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十手舞

1986年、松竹+五社プロ+京都映像、森幸太郎原作、古田求脚本、五社英雄原作+監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

北町奉行内、斬罪を言い渡された、元伊勢屋奉行人の乙松(片桐竜二)、元鍋島藩中間の勘八(安岡力也)、元目明かしの彌助(川谷拓三)の三人の罪人は、不思議な事に命を助けられ、同心の内海孫兵衛(渡瀬恒彦)から、「影十手」と呼ばれる、一種の闇の仕事人になれと命ぜられる。

それを受け入れた三人は、代償として内海から咽を斬られ、声を失ってしまう。

それから20年が過ぎ、牙の伝蔵(地井武男)一味のねぐらを襲撃した彌助は、一味に加担していた意外な娘に妨害される。

影十手の身分でありながら、知り合って夫婦になったお咲(石原真里子)に生ませた実の娘、お蝶(石原真里子-二役)の変わり果てた姿であった。

10年前、影の仕事のため、泣く泣く別れた父親を、一方的に捨てられたと信じ込んだお蝶は、母亡き後、一人で殺しの技術を身に付けながら育っていたのであった。

そんな二人の間柄を嗅ぎ付けた伝蔵の元情婦おれん(夏木マリ)は、そのネタを伝蔵に吹き込み元のサヤにおさまると、お蝶は彌助をおびき出す囮として利用されてしまう。

命をかけて我が身を救ってくれた父親を看取った後、お蝶は、内海から、父親の変わりの影十手になるよう命ぜられる。

その頃、闇将軍と呼ばれていた家老松平周防守(小沢栄太郎)から、渡海の赦免状をもらった廻船問屋の叶屋源四郎(世良公則)は、御禁制の密貿易で得た利益を、秘かに濱田藩の財政に廻して潤わせていた。

その赦免状を奪えというのが、お蝶に与えられた仕事だったのだ。

ところが、源四郎がその赦免状を秘かに隠していた帯締めを、妻の花絵(高木澪)が知らずに、病死した下女の死に装束として着せ、僧侶たちに渡してしまった事から大騒ぎが始まる。

旅から帰って事情を知った源四郎は真っ青になり、帯締めを取り戻そうと後を追い掛けるのだが、僧侶らから商人の手に渡った帯締めは、白山下のおちか(佳那晃子)という小唄の師匠に渡ってしまい、夜、その家に忍び込んだ源四郎が見たものは、そのおちかの死体の首に固く食い込んだ帯締めであった。

結局、件の帯締めは、地獄(竹中直人)と呼ばれる、近所でも札付きのワルの同心の手に渡ってしまう…。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

劇画を原作にした、ちょっと風変わりな娯楽時代劇 。

当時流行っていた、新体操のリボンを武器とするお蝶と、ブルース・リーの怪鳥音を叫びながら剣を操る地獄が対決するシーンの珍妙さ。

サービスのつもりなのか、時々いきなり挿入される、スモークと原色のライトに照らされたおれんの色っぽい踊り。

007も真っ青の、おれんが住むからくり屋敷。

マンガといえばマンガそのものの奇想天外さなのだが、低予算のチープさに加え、何ともテンポも悪く、全体的に弾まない作品となっている。

石原真里子のセリフ回しも素人丸出しで、彼女ががに股で披露するリボン技術も、新奇さどころか、何ともマヌケに見えてしまうのが哀しい。

後半、主役のような存在感を見せる夏木マリの熱演、高田純二の意外なマジ演技、加藤健一や萩原流行ら当時の若手の真摯な演技、若き世良公則の美貌振りなど、細かな見所がないではないのだが、如何せん、全体的な展開がスケール感に乏しく、何とも貧相な話に終わってしまっている。

確かこの作品、公開当時は記録的な不入りで、この事がきっかけとなり、石原真里子は映画にみならず、芸能界そのものからも遠ざかってしまったのではなかったか?

ピーター、笑福亭鶴光、阿藤海、福本清三なども顔を見せている。