TOP

映画評index

ジャンル映画評

シリーズ作品

懐かしテレビ評

円谷英二関連作品

更新

サイドバー

愛の世界 山猫とみの話

1943年、東宝映画、佐藤春夫+坪田譲治+富沢有為男脚本、如月敏+黒川慎脚色、青柳信雄監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

幼い時父親を亡くし、7歳の時には母親とも死別した小田切とみ(高峰秀子)は、荒川千造という曲馬団の男に引取られ、こき使われている内に、粗暴な振る舞いや逃避癖が目立つ「山猫」と呼ばれる16歳の問題児となっていた。

少年審判所から、はじめてそのとみの引き取り人となるため訪れていた施設の山田先生(里見藍子)は、列車を乗り継ぎ、何とか地方の山の中にある少女専用施設の近くまで連れてきたところで、あやうく、とみに逃げられそうになる。

施設に入所してからのとみも、周囲に馴染もうともせず、言葉さえも一切発しないという態度に、入居者たちから反発を買うようになる。

そんなとみに、一方ならぬ愛情を注いでいた山田先生の態度が、他の生徒たちの反発を招いていたのだった。

山田先生の苦悩を、夜中に盗み聞いたとみは、ある日、常日頃から彼女につらくあたってきた女生徒が、またまた、山田先生に当てつけるような反抗的な態度をとったのを見て、彼女を殴りつけて気絶させると、施設を逃亡してしまう。

施設では、四辻院長(菅井一郎)が、大急ぎで、逃亡の知らせを各所に連絡するのだが、当のとみは、列車の走る様子を丘から見ている内に気分が晴れ、そのまま楽しい気分で山の中を彷徨い歩いていた。

やがて、夜が訪れ、恐ろしい思いで一夜を過ごしたとみは、翌朝、とある山小屋を見つける。

忍び入ったとみが囲炉裏にかかっていた粥を夢中になって啜っている内に、この家の住人らしき幼い兄弟が戻ってくる。

何でも勘一(小高つとむ)、勘二(加藤博司)というその兄弟は、母親を亡くし、猟師の父親松次郎(進藤英太郎)が権次郎という熊をしとめに出かけている間は、二人きりで留守番をしているのだという。

健気な二人の様子に、ようやく心を開き、言葉を取り戻したとみであったが、やがて、小屋にあった食料も枯渇し出し、やむなく、村から、食料を盗み出すようになっていく。

こうした事態を憂慮した駐在(永井柳筰)や山田先生は、応援を率いて、山狩りをすることになるのだが…。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

高峰秀子が問題少女を演じる教育映画なのだが、戦時下に作られていることもあり、「子供を守ることは国を守ることだ」というような国策的なメッセージも垣間見える。

園内で、けんかをするとみたちに、四辻院長が諭して聞かせる、「今、戦争に参加していないのは君たちだけだ。一日でも早く更生して、御国の役に立てるようになりなさい」という言葉は、今聞くと複雑な物がある。

前半の問題児を演じるデコちゃんには、正直、「山猫」と呼ばれるほどの「凄み」はない。
せいぜい、ちょっと内気な子といったくらいの印象である。

やはり、山で幼い兄弟と出会い、笑顔で唄ったり、牧場で放し飼いになっている裸馬に乗って疾走する姿が似合っている。

本作には円谷英二による特殊撮影も数カ所見られる。

気がついた所では、とみが森の中に入り、一夜を過ごす時、周囲の大木が歪んで見えるシーン。
これはフィルター処理であろう。

翌朝、山の嶺に登ったとみが、朝日を拝むシーン。
ここは、合成である。

さらに、木に留まった鳥たちが一斉に飛び立つシーンが2ケ所あるが、ここはアニメ合成。

そして、兄弟の山小屋が大風に吹き飛ばされそうになるシーンでは、精巧なミニチュアセットが組まれている。

ちなみに、本作の演出助手は市川崑氏である。

教育映画にありがちの展開といえばその通りなのだが、やはり、クライマックスは目頭が熱くなる。

やや、テンポが緩やかなのを除けば、名作と呼んでも良い出来だと思う。