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ちいさこべ

1962年、東映京都、山本周五郎原作、鈴木尚也+野上竜雄脚本、田坂具隆脚本+監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

第一部

川越で新築の仕事をはじめて任されていた神田の大工、大留の若棟梁、茂次(中村錦之助)の元へ、江戸から早駕篭に乗った見習の九郎助(重岡満嘉)がやって来て、「江戸が火事で…」と言ったきり、後が続かない。

何となく、不吉な予感を感じて現場を離れ、宿泊先に戻った茂次の元へ、兄弟子に当る大六(千秋実)が九郎助から聞いた内容を伝えに来る。

「棟梁も女将さんもいけなかったようで…」と。

様子を詳しく知るために、江戸に駕篭で向った大六が、夜帰って来て茂次や仲間たちに話す事には、牡丹長家から出た火があっという間に、近隣の町に広がり、助二郎が大留の店に駆けつけた時には、もう家は焼け落ちており、裏庭に、大黒柱の上に長年飾ってあった看板を抱きしめた棟梁と、それをかばうように倒れた女将の遺骸を発見したと言う。

棟梁は、病身で寝たきりだったが、看板だけ持って行かねばと、自分で外している内に逃げ遅れたようだ。

さらに説明をしようとする大六の言葉を遮った茂次は、「これ以上、両親の事は言うな」と釘をさして、一人隣部屋へ移ると、そこから鑿の音が響いて来る。

かねがね棟梁が「怒った時には鑿を使え、怒りがおさまる」と、茂次に教えていた秘伝だった。

やがて、江戸から、普請先へ見舞いを兼ね出向いて来た高輪町(東野英治郎)と安倍川町(坂本武)の叔父たちから、葬式の事を聞かれた茂次は、当分、葬式は出すつもりがない、何とか自分一人の力で大留を再建したいので、それまで親戚筋からの援助も受けるつもりがない事を伝え、両者を呆れさせる。

その後、茂次は大六から、江戸の和七が、大留の家として仮住まいをこしらえてくれ、昔勤めていたおりくの娘で、お茶屋奉公をしていたおりつという娘を下働きとして雇い入れたと報告を受けて、一安心していた。おりくは、茂次の幼馴染みだったからだ。

そうこうしている内に、川越えの家は完成し、茂次らは無事、江戸に仮住まいに戻って来る。

そこでも、仏壇への焼香をするでもなし、通夜もせず、新築完成の祝いをするからと、久々に再会したおりつ(江利チエミ)に酒を命じる茂次だったが、そのおりつの背後には、見知らぬ数人の子供達の姿があった。

その夜は、近所の子供だと思って、お咲(吉川博子)という嫁をもらったという友人の新助(大村文武)らと一緒に飯を喰わせてやった茂次だったが、翌朝、うるさく騒ぐ子供達の声で起こされ、不審に思っていると、おりつが来て、この子たちは、近所で焼出された孤児らなので、ここで面倒を観てやってもらえないかと言う。

しかし、家の再建の事だけで頭がいっぱいだった茂次は、それは不可能だと断わり、町役人に渡して来いとつっぱねるのだった。

その返事に落胆したおりつは、子供達を引き連れ、彼らが元住んでいたと言う吉兵衛長家へ出かけてみるが、そこにいた大人たちは、そんな子供は見た事もないし、ここに住んでいたなどという子供が言う事は信用できないので預かれないと冷たい返事をする。しかし、そこの大人たちは、明らかに子供達を見知っている様子で、面倒なので断わっている事は明白だった。

子供達の方も、大人たちが自分達を邪魔者扱いしているのを見抜いているので、次々に違う町名を教えては、おりつをあちこちに引き回す事になる。

その頃、茂次は、留守の間、世話になった材木屋の和泉屋和七(東千代之介)に、礼も兼ね、仮住まいにかかった費用を払いに行っていたが、それを受取った和七は、先代が、そちらの棟梁から受けた恩を今返したいので、三百両貸すつもりだと持ちかけるのだった。

茂次は、4、5日したら、借りに来るかも知れないと言い残して帰る。

一方、廃虚の町の中をおりつと共に彷徨っていた子供達は、鳩を持った子供を見つけたので、興味を持って近づくが、鳩を持った子供の仲間が、見知らぬ子供達に警戒して寄せつけまいとする。

それを見ていたおりつが仲を取り持ち、互いに家なしの身であると言う事を知った先方の少年菊二(伊藤敏孝)は、心を開き、自分達が住んでいる蔵に子供達を招き入れると、自分達は、食べ物や金をくれるおじちゃんがいるのだと説明する。

その頃、米屋の上州屋には、米を売ってくれと言う町民たちが押し寄せていたが、役人がやって来て彼らを追い返してしまう。

米屋と役人が結託して、米の販売を規制していたのだ。

そんな上州屋が、道楽で作る離れの建築を任されたのが茂次だった。

やがて、蔵の子供達の元へ一人の若者が姿を見せるが、その青年とおりつは、互いの顔を見て驚く。

おりつが茶屋暮らしをしている頃知り合った孤児の利吉(中村賀津雄)だったからだ。

菊二が先ほど言っていたおじちゃんというのは彼の事らしかったが、菊二が花札を持っているのに驚いたおりくは、子供に博打なんか教えるなと、利吉をきつく叱るのだった。

帰宅途中だった茂次は、顔なじみの質屋、福田屋の娘おゆう(桜町弘子)と再会し、家が焼けなかった事を知らされ喜ぶが、大六が呼びに来たので家に帰ると、又しても高輪町と安倍川町の叔父たちが来ており、葬式の事を重ねて聞いて来る。

義理で葬式をするつもりはないので、それで、今後付き合いが出来ないと言うなら仕方ないと答える茂次の言葉に怒った叔父たちは、これで、この家もお終いだと捨て台詞を残して帰ってしまう。

さすがに、茂次の非常識な態度に怒り、諭そうとする大六と助二郎だったが、茂次は聞く耳を持たなかった。

そんな所に、おりくと菊二と鳩を持った重吉(安中滋)も加えた子供達が戻って来るが、夕食時、大騒ぎをするので、又しても切れた茂次は大声で叱りつけるのだった。

上州屋の普請の費用として、土地を抵当に三百両を和泉屋から借り受けた茂次は、賃金が安いとごねはじめていた雇いの職人たちに、立派な仕事をしてくれたら幾らでも給金は払ってやると原物を見せて、黙らせるのだった。

そんな中、町民たちを引き連れて茂次の元へやって来た新助が、火事で店を失った自分達のために、簡単に町家を作っちゃくれまいかと依頼して来る。

しかし、手抜き工事をしたのでは、これまでの大留の看板に傷が付くからと、茂次は断わるのだった。

その後、重吉の鳩が逃げ出し、近所の子供達が捕まえた事から、喧嘩が始まる。

近所の子供達が、菊二たちを「親なしっこ」と罵った事が原因だった。

さらに、家作りを断わられた親たちが、その子供の喧嘩を理由に、茂次の元にねじ込んで来る。

茂次はやむなく、いじめられた菊二たちの方に頭を下げさせ、詫びさせるだった。

その処置に泣き伏すおりつであったが、飯の支度もしない彼女の態度に茂次の方もイライラが高じ、家を飛び出すと、おゆうの家に出かけ、子供時代のように飯をねだるのだった。

しかし、おゆうに諭され、心を落ち着かせた茂次は、子供達の土産まで渡され帰る事になるが、すでに、おりつと子供達の姿はなかった。

職人たちに聞くと、みんな出て行ってしまい、もう帰って来ないだろうと言う。

それを聞いた茂次は、なんとも言えない気持ちになる。

おりつたちは、再び、あの蔵に戻っていた。

そこでは、利吉たちが博打遊びをしていたが、子供達が戻って来た事を知ると喜び、気を効かせて出て行く事になる。利吉はおりつが好きだったのだ。

翌日から、おりつと子供達は、食べるために仕事をしなければと、あれこれ思案した末、人形劇をして人に見せる事を思い付くが、その稼ぎはわずかばかりであった。

そんな様子を、利吉はあざ笑う。

数日後、その利吉に扇動された町民たちが、長州屋を襲撃する。

その中には、菊二や他の子供達も混ざっており、完成間近だった茂次たちの離れも壊そうとし始める。

やがてやって来た役人たちを見て逃げ出した町民たちだったが、子供ですら飢えて米を盗む様を目撃した茂次の心の中で、何かが変わりはじめていた。

仕事帰り、先ほど、米を盗んでいた子供の一人が、菰をかぶって道ばたに座り込んでいるのを発見した茂次は、彼を近くの屋台に連れて行って飯を与えるのだが、そこで働いていたのは、新助の新妻、お咲だった。

訳を聞くと、店がないので商売が出来ず、新助は品川の料亭に勤めはじめたのだと言う。

子供を連れて家に戻って来た茂次は、たまたま来ていたおゆうや職人たちを集めると、子供達の家を作って、ここで養ってやろうと思うのだが、と相談する。

それに賛成したおゆうは、昔、おかいこの事を「こ」と呼んでおり、天子様から「こ」を連れて来いと命じられた者が、間違えて「人間の子供」を集めて来たので、面白がり、以後その者を「ちいさこべのすがる」と呼ぶようになったという話を聞かせ、その子供達の家を「ちいさこべや」と呼ぶと良いと提案するのだった。



第二部

役人たちから追われていた利吉は、蔵の中に逃げ込む。

その後、蔵の中を覗いた役人たちは、利吉など知らないと言うおりつと子供達を発見する。

子供達は、役人に預けろと言い残し、役人が帰った後、床下に隠れていた利吉が現れ、匿ってもらった礼を言うが、おりつは、あんたのために、子供達の前ではじめて嘘を言ってしまったので、出て行ってくれと利吉を追い出す。

今後、役人の手によって、みんな別々に別れて暮すと思い込んだ純吉は鳩を逃してやるが、その鳩は建築中の茂次の「ちいさこべや」に戻って来ていた。

やがて、子供達の家が出来がる日、茂次は蔵のおりつたちの元を訪れると、読み書きも教える家を作ったから戻って来てくれと頼むのだが、一度、追い出されているだけに、子供達の気持ちは複雑だった。

その後、蔵に戻って来た利吉は、寂しくなるから、あんな家には戻るなと、子供達に説得する。

しかし、結局、おりつと子供達は、茂次の作った「ちいさこべや」にやって来る。

数日後、その「ちいさこべや」で習字の練習をしていたおりつは、教えていたおゆうに字を見られるのが恥ずかしくて、表へ飛び出すと、何故か、そこに利吉が立っているではないか。

訳を聞けば、役人から逃げるため高飛びしたいので、五両、茂次からもらってくれと言う。

断わると、子供達に会いたいと言い出し、彼に気づいて近づいて来た子供達に小金をばらまいてみせるが、それを夢中で拾い集める子供達の姿を見て近づいて来た茂次は、ヤクザものなんかが来ないでくれと利吉を突っぱねる。

その言葉に逆上した利吉は、おりつと自分はすでに夫婦の仲だと言って、匕首を抜きかけるが、おりつに押さえられ、その場は帰って行くのだった。

その後、利吉が言った事は嘘で、夫婦仲ではないと釈明するおりつに対し、茂次は、菊二はもう年頃なんだから、今後、女として、身の振る舞いには気を付けていろと言い聞かせるのだった。

そんな所に、上州屋の離れから火が出たとの知らせが入る。

冷たく追い払われた事に対する利吉の仕打ちであった。

その事件で、すっかり落ち込んでいた茂次だったが、おりくの何気ない言葉に勇気づけられ、気持ちを持ち直すと、すぐに、大留の看板を持って、和泉屋に出かけると、この看板を担保に五百両貸してくれと交渉する。

そんな看板に、それだけの値打はないと断わりかけた和泉屋(藤原鎌足)だったが、茂次が子供を養っていると言う事を知っていた事から、茂次の男気に免じて、金を貸すのだった。

再び、焼失した離れの再建築をはじめた茂次だったが、もう、以前のように作る喜びが湧かなくなったと、大六に洩らすのだった。

ちいさこべやを作ってやった時の子供の喜びようを見てしまうと、金持ちの道楽の家等作っても、誰も心から喜ぶ者はいない。

今こそ、自分は、町の人々のために家を作らせてもらいたい気持ちになった…と。

その夜、一人で、不寝番を買ってでた茂次の前に、おりつがやってきて、話の成りゆき上、葬式も出さず、仏壇も拝まないようでは、親不孝者だと説教してしまうが、その言葉に怒って、おりつの頬を張ってしまった茂次は、その詫びをすると共に、自分が葬式をしないのは、両親がまだ死んだと思えないからだと説明する。

そんな所へ、一人の役人が訪ねて来て、この離れに火をつけた利吉を捕まえたので、伝馬町まで来て欲しいと茂次に告げる。

出かけてみると、お白州に座らせられた利吉が、この世で一番幸せな男の顔が見たかったから呼んだのだと言い出す。

自分も大工の棟梁の家に生まれていれば、こんな所に来る事もなかったはず。
親がいなかったばかりに、子供の頃からバカにされ、虐げられて育って来てしまったため、こうなったのだと言う。

それでも、おりつだけは良い奴だったので、おりつにだけはあやまりたい…とも。

やがて、言いたいだけ言って引かれて行った利吉は、役人たちの隙を見て逃げ出すと、高い塀に自らの頭から突っ込んで行き、息耐えるのだった。

その利吉の壮絶な最後を目撃した茂次は、利吉の死体から捕縄を解いてやると、「放っておかれた人間の行末が分かった」と呟くのだった。

そこからの帰り道、八百徳の主人徳(渥美清)が、ミカンを盗んだ子供二人を捕まえている所に出くわした茂次は、子供をかばってやると、そのまま家に連れて帰るのだった。

帰宅した茂次は、子供達の食事を頼むと共に、おりつを部屋に呼び寄せると、利吉は死んだが、彼の姿から、人間は一人で生きているんじゃないと知らされた事、さらに、今後、町の人の家を作って、両親の葬式を済ませた後、結婚してくれないかと打ち明ける。

おりつは、突然の言葉に戸惑うが、おゆうとの仲を気にしている様子。

呆れた茂次は、おゆうなら、もう和七とすでに出来ている仲だと教えるのだった。

こうして、町の家作りのため、和七と共に大量の材木を山に仕入れに出かける事になった茂次は、大工にさせるため、お供をさせる事にした菊二と共に、みんなが見送る中、町を出かけるのだった…。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

江戸時代、福祉に目覚めた一職人の姿を描いた、一部、二部合計で3時間に及ぶ感動大作。

正直言って、中村錦之助主演作品で、これほど心動かされた作品はない。

「宮本武蔵五部作」に匹敵するほどの傑作だと思う。

ただし、公開当時、興行成績が振るわなかった事が影響しているのか、その後の、映画としての評価も異様に低すぎると思う。

何故、これほどの秀作が、あまり知られていないのか不思議に感じるほど。

これは、まごう事なく大傑作である。

抑制の効いた錦之助とチエミの演技、さらに印象的な中村賀津雄をはじめ、脇役陣の手堅い演技。

そして、オープンセットを含めた美術の見事さ。

伊福部昭の手になる、重厚かつ哀愁を帯びた和風の音楽。

どれをとっても、一級品だと思う。

ストーリーも分かりやすく、大衆向きの内容だし、今、もっと、再評価されるべき作品だと思う。