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その手にのるな

1958年、松竹大船、ジョルジュ・シムノン原作、沢村勉脚本、岩間鶴夫監督作品。

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※この作品は、いわゆる本格謎解きミステリではありませんが、ストーリーの途中で犯人を明かしていますので、御注意下さい。コメントはページ下です。

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岸田(高橋貞二)は、キャバレーの歌手(小堺一也)の後ろでクラリネットを吹く、しがないバンドマン。

住まいの団地に帰って来て、近くの雑貨屋でタバコを買うが、その後ろ姿を観ていた御夫人方は、常日頃から口もきかない彼の事を無気味な男として噂しあう。

団地内にあるアサヒ食堂で食事をとっていた岸田に、店の中で飼っている犬が盛んに吼えかかる。

岸田は無言で、犬に食事の一部を投げ与えるが、彼が帰った後、その店でも、彼の事が噂になる。

何でも、今は別れた妻に男が出来た時、その男を殺そうとして大怪我を負わせた過去があるのだと言う。

その夜、アパートの工事場で、人が死んでいると騒ぎが持ち上がる。

連絡を受け駆けつけて来た刑事たちは、大勢の野次馬たちから現場を保存していた、事件通報者で作業員の牧信二(南原伸二)の判断力に感謝して、現場検証を開始するが、被害者の腕時計のガラスが割れ、8時10分で針が止まっている所から、その時刻が犯行時刻と推定された。

そんな中、信州から新潟にかけて、地方巡業に出ていた踊子の立花由美(杉田弘子)が団地に帰って来る。

その由美も、10号室に住んでいたホステス浅井和子が殺されていたと、近所の婦人たちから教えられる。

自室に戻り着替えをはじめた由美は、向いの棟の同じ階に住む岸田がこちらをじっと観察している視線に気づき、慌ててカーテンを閉ざしてしまうのだった。

やがて、下村事件で2年間の執行期間中である岸田の部屋を訪れた刑事たちは、任意同行で彼を警察署に連行すると尋問を始める。

栗林刑事は、自分のくわえたタバコに、わざと岸田に火を付けさせ、現場に落ちていたマッチのすり方が、今のお前と同じ、左利きの人間のものだ、さらに集金してきた5万円が入っていたはずの被害者のバッグも紛失しており、それをどこに隠したともと、執拗に追求して来る。

しかし、岸田は必死に自分は殺人等しないと否定するだけだった。

その頃、牧のアパートに由美が訪ねて来る。

二人は結婚を誓いあった恋人同士だったのだ。

後日、工務店に牧を訪ねて来た栗林刑事は、牧のアリバイを聞くが、事件当日は6時半頃仕事が終わった彼は、ここの工務店に戻って来て、8時頃には全員で夕食を食べていたと証言し、他の人間たちもそれを裏付ける。

由美は、牧と小さな工務店を開くのが夢だったので、場所を捜してくれているかと牧に問いかけるが、彼はまだ権利金が準備できていないとぼやくのだった。

一方、殺された浅井和子の部屋では、解剖がすまないのでまだ遺体が戻って来ておらず、葬式もできないと言うので、取りあえず、近所の住民たちが集まって通夜を行っていた。

そこでも、岸田の事が噂に上り、物証がないので、逮捕できず帰されたらしいとの噂に、一斉に不満の声が沸き上がる。

全員、岸田が犯人だと思い込んでいたからだ。

しかも、最近団地内では、女性のパンティが盗まれると言う事件が連続しており、それもあの岸田がやっているに違いないと決めつけはじめる。

そんな中、被害者の妹、光子(小山明子)が、アパートの屋上で一人亡き姉を偲んでいたが、そこへやってきた牧が勇気づける。

さらに、部屋に戻って来た牧は、独りぼっちになった光子を、どこかの店で雇ってもらえないだろうかと、その場にいた近所の商店主などに相談し、結局、アサヒ食堂の主人(中村是好)が面倒を観る事になる。

岸田は、小鳥と猫をペットとして飼っていたが、猫のたまが、小鳥にいたずらをするので捨てに行こうと団地を出かけるが、そこにヨシコと言う幼女がいて猫に興味を示したので、あげようかと言葉をかけるが、すぐに母親がヨシコを抱きかかえに来て、家の子に構わないでくれと声を荒げる。

その後、岸田には常に刑事の尾行が付いていた。

そんな岸田が、自分の踊りを観ている事に気づいた由美は、楽屋に来ていた牧に打ち明けるが、様子を観に、客席に出向いた牧は、岸田の姿を確認する事が出来なかった。すでに帰ってしまったらしい。

由美の仕事が終わった後、二人してお好み焼き屋に出かけた牧は、将来家庭を持ったら、ガスレンジと天火が欲しいと言う由美の夢をにこやかに聞いてやる。

岸田の方は、毎日、疑われながら肩身の狭い暮らしをしなければ行けない事に落ち込みがちだったが、そんな彼の様子に気づいた歌手から勇気づけられるのだった。

岸田は、仕事が終わり、店を出たところで、馴染みの少女かなえから花を買ってやる。

その頃、お好み焼き屋を出た由美と牧は、旅館に泊まろうかと相談していたが、倹約の為帰宅する事にする。

深夜、団地に戻って来た由美は、突然、岸田と出会い、彼から、牧の事で話がある。彼に、被害者のバッグの事を聞いてみろと話し掛けられ、さらに、花まで渡されるのだった。

その岸田の言葉が気になった由美だったが、そんな彼女の部屋に、先ほど別れたばかりの牧が訪ねて来る。

せっかくのチャンスだと感じた由美は、牧に、オーバーを新調したいので、8000円持っていないかとカマをかける。

しかし、困ったように、今、1000円しか持っていないと答える牧の様子を観た由美は、彼は、和子のバッグ等取っていないと確信し、向いの岸田に見せつけるように、窓の側で牧に抱きつくと、先ほどもらった花束を窓の外に捨てるのだった。

その落ちて来た花束を観ていたのが、尾行中の刑事だった。

翌日、牧と由美は、傷心の光子を勇気づけるために、ローラースケートに連れていってやる。

その頃、団地の美容院では、最近、またパンティ泥棒が横行している噂で持ち切りとなり、みんなが岸田を気味悪がっていた。

帰宅して来た由美の部屋を訪ねて来たのは、その岸田だった。

岸田は、先日伝えた牧の事を気にしていたが、由美は、彼は金を持っていないので、バッグを盗んだりしていない事が分かったと答える。

すると、岸田は、おかしい、自分は事件当夜、工事現場で人影を目撃し、それは牧に似ていたのだと告白する。

その事を由美から聞かされた牧は不機嫌になる。

牧はその後、岸田の部屋を訪ねるが留守だと分かると、たまたま出会った前田と言う住人に聞き、岸田は今日、臨時の日直で店に出ていると聞き、店に向う。

独り、店番をしていた岸田は、突然現れた牧の姿を観て驚くが、自分にはちゃんとしたアリバイがあるんだと言う牧に対し、その内、確証を掴んでやると岸田は言い返す。

それを聞いた牧は、ジュークボックスでレコードをかけると、ポケットからナイフを取り出し、岸田に襲いかかる。

必死の抵抗を試みた岸田は、倒れこんだ牧にイスを投げ付けようとして一瞬留まり、出ていけと怒鳴るのだった。

その夜、工事現場の片隅で土の中からバッグを掘り出す牧の姿があった。

その姿を観ていたバタ屋(内田良平)は、牧に口止め料を要求し、金をせしめるのだった。

そんな事とは知らない由美は、牧から呼出され、とある温泉旅館に来てみると、牧から被害者のバッグを見せられ、殺すつもりだったのではないと告白される。

結婚資金をためようと焦っていたのだとも。

由美は自首をすすめるが、牧は、こんな事を打ち明けたのも、君が自分を助けてくれると信じたからだ、自分を見捨てないでくれと甘えかかって来る。

当惑する由美に対し、このバッグを、岸田の部屋の中に隠して来てくれ、そうすれば、あいつが間違いなく捕まるからと牧は依頼するのだった。

呆然としたまま、バッグを隠し抱え、団地に戻って来た由美の姿を見かけた光子は、親切にも、彼女に缶詰めを渡してくれるのだった。

そのまま、岸田の部屋を訪れた由美だったが、牧との先日の諍いの事もあり、警戒した岸田は、部屋に彼女を招き入れようとはしなかった。

翌日、失敗した事を報告した由美だったが、それを聞いた牧はあからさまに失望の色を見せる。

彼女が持って来た缶詰めを観ても、光子に同情して心変わりするなと釘をさす。

やむなく、後日、再び、岸田を喫茶店に呼出した由美は、牧が信じられなくなったので相談したいと告白する。

その頃、団地内では、バタ屋が、和子殺しの犯人は岸田だと言いふらしはじめる。

そんな噂が広まる中、自室で麻雀に興じていた落語家(桂小金治)は、負けがこんで来たので、隣の部屋のタンスに隠したパンティを拝みに行く。

実は、パンティ泥棒は、博打に勝つと言うゲンかつぎの為、彼がやっていたのだった。

由美を伴って浅草松屋屋上のスカイクルーザーに乗った岸田は、自分は昔から不遇だったので人を信用しない間まで生きて来たし、こんな高い所へも来た事がなかったと、珍しく言葉数が多かった。

日頃から恋いこがれていた由美とデートしているのだから当然なのだが、そうした岸田の変化を見抜いた由美は、今度、部屋に行っても良いかと了承を受ける。

今夜9時に来て良いと返事をした岸田は、仕事は終わって部屋に帰る途中、アサヒ食堂によって、オイルサーディンの缶詰めを買おうとするが、天主はもとより知らん顔、その内、客たちも気色ばんで来て、彼に酒を浴びせかけたり、暴力を振るったりして、全員、彼を追い返そうとしだす。

しかし、その行為を止めに入って来た光子も、もうここへは来ないで欲しいと、泣きながら岸田に頼むのだった。

自室に戻った岸田を待っていたのは栗林刑事だった。

栗林は、バタ屋がお前を事件当夜観たと証言している事を持ち出すが、岸田は、自分こそ、牧の姿を観たと言い返すが、栗林はそれを苦し紛れの言い訳と解釈する。

帰り際、そろそろ逮捕かと聞きに来た近所の住人に対し、栗林刑事は、岸田はみんなが考えているほど悪いやつじゃないよと答えるのだった。

その後、約束通り、部屋にやって来た由美を歓迎する岸田は、ハムエッグをこしらえようとするが、それを代わりに作り出した由美は、水を入れた方が良いと、台所に岸田を遠ざけた隙を狙い、隠し盛って来たバッグを、岸田の前妻を描いた絵の額縁の後ろに素早く隠してしまう。

そんな事とは知らない岸田は、自分はこれまで作曲ばかりして来たために貧乏で、妻を親友に取られたが、君が向いに引っ越して来た去年の11月から、悪いとは思いながら、君の生活を覗きながら毎日が寂しかった。

ここでは、差別ばかりで嫌な生活を送らなければ行けないので、大阪の知人から誘われているので向こうに憩うと思っている。

この際、自分と一緒に大阪に行ってくれないかと岸田は切り出して来る。

明日朝9時に駅で待っていると言われた由美だったが、用事を済ませたので、すぐさま部屋を後にしてしまう。

しかし、アパートの外に出たところで、バタ屋に捕まり、牧に後一万寄越せと言ってくれと頼まれる。

朝早く旅立つため、こちらもアパートを出た岸田は、その直後、バタ屋を見かける。

自分の部屋に戻った由美に、牧から電話が入り、バッグの事を聞くと、安心したように、後は俺に任せておけと言って来る。

しかし、由美の内心は、先ほどの岸だの言葉で迷いだしていた。

翌朝、線路脇で、殺されているバタ屋の死体が発見される。

団地の住民たちは、又しても、岸田の仕業と思い込み、大挙して、岸田の部屋に押し掛けるが、そこがもぬけの殻である事を知る。

さらに、そこに、大家に当てた家財道具を全部処分してくれと書き記された岸田の置き手紙を発見した住民たちは、我先にと、家財道具を奪い取ろうとし始める。

すると、一人の婦人(関千恵子)が、額縁の後ろから落ちたバッグに気づき、それに、殺された浅川和子の名前が入っているの見つけたので、やはり岸田が犯人だったと大騒ぎになる。

その頃、そんな団地の騒ぎ等知らない岸田は、駅で待っている由美が来ないのを知ると、アパートに電話をかけて寄越す。

由美は、旅行の準備を終え、岸田と大阪に行く決心を固めていたが、そこに牧がやって来てしまう。

さらに、その由美宛に電話がかかって来た事を知った牧は、電話に出た由美に、体調が悪くなったから、こちらに戻って来て欲しいと言わせるのだった。

その電話を聞いていた呼び出し元の部屋の住人が、団地の連中にそれを知らせたから、団地中は、犯人の岸田が間もなくここへ戻って来ると大騒ぎになり、団地中から住民が溢れ出て来る。

そんな中、何も知らずにタクシーで戻って来た岸田は、大群衆と待ち構えていた警官隊たちに包囲されてしまう。

由美は、ピッタリ寄り添った牧からナイフを突き付けられており、一言もしゃべれない状態だった。

車から降り立った岸田に、群集からつかみ掛かって来たり、投石が始まる。

それを制し、岸田を逮捕しようとした警官たちの手を振払って、岸田はアパートの屋上に逃げていく。

追って来た刑事たちの手をかいくぐり、危険と書かれた看板を払い除けて手すり近くに逃げた岸田だったが、その部分の手すりは壊れており、それに寄り掛かった岸田はアパートの屋上からぶら下がってしまう。

住民たちは下からそれを観て固まってしまうが、栗林刑事の指示により、各家庭から下に敷く布団を運び出しはじめる。

さらに、救援用の梯子車まで到着し、何とか、ぶら下がっている岸田の所まで梯子を伸ばそうとするが、後一歩の所で、力つきた岸田は落下してしまう。

その瞬間、牧の腕を振払い、布団の上に落ちた岸田に駆け寄った由美は、落下して来た手すりの破片に直撃されて大怪我を追う。

しかし、怪我を負いながらも、由美は群集に向って叫ぶ。

この人じゃない。

犯人は牧なんですと。

一瞬、その言葉に凍り付く群集。

うろたえた牧は逃げ出そうとするが、警官たちによってすぐさま捕縛されてしまう。

救急車に運び込まれる岸田と由美に群集が詰め寄る。

群集は、すまなそうな目つきで岸田を見送るのだった…。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

ジョルジュ・シムノンの原作だけに、派手なトリックや意外などんでん返しがあるミステリではない。

あくまでも、犯罪の陰で営まれる庶民たちの心理ドラマなのだ。

この作品では、特に、思い込みによる冤罪や差別、群集心理の恐ろしさが描かれている。

過去に一度過ちを起こした人間が、いかに、その後、偏見の目にさらされて生きていかなければ行けないか。

又、民衆は、犯罪の恐怖から逃れるため、すぐにでも適当なスケープゴート(犠牲の羊)を求めるかと言う事がきちんと描かれている。

一見、冷徹そうだが、実は、被疑者の人間性をしっかり観察している栗林刑事は、メグレ警部の翻案であろうか。

チョイ役扱いの内田良平や、いかにも可憐な美少女と言った感じの若き小山明子が印象的。

基本的には善人なのだが、時として、人を平気で貶める立場にもなり得る庶民役として、桂小金次、中村是好、関千恵子など、芸達者たちが、しっかり脇を固めているのも頼もしい。

最後の団地中の人が溢れだして来る群集シーンはスゴイの一言。

最初は、いかにも人から好かれている善人風の物腰で現れ、途中から豹変して二面性を見せつける南原伸二(=宏治)の若々しい演技も見のがせない。

歌手役でゲスト出演している小堺一也はすぐに分かるが、意外と、渡辺文雄等はあまりに若過ぎて、見慣れた後年のイメージと違うので、見逃してしまうかも知れない。