1961年、宝塚映画、今東光原作、久松静児監督作品。
河内にある寺「天台院」に、何故か焦って向う、足の悪い松っつぁん(中村是好)の姿から始まる。
寺では、テレビでちょうど始まった、人気作家でもあるこの寺の住職今野東吾(森繁久彌)のインタビュー番組を観る為に、近所の住人たちがすでに集まっていた。
住職は、男女とも好色だが人の良い河内の土地の人柄の話から、自分の周辺の人物たちの紹介を始める。
朝吉親分(山茶花究)、猪之助親分(加東大介)、女好きの「豚の毛はん」と呼ばれている人物の事など…。
お世辞まじりの話に、満足げな当人たち。
やがて「蹴り足の松っつぁん」の話が始まり、嬉し気に聞き耳を立てる松っつぁんだったが、その途中でテレビの調子がおかしくなってしまう。
この出だしから明らかなように、この作品には、今では表現しにくい「身体的ハンデ」のある人物たちが、次々と登場してくるだけではなく、今では到底許されない禁止用語もバンバン出てくる。
この時代にはまだ、そういう事を面白おかしく表現する事が日常茶飯事だったのである。
そういう事実を知っている人間の目から観ても、やはり、本作の表現はちょっといただけない…。
タイトルにあるような「お色気話」にしても、あくまでも、昔の地方特有の泥臭い艶笑譚レベルの内容であり、今想像するような「お色気表現」など出てくるはずもない。
森繁は主役というよりも、全体の狂言廻し的存在であり、登場場面は存外多くない上に、キャラクター的にも印象が弱いため、全体的に面白みも薄くなっている。
エピソードとしては、半端ものの呉服を行商している男から強引に言い寄られて同棲をはじめた、猪之助親分が経営しているブラシ工場に勤める後家さんが、その男から一文の金ももらえない生活が始まって後悔する話。
ある仲居さんを好きになった、ちょっと頭の弱い八百屋の独身男の望みを叶えてやるため、猪之助親分がいたずらっ気を出して、近所の男(茶川一郎)を身替わりに立てて見合いをさせてしまったが、それが後でばれて仲居さんが激怒する話。
「豚の毛はん」と、小銭をためていたクズ屋の主人の両名が、そろって、近所に越して来たという生け花の先生に鼻を伸ばし、まんまと金をだまし取られたあげく逃げられてしまう話。
そのクズ屋のしっかり者の娘が、、そのクズ屋で働き始めた男(以前、駆け落ちした相手の女に逃げられてしまったため、それ以降女嫌いになった)を手なずけて、結婚を決意する話。
身体的ハンデのある男女同士が結婚したが、女性の方が再婚である事を黙っていたため、彼女の事を、今まで誰にも相手にされない哀れな女性だと信じ込み、自分だけが相手にしてやった…と、どこか内心自惚れていた亭主が激怒し、新婚早々別れるといいだす話。
夫が博打に狂い、家に帰ってこないため、子供を育てるために、何人もの男と契約して寝ている奥さんの話…など。
他にも「夜ばい」に失敗する若者の話などもあるが、全体の印象としては、1960年頃の日本人は、まだ、こういうレベルの話を喜んで受け入れていたんだな〜…と、今さらながらに隔世の感を深めるだけである。
この作品には、続編もあるらしい。
それなりに当時はヒットした…という事だろう。
クズ屋のしっかりものの娘の話などは、それほど悪くないのだが…。
今となっては、あまり笑えないし、とても大っぴらには公開できない性格の作品だと思う。
