TOP

映画評index

ジャンル映画評

シリーズ作品

懐かしテレビ評

円谷英二関連作品

更新

サイドバー

刑事物語2 りんごの詩

1983年、キネマ旬報+東宝、片山蒼原作、武田鉄矢+黒井和男+渡辺寿脚本、杉浦六郎監督作品。

このシリーズは、別にミステリー映画として作られているわけでも、リアルな刑事ドラマとして作られているわけでもない。

あくまでも、武田鉄矢が、「寅さん風人情ドラマ」に自分が好きなアクション要素も加味して、地方の刑事という素材を選んだだけに過ぎないのであって、それは、地方公務員であるはずの刑事が、あちこち他府県に飛ばされるという、基本的にむちゃくちゃなことを平気でやっている所でも明らかである。

だから、こうした通俗娯楽ものを理屈であれこれいうのも野暮なことだというのは百も承知なのだが、それでも、本作だけは、シンプルな筋書きとはいえ、一応「意外な犯人」がポイントになっている展開なだけに、何度観ても釈然としない、引っ掛かる部分を残した妙な作品になっていることを指摘せずにはおかれない。

物語は、弘前中央署に勤務している片山元(武田鉄矢)が、2年前に札幌で起きた現金輸送車強奪事件に関わってしまう所から始まる。

犯人特定のきっかけになるのではと、札幌署の退職間近の刑事、堂垣内(松村達雄)が、弘前の農業試験場に、『あるもの』を持ち込むのだが、そこから直接的に犯人に結びつきそうな要素を見つけることは不可能だと知る。

問題はここである。

その後、片山が継続して執着する『あるもの』は、『犯人を特定するような類いの物ではない』と、最初からきちんと説明されているのである。

さらに、捜査を通じ知り合って結ばれた片山の彼女が、その『あるもの』が「こういうものであったらいいな」と、乙女らしい『空想』を語る。

当然『空想』は『空想』であって、事件とは何の関係もない…はずなのだが、彼女への思い込みからか、片山は、彼女が洩らしたこの『空想』を『犯人特定』に結びつくと『思い込んでしまう』。

結論から言うと、この事件は、『犯人自らの自白』以外には、犯人特定は不可能なはずなのである。

片山は、クライマックスで、その『あるもの』を意外な場所で発見し、真犯人を悟ったような顔をする。

これは、明らかにおかしい。

何故なら、片山は、かつての恋人が語った「空想の産物」を実際に発見しただけであって、その『あるもの』と犯人を直接的に結び付けるものは何もないはずだからである。

結果的に、真犯人の方から片山に自白するので、展開的な矛盾はないように感じられるのだが、この部分は、どう考えても納得がいかない。

片山が、その『あるもの』を見て「ずっと探していたんだ…」というのは、「恋人との思い出として」ならわからなくもないが、彼は、犯人の自白を聞いても驚かないのである。やはり「これで真犯人が分かった」という意味だったらしい。

どうも、劇中の片山の「思い込み」と同じ「思い込み」を脚本家もしていたか、脚本を書き直している内に、気がつかない部分で何か重要な文章を外してしまったかだ。

観客サービスのつもりだったのか、 劇中、あまり意味もなく、女性の裸が幾度も出てくるのも、今観ると、お寒い感じがする。

お嬢様アイドル女優だった酒井和歌子が、汚れ役に挑んでいるのも、本作の見所。

武田鉄矢が、ワコちゃん(酒井)の大ファンだったことから、本作への参加を依頼したらしい。

矛盾点を気にしなければ、あれこれサービス精神にも溢れ、大衆娯楽としては平均的な出来の作品だと言えよう。