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日本沈没('06)

2006年、TBS、小松左京原作、加藤正人脚本、樋口真嗣監督作品。

一応、小松左京原作の1973年版、森谷史郎監督による「日本沈没」に次ぐ二度目の映画化である。

印象を単刀直入に言ってしまえば、ちょっとウェットな『アルマゲドン』。

同じ原作でも、別の監督が作れば、全くテイストが違う作品になる事は良くある事で、それ自体は別に不思議ではない。

ただ、この新作が、見事に前作と似ていないのは、原作の解釈やアプローチの仕方が違うからではない。

それは、監督が本当に映画化したかったのは原作ではなく、自分が幼い頃観て触発された、前の映画版「日本沈没」の方だからだ。

とことん自分が大好きな前作を研究し尽くし、その映画としての「日本沈没」の弱点や不満点と思われた部分を、徹底的に変更し、意図的に似ていない作品にしているように思われる。

それは、思い入れの強い作品と、単純に比較されたくないためなのかも知れない。

だから、この新作を正確に言えば、1973年映画版「日本沈没」への愛情タップリのオマージュ作品なのだ。

その、監督の「前作への過剰な愛情」は、確かに、前作を知っているこちらにもビシビシ伝わって来る。

今回の新作、はじめて観る人にもそれなりに面白く出来ていると思うが、前作を知っていると、監督が、どこをどう変更したかが分かって、実に興味深く観る事ができる。

ただ、個人的には樋口監督ほど、前の「日本沈没」にはそれほど強い思い入れはないので、他人が何かへの愛情を熱っぽく語れば語るほど、聞いている方は醒めてしまうのと同じように、これでもかとばかりに繰り広げられる凝りに凝ったビジュアルを見せつけられるごとに、逆に気持ちは醒め、その物語に最後までのめり込む事は出来なかった。

前作との一番の相違点は、山本首相の扱い。

前作は、山本首相を演じた丹波哲郎映画だったと言っても過言ではない。

あまりにも、その印象が強かったために、他のキャラの印象が薄れてしまったほど。

今回の作品では、その不満点を改良するため、山元首相の処理には、思いきった事をやっている。

さらに、前作で、途中からいなくなってしまったような印象しかない田所博士と小野寺を、きっちり最後まで登場させている。

さらに、こちらも前作では中途半端な印象だった、阿部玲子と小野寺とのラブロマンス描写にも力を入れている。

前作での、濃いキャラ藤岡弘、と泣き顔のいしだあゆみのキャラをそっくり入れ換えたように、今回は、泣き顔の草なぎ剛と濃い顔系の柴咲コウの組み合わせにしているのも興味深い。

各々の役者たちは、前作とは又違った新しい魅力を生み出しており、悪くはないのだが、何せドラマが単調。

ラブロマンスも取ってつけたようで説得力に乏しく、今一つ共感しにくい。

新しいアイデアを取り入れたストーリー展開にしても、部分、部分を取り出すと格別悪くもないのだが、全体的に見ると、何かが決定的に欠落している感じが強い。

それは、物語の格となるカリスマ的キャラクターの不在なのか…?

日本が沈むという奇想天外なアイデアそのものを冒頭から種明かししてしまっているので、その後の展開に、特別、意外性はない訳で、前半、都市破壊のスペクタクルをある程度見せてしまうと、後は、特別ハラハラドキドキするような要素はなくなる。

実は、この弱点は前作でも同じで、前半「東京大地震」のスペクタクルが起こった後は、これと言った見せ場がなくなって、後半、何となく冗漫になってしまうのだけど、今回も、その点を改善する事は出来なかった事になる。

確かにこの話、パニックものにしては地球規模の危機というスケールが大きすぎて、今一つ我が事として実感が湧きにくいし、海外脱出という救いも平行して描かれているので、最終的には運が良いか悪いかの「諦観的な物語」になってしまう…と言う恨みはあるのだが…。

やはり、この新作で一番物足りないのは、沈没する「日本」そのものが描けていない事だろう。

「日本」は、「タイタニック」や「ポセイドン号」のような、単なる人間を乗せている乗物や器ではないはず。

そこが、「日本沈没」が、単なるパニック娯楽ものと違う一番のポイントだろう。

いかに、原作の哲学性、宗教観、政治性などは映画で表現しにくいとは言っても、冒頭であっさり見せられる「CGシミュレーション映像」に象徴されているように、単なる「記号のようなもの」として処理されてしまっては、「国土を失う」「故郷を失う」と言う事の重要性が、観ていて最後までピンと来ないのも当然かも知れない。

新作が、おばかパニックものだった「アルマゲドン」の日本版程度にしか見えないのはそのためだと思う。

ビジュアルは、金と最新VFXを使って、見事に出来ている。

ハリウッド映画を観ているような印象に近いと言っても良いだろう。

結局、樋口監督は、大好きな「特撮大作」を思う存分作る事が出来た上に、自分が愛してやまない、前の(一部で「底抜け超大作」扱いされている)「日本沈没」が、実は『結構、良く出来ていたのだ』という事を、前作不満分子たちに再認識させるという事には成功したのかも知れない。