのだった。
営業所に戻って来たトミ子は、他の見習い仲間たちから今日の成果を尋ねられ、13回も間違えてしまったと、落ち込むのだった。
一方、その頃、事務所では、花江が、そのトミ子のミスを面白おかしく報告していたものだから、それを聞き咎めた助役(瀬良明)が、その子をここへ連れて来いと言い出す。
事務所にやって来たトミ子の顔を観た助役は、トミ子が、右頬にあるホクロ以外は、美空ひばりそっくりだと言い出す。
しかし、そう言われる事を嫌っていたトミ子は迷惑顔。
何故なら、彼女は、母親の血を引き、無類の音痴だからだと言う。
試しに、その場で歌わせてみると、トミ子が歌う「りんご追分」は確かにひどい。
その頃、トミ子の自宅アパートでも、母親(清川虹子)が、同じように、下手な「リンゴ追分」を歌いながら、編物をしていた。
その音痴振りに、勉強中だった高校生の敬一(柘植武男)は勉強にならないと抗議する。
姉の給料で養ってもらっている母と弟は、電車が通る度、部屋が揺れるオンボロアパート一間に仲睦まじく暮していた。
敬一は、母親や姉を早く楽にするために、東大合格に向け頑張っていた。
その頃、よっぱらいの大工仲間(大村千吉ら)らのバカ騒ぎに巻き込まれたり、大変な仕事を終えたトミ子は、最後の料金の計算をしていたが、100円足りず困っていた。
それを観た花江は、夢中になっていると、思わぬ所に仕舞っているものだと、トミ子の制服をあちこち調べ、胸ポケットに入っている事を発見すると、今後、こういう金が見つかると、着服したと誤解されるから気をつけるよう注意するのだった。
夜遅く、一人で帰宅する夜道は、若いトミ子には恐ろしい。
何だか、暗闇に悪漢のような男が立っているので、思わず、服から取り出した笛を吹きながら、その側を通り抜けようとしたトミ子だったが、その男は、自分は警察の人間だが、君の行為は感心だと、トミ子を誉めてくれる。
ようやく帰宅して、母と弟と水入らずで、きつねウドンをすすったトミ子は、その夜も、布団の中で「発車オーライ!」と寝言を言い、隣で寝ていた母親にあやされるのだった。
翌朝、担当するバスの運転手江口(小泉博)は、自己紹介をしたトミ子を観て、評判通り、美空ひばりにそっくりな事に感心するが、その後、どこからともなく上手な女性の歌声が聞こえて来たので、やはり歌も美空ひばりのように巧いじゃないかと誉める。
しかし、その歌を歌っていたのは、隣のバスの清掃をしていた前川(上野洋子)だった事が分かり、トミ子と共に苦笑い。
その歌声に刺激されたのか、この会社で、のど自慢に出て、鐘を三つ鳴らす事ができるのは、杉山花江と自分だけだと自慢げに言い出すと、江口は自慢の咽を披露しはじめる。
それは、浪々たる歌声の「イヨマンテの夜」だった。
これには、花江も前川も、隣のバスで大気中だった運転手(桜井巨郎)も、バスの車体に描いてあるシェパードのマークまで楽しそうになる。
その頃、いつものように留守番していた母親の元に、元亭主(藤原鎌足)が訪ねて来る。
金が出来た夫が、キャバレーの女と逃げた事をいまだに根に持っている母親は、久々に再会した父親にも、つっけんどんな態度で接し、それを観た父親も怒ってしまい、すぐ部屋を後にするのだった。
どうやら、父親は、母ともう一度やり直したいらしいのだが、頑固な母の方はそんな気持ちはなかった。
ある日、いつものように、見習として花江と乗車していたバスが、エンストを起こしてしまい、皇居のお堀端で応急車を待つ事になる。
客を下ろしてしまったバスに残っていた江口と花江は、廻りの目も気にする事なく、いちゃつきはじめる。
何せ、二人は間もなく、結婚を約束した仲だったのだ。
この様子に当てられたトミ子は、車内にいたたまれず、表に出たところで、いつかの学生に再会する。
話を聞くと、学生は、一日250円のバイトをしているのだと言う。
やがて、到着した応急車に引かれるバスに乗った江口と花江は、後部座席で聞くトミ子に聞かせるように、仲良く「オースザンナ」を合唱するのだった。
その頃、トミ子の父親は、東信社という不動産屋を営んでいた。
今日は、友人(小杉義男)が物件を捜しに来ていたが、耳の遠い賄いのおばさんに家事を任せている父親の姿を観て、もう一度、元の女房と寄りを戻したらどうかと勧めるが、とたんに、父親の機嫌は悪くなる。
まだ、別れたバー「銀猫」の女に未練があるのかと、友人は呆れて帰ってしまう。
ある日、ようやく正式な車掌になったトミ子が、慣れた手付きで、車内での切符販売をこなしていると、一人の男が青山までの切符を頼む。
トミ子がその男の顔を見ると、何と、別れた父親ではないか。
互いに気まずい雰囲気の中、父親は降りて行く。
その夜、営業所内で、バス従業員たちはみんな、テレビ放映されている「美空ひばりショー」を楽しんでいた。
そこへ、新人たちだけ事務所に呼出され、定期的な調査の一環だといわれ、本社の検査員から、全員身体検査を受ける事になる。
その際、トミ子の制服のポケットから、見覚えのない千円札が出て来る。
トミ子は、きっと、今日バスで出会った父親が、秘かにねじ込んだのだろうと弁明するが、証拠がない。
その夜、落ち込んで帰って来たトミ子は、訳を話し、父親に証明してもらえなければ、会社を首になってしまうと説明するが、娘が一人で父親に会いに行くと懐柔されてしまうに違いないと恐れる母親は、介さyなんか止め低位と無茶な事を言い出す。
すると、映画「ジャンケン娘」を観て来たと言う敬一は、姉が仕事を辞めたら、自分の学費はどうなるのかと心配するのだった。
翌日、午後からの勤務の前に、父の東信社を独り訪れたトミ子を、父親は歓迎して、すき焼きの昼食をごちそうしてくれる。
父が勝手にポケットに入れた金を巡って自分が疑われている事を話すと、父はすぐに、バス会社に出向き、その証明をしてくれたので、事は解決したが、その夜、父と会った事、その暮らし振り等を母に報告すると、母親は、娘の勝手な行動に機嫌を悪くするのだった。
その夜、一緒に洗湯に出かけたトミ子と敬一は、何とか、両親をもう一度、一緒に出来ないかと相談するのだった。
翌日、再び、父親を訪ねたトミ子は、何とか、母親と寄りを戻してくれないかと相談するが、頑固な父は、どうしてもあいつに謝る事は出来ないと拒否し、その言葉にがっかりしたトミ子は泣きながら帰るのだった。
そんなある日、上町3丁目で降りたあの学生が、「これでさよならです」と書かれた紙を渡して降りて行く。
そんなトミ子に、同僚の前川が、本物の美空ひばりから手紙が来たと言って来る。
訳を聞くと、あなたと一緒に写した写真を送って、我が社の美空びばりだと紹介したら、トミ子に会いたいので、電話をくれと言って来たのだと言う。
その夜も、帰宅したトミ子は、敬一と一緒に、頑固な母親に、何とかスィートホームを作って欲しいと説得するのだが、母親は頑として言う事を聞こうとしない。
翌日、前川が、明日、撮影所で、ひばりちゃんが会ってくれると連絡を取り合ったので、行って来なさいと勧められる。
少し、恥ずかしさもあったが、思いきって出かけた東宝撮影所で、トミ子は、大勢のひばりファンに間違われて取り囲まれてしまう。
守衛に案内され、助監督さんの指示に従ってくれといわれステージの中に入れてもらったトミ子は、時代劇のエキストラの人に紛れて、歌っているひばりの姿を見学する事になる。
その内、エキストラの面々が、助監督の指示に従って、歌っているひばりのバックに移動。
独り取り残されて戸惑うトミ子だったが、助監督が相変わらず、カチンコで前に出るように指示しているので、つい、自分も出るのだと思って、時代劇のセットの中に入ってしまう。
思わず、監督からカットがかかり、慌てて逃げようとしたトミ子に気づいたひばりが声をかけて来る。
その夜、ひばりと二人きりで、食事をごちそうになったトミ子は、自分は母親同様、音痴なのだと打ち明け、母親そっくりのりんご追分を聞かせる。
それを聞いたひばりは、それだけ母親の歌を再現できるのなら、耳は良いのだから、正しい音程を聞けば、歌も直るかも知れないと言い出し、自らピアノを弾きながら、リンゴ追分を一小節歌ってみる。
それを聞きながら、繰り返して歌ってみるトミ子。
最初は音が外れていたが、二度三度繰り返す内に、ひばりと同じように歌えるようになる。
その日、帰宅したトミ子は、母と弟を前に、習い覚えて来た歌を見事に紹介し、それを聞いた母親は口をあんぐり開けてしまう。
さらに、お母さんの音痴は、人の話を素直に聞かない態度と同じように耳が悪いのだと、トミ子に指摘されてしまう。
翌日、東信社に独りやって来た母親は、父親の前で、素直に謝罪するのだった。
それを観た父親も、すっかり、態度をやわらげる。
その後やって来た友人は、台所でかいがいしく働いている元女房の姿を発見し、二人の寄りが戻った事を知り、にんまりするのだった。
その後、江口と花江の結婚披露宴がある世田谷本社に電車で向っていたトミ子は、車内であの学生と再会する。
少し話したい二人は、トミ子が降りる豪徳寺の駅で一緒に降り、披露宴まで、後15分だけ時間があるというトミ子に合わせ、慌ただしい逢瀬を楽しむのだった。
聞けば、学生は、サラリーマンになったので、もうバスは利用しなくなったと言い、「中谷一博」という真新しい名刺を渡し、さらに売店からジュースを買って驕ってやるのだった。
その後、江口と花江の披露宴では、一緒に歌の披露となり、さらに驚いた事に、美空ひばりが、トミ子の為に作ったと言う新曲を携えてその場にやって来る。
ひばりが歌いだすと、みんなに後押しされるように、トミ子もその隣に立たされ、そっくりな二人が、一緒の歌を歌うのだった…。
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ひばりが二役をこなす明朗な音楽映画。
小泉博や寿美花代が歌うシーンは吹き替えだが、とにかく明るく楽しいアイドル作品になっている。
藤原鎌足と清川虹子が夫婦役で、ひばりがその二人の娘役と言えば、どうしても、江利チエミ主演の「サザエさん」シリーズを連想してしまう。
そう言えば、あのシリーズでも、小泉博が歌を歌うシーンがあった。(こちらは、おそらく本人の声)
ただし、こちらの作品では、その鎌足、虹子夫婦が、別れて、互いにいがみ合っていると言う捻った設定になっている。
東宝撮影所が出て来るのも、サザエさんシリーズと同じ。
スタジオ前の広場に、エキストラや見物客等が溢れ帰っている、撮影所全盛期の様子が伺える。
さらに、劇中、ひばりも出ている「ジャンケン娘」(1955)を弟が観て来たので、自分も行こうと、ひばり本人が言う楽屋落ちまである。
舞台となる小田急バスは、世田谷区役所から、三軒茶屋、昭和女子大前、三宿、大橋…と、東京駅八重洲口まで、まっすぐ東京を横断していたらしく、その当時の東京の風景がふんだんに登場するところが見物。
その当時の青山等が、平家ばかりで、まだ路面電車が走っていた様子等が映し出されている。
この頃の、お嬢は、いくぶんふっくらしている。
故障したバスを運ぶレッカー車の事を「応急車」と呼んでいたり、小杉義男が持って来た不動産物件に、あの家は、息子が『あの船の事故で亡くなった』などと、藤原鎌足が解説していたりするのが時代を感じさせる。
この時期の船の事故とは、おそらく「洞爺丸」か「宇高丸」の沈没の事だろうが、息子が…と言っているので、後者である可能性が高い。
二人のひばりが登場する所は、吹き替えを使った部分と、合成を使ったシーンがあり、その合成シーンはなかなか見事。
特に、ピアノを前にして、並んだ一方のひばりが、トミ子の手を握るシーンは感心させられる。
実は、ピアノの上に花が置いてあり、その花の陰から別人の手だけ出ている部分をマスクで切っているのだ。
これは、かなりの高等技術だと思う。
さらに、合成シーンとしては、バス営業所の夜景で、どうした訳か、背景の建物が絵合成になっているのに気づいた。
本当の夜景だと真っ暗になってしまい、建物は写らないためか?
アイドル映画らしく、他愛無い内容と言ってしまえばそれまでだが、今観ると、あれこれ、貴重な映像史料的な意味合いが大きい作品だと思う。
寿美花代の、きりっとした美しさはさすが。
