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人間魚雷回天

1955年、新東宝、津村敏行原作、須崎勝弥脚本、松林宗恵監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

昭和19年秋、海軍大津島基地では、学生上がりの予備士官たちが、人間魚雷回天(特攻用独り乗り潜水艦)の訓練に明け暮れていた。

そんな中、訓練中に、明大出身の岡田が事故で殉職してしまう。

当初15人いた士官も、事故や特攻によって、今や7人しか残っていなかった。

玉井少尉(木村功)は、そんな自分達の境遇に疑問を感じており、そうした悩みを恋人の早智子(津島恵子)への手紙に綴っていた。

そんな所に、すでに死んだと思われていた村瀬少尉(宇津井健)が、ひょっこり帰って来る。
特攻直前に、回天が故障したのだという。

村瀬は、玉井の迷いを知り叱責するのだったが、上層部は、そんな村瀬を厄介者扱いして、特攻から外そうと相談していた。

一方、朝倉少尉(岡田英次)は、訓練中、沈没事故に遭遇するが、数日後、九死に一生を得て、無事浮上する事に成功する。

そんな彼らに、いよいよ出撃命令が下る。

最後の夜、士官たちは全員遊廓へとくり出すが、一人、朝倉だけは本を読みたいといって兵舎に残る。

そこで、朝倉は、日頃自分達の身の回りの世話をしている従兵二人と親密に話をする機会に恵まれる。

一人は、寿司職人だった中年男(殿山泰司)、もう一人は、朝倉と同じ帝大の教授だったという田辺(加藤嘉)であった。

気が進まないながら、一人になるのが嫌で遊廓に入った玉井は、どうしても会いたいと遊廓まで訪ねてきた早智子と再会し、海岸で二人だけの最後の夜を明かすのだった。

いよいよ出発の日、リーダー的存在だった慶応大出身の関屋中尉(沼田曜一)、早稲田の蹴球部キャプテンだった村瀬、そして、玉井と朝倉は、4隻の回天を積んだ潜水艦「イ号36」に登場して、基地を出発する。

彼らの運命は…。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

「潜水艦映画に駄作なし」というらしいが、まさしく、本作も傑作というしかない。

戦闘機による特攻の方は有名だが、潜水艦による特攻はあまり知られていないと思われるだけに、そうした素材に真っ向から取り組んだ制作姿勢に敬意を表したい。

内容の真摯さもさる事ながら、主だった俳優だけではなく、脇役の一人一人まで、実に見事な存在感を見せてくれる。

丹波哲郎や西村晃なども、ちらり登場するのだが、 沼田曜一のこうしたシリアスなテーマでの演技ははじめて観ただけに、後年の、いわゆるキワモノ映画での演技とは又違った存在感に感心させられた。

回天やイ号潜水艦の潜水シーンなどは、さすがにミニチュアによる特撮で、今観るとちゃちなのだが、実物大の作り物などもきちんと作られており、本編部分に安っぽさはない。

また、海岸で夜を明かす玉井と早智子が、「決して実現する事のない夢」として想像する「二人だけしかいない湘南海岸」のイメージは、明るい陽光が照りつける海岸にパラソルや椅子だけが延々と置いてあり、映像的にシュールで衝撃的である。

理不尽にも明日のない生き方を選択させられた若き学生達の苦悩と絶望…。

しかも、これは、現実に起こった出来事なのだ。
この事実の重さの前には、いかなる言葉もない。