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あゝ声なき友

1972年、松竹+渥美清プロダクション、有馬頼義原作、鈴木尚之脚本、今井正監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

昭和19年、8月20日、ソ満国境付近にいた日本軍の各部隊には、9月末までに上海に集結するよう命令が下った。

上海に向う列車の中で、腹膜炎を起こし高熱を出して寝込んだ兵隊がいた。

西山上等兵(渥美清)であった。

病院に寝かされた彼は、見舞いに訪れて来た班長(森次浩司)から内地送還される旨伝えられる。
さらに同行して来た同じ部隊の市原から、戦友たちの手紙を託され、「国に帰ったら、弟の相談相手になってやって欲しい」と個人的な頼みも受ける。

その後、上海に集結した部隊はそのまま南方へ出航し、2ケ月後、全滅したとの知らせを西山は聞かされる事になる。

内地に帰って来た西山は、闇物資を運搬途中の山田花子と名乗る女(小川真由美)と列車内で知り合うのだが、二人とも新橋の朴(田中邦衛)という仲買人の所で以前顔を合わせていたことに気づく。

互いに身寄りも家もなくした同士であることを知った二人は、自然に結ばれるが、その後、一旦別れた後、娼婦に身を落としていた花子と再会した西山は、自分が彼女の事を愛しているから、そんな事は辞めてくれと告白し、その後しばらく同じあばら家の下で同居生活を始めるが、託されていた手紙の配達相手を毎日調べていた西山の元から、いつしか花子は姿を消してしまう。

その後、元板前の腕を買われ、辰ちゃん(財津一郎)と共に小料理店を始めようと一緒に米軍払い下げの残飯を元にした「栄養シチュー」を作って小銭を稼いでいた西山だったが、手紙の相手の消息を訪ねるため、計画半ばで金を折半してもらい、それを資金に鹿児島に向うのだった。

鹿児島では、元国務大臣でA級戦犯として巣鴨に入れられて、その後帰郷した西野入国臣(加藤嘉)の家を訪ね当て、ようやく息子の手紙を渡すことができるが、その後、訪ねた長崎では原爆で相手方は全員死亡したと地元の老婆(北林谷栄)から聞かされる。

実はその頃、その相手である上辻美喜(倍賞千恵子)は、博多の病院で、朝鮮戦争から帰還して来たアメリカ兵の遺体を化粧する仕事をしていた。
彼女は、同じ病院に出入りしていた羽鳥(新克利)から求婚されるのだが、戦地に赴いた弟雄之助の帰還を約束したこの博多の地を離れることは出来ないと、申入れを断わるのだった。

そんな事は知らない西山は、その後山口の萩に向い、貧しい病人たち相手で開業していた医者の松本(松村達雄)に無事手紙を届けていた。

しかし、手紙の配達を素直に感謝されていたのはこの頃までで、これ以後は、配達によって、知りたくない事実を知らされたり、平穏無事な生活を送っていた相手方に波風を立てていくことになる。

例えば、函館の聖パウロ療養所を訪れた西山は、手紙を渡す相手である西賀紀子(吉田日出子)が精神を患っている事実を知り、シスター(荒木道子)に手紙を預けて帰ることになる。

その後、青函連絡船の中で知り合った旅芸人一座と共に気仙沼を訪れた西山は、「相談相手になってくれ」と頼まれていた市原の弟、礼(志垣太郎)が、世話になっていたはずの教師一家全員を殺害したばかりか、家に放火をした咎で、すでに三ヶ月も前に死刑になっていた事実を知る。

実は、礼は、教師家族からとんでもない迫害を受けていたのだが、すでに生きる望みを失った彼は、上告をすすめる弁護士(大滝秀治)の言葉も聞かず、唯一の肉親だった兄の事を想いながら死を選んだのだった。

さらに、その後訪れた輪島では、すでに再婚しており八木と性が変わっていた木内千恵子(長山藍子)と出会うのだが、彼女は、渡された手紙を読み、元夫が自分が今の夫の八木(江原真二郎)から聞かされていたよりもずっと後まで生存していた事実を知り、西山も又、八木が千恵子を巧妙に騙して、結婚していた事実を知るのだった…。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

死んでいった元戦友たちから託された複数の手紙を、戦後、自らの生活を犠牲にしながらも律儀に相手先を捜し配達していく内に、思わぬ相手方の不幸や反応と出会うことになる一人の男の姿を通して、戦争の残酷さのみならず、時間と共に風化していく戦争の記憶に対する無念さ、怒りを訴える社会派ドラマ。

喜劇役者のイメージが強い渥美だが、「拝啓天皇陛下様」(1963)をはじめ、テレビドラマ「泣いてたまるか」の中の「ああ無名兵士!」(1966)、「田舎刑事/時間よ、とまれ」(1977)など、戦争の傷跡をテーマにした名作にも何本か出演しており、本作もそうしたテーマに強い関心を持っていた渥美念願の企画だったらしい。

全体の展開は、日本版「舞踏会の手帖」(1937)とでも言えばいいだろうか。

主人公が善意のつもりで渡した一通の手紙が相手に与える思いもかけない重圧。

それは、その渡した手紙の中に、渡された側が忘れかけていた、否、忘れようとしていた「戦争と言う忌わしい記憶」が詰まっているからである。

「自分を忘れないでくれ!」という戦没者たちからの声なき声が、戦後、生き残った者たちへの強烈なメッセージとなって蘇るからである。

それは新しい人生をはじめた人々にとっては「重荷」であり、それを配達して来た主人公の行為は、時として善意どころか悪意にさえ映る。

そうした事実に、途中から主人公自身も気づき、自らの行為に疑問を感じるようになるのだが、後半、それでも配達を続ける彼の行為は「義務感」や「誠実さ」ではなく、風化していく人間の記憶に対する「怒り」を原動力にしているのだと確信するに至る。

一つ一つのエピソードが味わい深いのだが、吉田日出子が登場する話、志垣太郎が登場する話、長山藍子が登場する話などが特に印象深い。

長山が登場するエピソードで、その夫役の江原真二郎を論理的に追い詰める渥美の姿は名探偵金田一耕助ばり。

しかし相手はこう答える。「自分達夫婦は今まで幸せに暮して来た。誰も被害者なんかいない。それをぶち壊した加害者はお前の方じゃないか!」

主人公西山民次の行為に意味はあるのか…、この問いかけは、観るもの全ての胸に跳ね返ってくるはずである。