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日本海大海戦

1969年、東宝、八住利雄脚本、丸山誠治監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

19世紀末、ヨーロッパ各国は中国に進出していた。

明治33年、義和団が山東省に蜂起し、やがて、その勢いは、天津から北京へと及ぼうとしていた。

こうした動きを封じようと、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、ドイツ、オーストリア、そして日本は、連合陸戦隊を中国に送り込んだが、他の国が引き上げた後も、ロシアだけは5万の傭兵を残したまま帰ろうとせず、あたかも満州国の占領を企んでいるかのように思えた。

そうしたロシアの動きに対し、日本政府は何度も抗議をしたが、ロシアからの返事はなかった…。

明治37年、御前会議が行われ、伊藤博文(柳永二郎)が明治天皇(松本幸四郎)に対し、このままでは、ロシアに満州、朝鮮まで占領されてしまい、やがては、我が日本の独立さえ危うくなると報告していた。

そうした意見に対し、天皇は、もう一度、自分がロシア皇帝に電報を打ってみるから、お前たちも、もう一度考え直してくれと命じていた。

会議終了後、天皇は、山本海軍大臣(辰巳柳太郎)に、日高を東郷に変えた理由を問いかけるが、山本は東郷平八郎(三船敏郎)の才能と人格の優秀さを力説する。

山本海軍大臣は、後日、海軍省で、軍備力増強のための予算確保を伊藤博文に力説していた。

2日5日、日露断交の号外が出る。

佐世保港に停泊していた戦艦三笠上では、東郷を中心とした会議が行われており、参謀長(稲葉義男)は、現在、バルチック艦隊はバルト海に待機していると報告していた。

その後、日本海軍とロシア海軍は小競り合いを続けていたが、山本は海軍だけではロシアに対抗する事は出来ず、旅順を乃木希典将軍(笠智衆)率いる陸軍に叩いてもらうよう頼みにしていた。

その頃、北日本では、ロシアの戦艦グロノボイが日本船を襲っていたが、その付近を警備していた上野中将(藤田進)率いる第2艦隊は、霧のため敵影を補足できずにいた。

そんなある日、東郷の元へ、広瀬少佐(加山雄三)がやって来て、旅順港は幅270m、深さ16mと狭い場所なので、そこに船舶を沈めて防波堤代わりにすれば、敵船の出入りが出来なくなると、閉塞隊出撃作戦を説明し出す。

広瀬は、かつてロシアにいた事もあり、ロシア文学等も好む親露派だったが、死に急ぐ仲間が多い中、戦争が終わった後、両国がどう言う関係になるか、生き延びて未来を見届けたがいと、ペテルスブルグにいた当時、諜報活動を行っていた明石大佐(仲代達矢)に話していた、変わり種の軍人だった。

2月20日、最初の閉塞隊が出発するが、陸から攻撃され、目立った成果は得られなかった。

続く3月27日、第2回閉塞隊が出発し、広瀬少佐も部下の杉野上等兵曹(小鹿敦)と共に参加する事になる。

しかし、又しても、ロシアの陸上からの砲撃は苛烈を極め、広瀬少佐は、全員、退船を命ずるが、先ほど爆薬点火を命じた杉野の姿がいない。

独り、燃え盛る船に戻って、船内中を捜しまわる広瀬少佐であったが、とうとう、杉野の姿を見つけだす事は出来ず、やむなくボートに乗り込み、船から離れようとした所を、敵の砲撃にあい、生き延びる事をあれほど願っていた広瀬少佐は、敢え無く戦死してしまう。

結局、その後出発した第3次閉塞隊も成功しなかった。

そんな中、濃霧に閉ざされていた第3艦隊は、相次ぐ事故で、6日間で7隻も失うという、思わぬ損失を被っていた。

そのため、この時点で、ロシアと日本の艦船の数比率は、6対4と、ロシア有利になってしまう。

その後、乃木将軍率いる陸軍第3隊は、旅順に上陸していた。

6月13日、玄界灘洋上でバルチック艦隊監視のため待機していた第2艦隊船上、上村中将は、なかなか成果をあげる事が出来ない自分を一人であざ笑っていた。

その後、日本に組するイギリス人ジョン・キャンベル(ハロルド・コンウェイ)が船長を勤めた陸軍輸送船常陸丸がロシア艦隊の攻撃を受け、乗組員は全滅してしまう事件が起きたため、上村中将への世間の風当たりはますます厳しくなり、東京の屋敷に投石される騒ぎまで起きる。

その噂を知った上村中将は、他の将校たちの前では空元気をだしていたが、一人になると悔しさで涙するのであった。

一方、旅順でも、乃木大将率いる日本陸軍は、はじめて見る敵の機関銃の前に1万5000人もの犠牲者を築きながら、有効な戦略を打てないでいた。

そんな中、ストックホルム公使館から明石大佐から、バルチック艦隊の出航準備が整ったと言う知らせが届く。

東郷は、公海でのロシア艦隊との戦いで、一旦、敵を逃し、その後を追う形になったら勝機はない事を学んでいた。

乃木大将は、最後の手段として、決死隊とも言うべき白襷隊を結成し進行させるが、そのことごとくが討ち死にする。

もはや、執念の鬼と化した乃木大将は、自らの白ズボンを標的に敵が撃って来る事が分かっても、最前線で式を取る事を止めようとはしなかった。

そんな所に、東郷が訪ねて来る。

東郷は、乃木が苦戦している事を知りながら、それを責める事もなく、互いに相手を信頼しあって別れるのだった。

バルチック艦隊は、日英同盟のおかげで、スエズ運河を通過する事が出来ず、アフリカ大陸を大回りして日本に接近しなければいけなかった。

明石大佐は、ロシア過激党の一味等と連絡を取りながら、バルチック艦隊の新しい情報収集を重ねていた。

その後、ようやく、旅順の203高地は陥落する。

九鬼枢密官(佐々木孝丸)と面会した後、久々に妻(草笛光子)と散策に出かけた東郷は、とある菓子店の盲目の老婆の息子が出征し、戦死した事を聞き、思わず、焼香させてくれと願い出るのだった。

いよいよ、バルチック艦隊接近間近との報を受けた海軍は、森下砲術下士官(佐藤允)の熱心な指導の元、連日連夜、砲撃の猛演習を繰り返していた。

その凄まじさは、10日間で1年分の火薬を消費してしまうほどの勢いだった。

東郷自らも、連日、手弁当で、その練習現場を視察しに来ていた。

東郷の心配事はただ一つ、今や、日本各地に300箇所に及ぶ監視所が作られ、日夜、バルチック艦隊の捕捉に躍起になっていたが、今だ不安定な無電技術の為に、その連絡が遅れるのではないかと言う事だった。

とっくに、対馬方面に姿を見せていなければおかしいバルチック艦隊が、予定日を過ぎても発見できなかったため、さしもの東郷も不安感に襲われていたのだった。

そんなうろたえた東郷の姿を、加藤参謀長(加藤武)は、個室ではじめて見る事になる。

5月26日、宮古島の舟子が、バルチック艦隊のものらしき艦映を発見し、島に知らせるが、島には無電がない。

島の長(田崎潤)は、無電のある石垣島まで、早船を出すしかないと判断。集まった島民たちから、危険を伴うその船乗りを募るが、妊娠した新妻を持つ松(松山省二)が志願したので、止めるように説得するが、新妻自ら、夫を誇らしく思うと、送りだすのだった。

それとほぼ同時期、哨戒中の信濃丸がこちらに向け何事かを伝えるように点灯している不思議な病院船を発見、臨検しようと、その方向に目を凝らすと、その遥か先に、こちらもバルチック艦隊のものらしき船映を発見、直ちに、無電でその事を知らせるのだった。

石垣島に到着した宮古島の連中の知らせは、信濃丸の無電連絡に遅れる事、わずか1時間だった。

こうして、東郷は「全艦出動!」の指令を発する。

5月27日、とうとう、待ち受けたバルチック艦隊と対面した東郷は、「東郷ターン」と呼ばれる作戦を繰り広げる。

ロシア艦隊は、黒色火薬を使用していたため、2、3発撃つと、視界が全く効かなくなり、しばらく砲撃を休まねばならない等、不利な点が多く、猛練習の甲斐もあって、日本海軍は圧倒的勝利をおさめて行くのだった…。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

「日本のいちばん長い日」「連合艦隊司令長官 山本五十六」に次ぐ「東宝8.15」シリーズ第3作。

この作品、過去何度か観ており、これまでは正直「あまり面白くない作品」だと感じていたのだが、久々に観てみると、意外にも良く出来た作品だと言う事が分かった。

これまで、あまり面白くないと感じていた理由は、おそらく、前作「山本五十六」同様、エピソードの羅列的な展開が単調な事に原因があったのではないかと思うが、「山本五十六」よりは、話にバリエーションがある上に、あまり主人公の美談みたいな作りにはなっていない点も好ましい。

今観て、驚くのは、女優がほとんど出て来ない事。

もともと、戦争映画では、その映画の性格上、あまり女優が活躍するシーンは多くないのが普通だが、この作品は特に少ない。

群集エキストラに登場する女性を除けば、セリフを言う女優が登場するシーンは、大雑把に言って二つしかない。

一つは、東郷とその妻がしばしの外出をするシーンであり、もう一つは、宮古島の新妻とその夫との別れのシーンのみ。

しかも、この二つとも、いわゆる「お涙頂戴のためのシーン」ではない。

自らも戦争に参加しているという意識を持った女性の姿である。

つまり、この作品には、「戦争反対」だの「肉親、恋人等が別離する悲劇」などといったセンチメンタルな表現は一切排除されているのだ。

では、好戦映画なのかと言えば、そうでもない。

やはり、背後にあるのは「戦争の悲劇」なのだ。
それは、インテリとして描かれている広瀬大佐の悲劇や、菓子屋の老婆の何気ない描写に現れているし、ラスト等も、勝って万々歳などといったカタルシスを得られる描き方ではない。

ただ、はっきり「戦争映画は戦争スペクタクルを見せるもの」という考えが徹底しているため、その邪魔になる妙な(言い訳としての)お涙頂戴描写は避けられているだけなのである。

その潔さが、観ていて嫌味を感じない所だろう。

円谷英二の最後の作品となった特撮は、今観ても色褪せていないどころか、逆に、今の薄っぺらなCG描写に慣れ切った観賞眼には楔を打ち込むような迫力がある。

円谷特撮の中でも、一番完成度が高いと思われる「大プールを使用した船」のシーン満載だけに、(若干、ミニチュアっぽいシーンが散見される以外は)当時としては、世界最高水準の技術だったのではないだろうか。

この頃の特撮作品のすごさは、ミニチュア部分だけではなく、いくつも作られた本編セットの迫力もある。

オールスターキャストも見所が多く、明治天皇を演じている松本幸四郎や山本権兵衛に扮した辰巳柳太郎も貫禄十分なら、伊藤博文に扮している柳永二郎のそっくりさんぶりも、今回改めて感心させられた。

若き日の黒沢年男や児玉清の姿を発見する楽しみもある。

口ひげを生やした参謀長役の加藤武などは、その後の金田一シリーズの警部役をイメージさせる風貌で、その長く変わらぬ容貌の原点とも言える姿に驚かされるほど。

本編、特撮両面で、撮影所時代の底力を感じさせる見所満載の大作である。