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天国と地獄

1963年、黒澤プロ+東宝、エド・マクベイン原作、小川英雄、菊島隆三、久坂栄二郎脚本、黒澤明脚本+監督作品。

この作品はサスペンスですので、途中でトリック等がありますが、最後まで詳細にストーリーを書いていますので、御注意下さい。コメントはページ下です。

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ナショナルシューズ工場担当重役権藤金吾(三船敏郎)の豪邸にやって来たの重役三人、販売営業担当の馬場(伊藤雄之助)、宣伝担当の神谷(田崎潤)、デザイン担当の石丸(中村伸郎)は、コストが高く、デザインが古臭い親父に対抗して、新しい体制を作る相談をしていた。

株式を25%持っている親父を追い出す為、21%持っている自分達3人に、13%持っている権藤も加わらないかとの誘いだった。

しかし、石丸が新たにデザインしたと言うハイヒールは、スチールもシャンクも使っておらず、そこは段ボールと言う粗悪品、こんなものは作れないと反対する。

16の時から見習として働きはじめた筋金入りの職人権藤は、兵隊靴感覚が抜けない親父もダメだと言い、歩きやすく、丈夫で、デザインも良いものを作りたいと豪語し、三人の重役たちを追い立てる。

馬場は、親父と手を組むつもりかと怒りながら家を出ると、車まで送って来た権藤の秘書河西(三橋達也)に、何故権藤はあんなに自信があるのかと聞き出そうとする。

河西が知らないと答えると、権藤を潰す手伝いをしてくれたら重役の椅子を用意しようと誘い掛ける。

段々頑固になっている権藤の様子を心配して観に降りて来た妻の伶子(香川京子)は、ライフルの玩具を持ち保安官の格好をした息子の純(江木俊夫)が、お抱え運転手青木(佐田豊)の息子進一(島津雅彦)を追い掛け廻しているのを見かける。

その後、今度は進一が保安官に成り変わっていたが、それを息子だと伶子は勘違いしてしまう。

そんな権藤に、大阪ホテルから電話が入り、それに出た権藤は、相手の言葉に気を良くしたのか、河西に明日、大阪に行ってもらうので、2階の電話で飛行機の予約を取って来るように命ずる。

その後、又電話がかかり、再び大阪からの電話に出た権藤は、万事OKとの返事に満足そうに頷くと、明日10時のが取れたと戻って来た河西に、5000万の小切手を渡し、これを明日大阪に持っていってくれと頼む。

これまでコツコツと集めて来た株が15%、今、大阪で19%手に入れたので、締めて47%、これで会社が自分の手中になると権藤は説明する。

しかし、5000万円だけでは手付けにしか過ぎず、後数億必要になるのでは?と問いかける河西に、会社の実験を握れば、後の金はどうとでもなる。5000万を作る為、すでにこの家も抵当に入っており、この金で自分は丸裸だと権藤は言う。

そこに、息子を探しに青木がやって来る。

その時又電話が入り、権藤が出ると、相田は息子をさらったので、3千万用意しろと言う脅迫を言って来る。

しかも、1万円札1000枚、5000円札3000枚、1000円札5000枚と細かく指定して来るではないか。

すぐに、河西が警察に連絡しようとするが、権藤は息子が殺されるかも知れないと止める。

そんな部屋に、当の純が帰って来る。

その姿を観た権藤は拍子抜けするが、先程、自分も息子と見間違えた純の服を着た進一の姿が見えない事に伶子が気づく。

どうやら、さらわれたのは、運転手の息子進一の方だった。

権藤は、すぐさま警察に連絡するように命ずる。

人違いだと分かれば、すぐに犯人は子供を返してくると思ったからだ。

やがて、デパートのトラックがやって来たと伶子が不思議がるが、やって来たデパートの配送員は、変装した警察の捜査員たちだった。

変装を解いた主任警部戸倉(仲代達矢)は、窓のカーテンを全部閉めるように権藤夫婦に頼む。

電話帳に出ている電話は一階の一台だけだと知ると、それに盗聴装置を設置した戸倉警部は、今まで、誘拐犯の要求金額は、20万〜200万程度が普通であり、今回の3000万と言うのは桁違いだけに、犯人は何を考えているのか分からないとが、必ず子供を無事に取り戻すよう、刑事部長から命じられて来ていると権藤夫婦に伝える。

さらに、二階の電話から、逆探知を電々公社に依頼するよう手配する。

二階の電話を担当するのは荒井刑事(木村功)、坊主頭の厳つい大男、ボースンこと田口部長刑事(石山健二郎)、そして中尾刑事(加藤武)が、徳倉と共に一階で待機する事になる。

そろそろ大阪便に乗る為出かけなければと言う河西に、ハイヤーを使うように命じた権藤だったが、そこに又電話がかかって来る。

犯人からだった。

子供を間違えたと愉快そうに言う犯人だったが、例え、違う子供であっても、あんたは見殺しにする度胸はないはずだと嘯いて切る。

室戸は犯人の狡知に唸る。

親族相手でなければ、脅迫罪も成立しないし、営利誘拐にも当らないと、ボースンも同意する。

しかし、権藤は、バカにしている。金をどぶに捨てるような真似はしない、金は出さんと言い切る。

自分にも責任を感じてか、進一が帰って来るまで待つと言い出した純の言葉を聞いた権藤に、河西は5000万の小切手の事を切り出す。

子供は無事に帰って来るだろうかと半信半疑の口調で聞く河西に、金を出せば、犯人は返すだろうと戸倉警部は答える。

そこへ又犯人からの電話が入り、子供の声を聞かすと言う。

その声を聞いた青木は、居ても立ってもたまらなくなり、権藤に土下座をして、金を出してくれと哀願しはじめる。

しかし、人にそんな卑屈な事をされるのが権藤は大嫌いだった。

時間がないのでと、出かけようとする河西を伶子が止める。

純も進一の事を心配する。

権藤は、河西の大阪行きを明日に伸ばすように命じ、一旦小切手を返させる。

翌朝、起きて来た権藤は、いつものようにカーテンを開け放とうとするが、その場に泊まっていた戸倉警部がシャドウカーテンだけでも閉めてくれと告げたので、状況を思い出す。

戸倉は、特別捜査本部を設置した事、さらに上部の判断で、今回の事例は、営利誘拐と恐喝罪も成立すると判断されたとも権藤に知らせる。

しかし、権藤は、身代金は払わない。小切手を今使わなければ、自分はこの地位を失うと強弁するが、何時の間にかやって来ていた伶子は、権藤は払いますときっぱりと言う。

その言葉を聞いた権藤は、幼い頃から裕福な暮らしになれ切った伶子には、一文無しになるばかりか、大変な借金を背負って会社を追われると言う事がどんなに悲惨な事か分かっていない。お前にはそんな生活は無理だと断言する。

自分は、青木の事だけ考える訳にはいかず、妻や子供の事も考えねばならないのだとも。

そこへ河西がやって来て、すぐに小切手を持って大阪に立てと言う権藤に、夕べ考えたんだがと前置きしながら、誘拐犯に金を払わなければ、あなたは世論に叩かれるだろうと言い出す。

人の命はなにものにもかえがたいし、がんぜない子供の命がかかっていると殊勝な事を言い出したので、権藤は不思議がる。

夕べはあれ程、大阪行きを勧めていたからだった。

権藤は、この取引を潰したいらしいな?何を企んでいる?と河西の豹変振りを問いただす。

三人組に俺を売ったな?大阪の事を喋ったのか?と問いつめると、あんたが子供を見殺しにできるはずがなく、誘拐犯に金を払うと思ったからと河西は呟く。

それを聞いた権藤は、出て行け!と河西を追い出す。

戸倉は、そんな権藤に、あなたの一生を棒に降らせる訳には行かないと言いながら、嘘でも、誘拐犯には金を払うと言ってくれ、何とか、その時間を利用して犯人を検挙してみると言う。

姿を見せた青木も、もう進一の事は良い。人間だったら、子供を殺すはずがないと、自らに言い聞かせるような言葉を権藤に投げかけて来る。

その後、権藤がシャワーを浴びている時犯人からの電話が入り、ガウンを羽織って急いで電話口に出た権藤に、何か小細工をやっているのではないかと犯人が語りかけて来る。

いつも開いているカーテンをずっと閉めたままなのはおかしいと言うのだった。

そちらは冷房が効いて快適かも知れないが、こちらは地獄の倉の中、不快指数100%だと続ける犯人。

戸倉は、目で権藤に合図すると、他の刑事たちと一緒に、床に腹ばいになる。

それを観た権藤は、ではカーテンを開けてみせると言い、その場で伶子と青木が開け放す。

犯人は、権藤と伶子と青木の姿を確認したようで、一応納得したようだった。

権藤は金を出すから、子供の姿を見せろと交換条件を出す。

そこへ、逆探知を担当していた荒井が降りて来たので、戸倉は来るな!犯人が見張っていると、部屋の前で足止めをする。

権藤は、東京銀行支店長を電話で呼出し、犯人から指定された通り、札束の種類と数を細かく指定して今日中に3000万用意してくれと依頼する。

その決断を聞き、伶子は泣きながら二階に上がり、青木も泣き出していた。

戸倉警部は、班員からの電話を録音したテープを聞き直しながら、硬貨が落ちる音がしているのはこの電話だけだと指摘する。

その犯人からの指定では、厚さが7cm以下の鞄を用意し、すぐに中身を確認できるように嗅ぎはかけるな。第二こだまに乗れと言う。

指定通りの鞄を用意したボースンだったが、犯人の狙いが全く分からなかった。

その鞄が処分された時の事を考え、中に、水分を吸収すると悪臭を放つ粉末と、燃やすと牡丹色の煙が出る粉末を仕込もうとしている戸倉たちを観た権藤は、伶子に自分の道具箱を持って来させると、自ら、若い頃から習い覚えた技術で、その粉末を入れたビニール袋を仕込んでやる。

翌日、こだまの車内。

権藤と共に、刑事たちも乗客に混じって乗り込んでいた。

後ろの車両から歩いて来た中尾刑事は、戸倉警部とボースンが座っている席の横を通りすがら、子供は乗っていないと告げて、自分の席に進む。

中尾の隣に座っていた荒井は、連日の疲れがたまり眠そうだった。

そこに、突然、権藤へ電話が入っているとのアナウンスがある。

権藤が、ビュッフェ横の電話室に行くと、ボースンもコーヒーを飲みに行く振りをして後をつける。

その後、戸倉も同じようにビュッフェに向うが、電話室で犯人からの電話を受けていた権藤が慌てて洗面所に向うのを見る。

話を聞くと、洗面所の窓だけは7cm開くので、酒匂川の鉄橋の前で子供を確認したら、渡った所で鞄を投げ落とせと言われたらしい。

戸倉は、子供を連れている人物と、金を拾う人物の二人の共犯者がいると思われるので、ただちに、運転席から8mmフィルムを廻して、その姿を写すようにボースンと中尾らに命じる。

ボースンと中尾が運転席に駆け込み撮影を始める中、権藤は窓から、麦わら棒を被った大人に連れられた進一の姿を確認すると、鉄橋を渡った所で二つの鞄を外に押し出す。

次の駅で降り、戸倉たちと同じ車で現場に向った権藤は、独り立っていた進一を抱きとめる。

号泣する進一と権藤の姿を観ていた戸倉は、これからは真直ぐホシを追え、犬になっても追うんだ!と他の刑事たちに鼓舞する。

さっそく捜査を始めた荒井と中尾は、丘の上の権藤邸が見える場所にある、犯人がかけて来た公衆電話を割り出そうとしていた。

その川向こうを歩いている青年(山崎努)が自宅アパートに帰って来る。

狭い三畳の部屋の中で、青年は買って来た全ての新聞に目を通し、載っていた誘拐事件の事を知ろうとする。

三日振りに公開捜査が始まったと言うラジオニュースも聞いている。

自分の子供でもない進一に大金を出した権藤への賞賛の声が全国から届いているとの報道だった。

ラジオが犯人に呼び掛ける、今度は権藤氏が君を笑う番だと言う言葉を聞きながら、青年は窓から見える権藤邸を見上げるのだった。

戸倉警部たちは、進一の証言から、自分に付き添っていた麦わら帽子の人物は女だったと知る事になる。

権藤邸を訪れていた戸倉警部は、列車から落とされた鞄を拾いに走り出す、もう一人の麦わら棒の男の姿を写した8mmを、権藤邸の使用人たちに見せ、身体の特長から見覚えのある人物を思い出したらいつでも知らせてくれと頼む。

8mmは、あまりはっきり犯人の姿を明確に捕らえる事は出来なかったが、荒井が撮影した写真の方には手がかりが写っていた。

麦わら帽子の男と同じ土手の奥の方に、牛を連れた農民が写っており、その人の証言を後で聞きに行った所、車が立ち去るのを見かけたと言う。

その車のものらしいタイヤ跡が湿った地面に見つかった事、慌てて逃げ出す時に塀にぶつけたらしき部分に塗料が残っており、それらから、犯人が乗った車は、灰色のトヨペットクラウン59年型と判明したと、戸倉は権藤に報告する。

さらに、戸倉は、進一が描いた閉じ込められていた家から見えた風景の絵を得ていた。

それは、海に浮かぶ島のようなものの右横から太陽が覗いている絵だった。

そんな進一に向い、父親の青木は、もっと何か思い出せ!と迫る。

主人に迷惑をかけた詫びのつもりだろうが、子供相手に大人気ない青木を戸倉はなだめる。

進一は、ガーゼを口に当てられ眠ってしまったと言う。エーテルが染み込ませてあったのだろう。

帰りかけた戸倉は、事件には同情するがと前置きしながらも、権藤に、金が戻らなければ抵当物件を押さえる事になるだろうと迫っている三人(西村晃、山茶花究、浜村純)の債権者たちの話を漏れ聞いて、権藤に同情するのだった。

捜査本部長(志村喬)、捜査一課長(藤田進)らを交えた捜査会議では、まず中尾が、いくつかの条件を満たす場所として絞り込んだ公衆電話の場所から、犯人が住んでいると思われるおおまかな場所を特定したと捜査員たちに報告していた。

「こだま」への電話の線からの捜査では、かけて来たのが有楽町2丁目のタバコ屋の赤電話からだとまでは判明したが、店の老婆からは何の証言も得られず、他の目撃者も発見できなかった。

続いて、進一が描いた絵を元にした隠れ場所の推理、逗子、藤沢、茅ヶ崎などが候補地に上がるが決め手はない。

進一が嗅がされたエーテルからの捜査では、病院や大きな開業医のみならず、工業用エーテルだったとすれば、船舶、車両、個人鉄工所なども入手可能と言う事になり、とても絞り切れない事が分かる。

金を奪った連中が乗っていたトヨペットクラウンは盗品だったと分かる。

一応、全てチェックしておいた札束の番号を記した印刷物を市内のタバコ屋や映画館等に配付したが、今の所、見つかったと言う報告はない。

山本刑事(名古屋章)が立ち上がり、一般からの情報提供が1305件も届いているが、明らかな間違い情報が半分以上、一番信憑性が高いと思われる情報は、バイパスロードの料金所の係員が7時頃、黒めがねの男が運転する車を観ており、その後部座席にライフルの玩具を持った子供が毛布に包まれて寝ていたと言うもの。

「こだま」の構造に詳しかった点については、他の特急も大体構造が似ている事から、国鉄関係者を中心に、知っている可能性のあるものは膨大にいる事。

怨恨関係を探っているボースンは、権藤と対立関係にあった馬場、神谷、石丸、そして、権藤を寝返った河西などに話を聞きにいったが、彼らは一様に「バチが当ったんだ」と権藤に対する憎しみを素直に洩らしている。

しかし、工場で働くベテラン工員(東野英治郎)らの話を聞くと、権藤の評判はすこぶる良いと言う。

一応の報告を聞いた戸倉は、苦しい時には権藤さんの事を考えろと、部下たちを叱咤激励する。

ボースンに、進一を連れて犯人の隠れ家を見つけだすよう指示していた戸倉に、三課から電話が入り、犯人の車が見つかったと言う。

放置されていたその車を観た鑑識員は、雨も降ってないのに、車体に水を跳ねた部分にほこりが付着した跡を見つけ不思議がる。

一方、犯人からの電話の録音テープを繰り返し聞き直していた荒井は、犯人の声の後ろにかすかに聞こえた電車の通過音に気づく。

鎌倉付近を通っているとすれば、小田急、江ノ電、国電しかないが、横浜駅の乗務員(沢村いき雄)にテープを聞かせた所、その音は江ノ電特有の音だと分かる。

その後、権藤邸に進一を迎えに行ったボースンと荒井だったが、青木が連れて出て行ったと言う。

青木の車を探しに行こうとした二人の刑事は、なす術もなく、一人で芝刈りをしている権藤の姿を見る。

そのボースンらに、放置してあった犯人の車には、カツオやアジと言った魚の血油が付着していたと連絡が入り、あの付近でそんなものが付く場所と言ったら腰越にある魚市場だろうと指示される。

その頃、進一を後部座席に乗せた青木は、誘拐された時、車から見えたものを見つけだせと言い聞かせて、街を走っていた。

魚市場に向ったボースンたちは、進一が描いた絵を事務員(織田政雄)に見せて、この付近にこんな景色が見える場所はないかと聞くが、今一つ分からない。

進一は、自分がオシッコをした場所や、見かけたトンネルを思い出して、父親に教えて行く。

互いに気づかない内に、ボースンらの乗った車と青木の車は近づいていた。

ある場所で、停まった青木の車を発見したボースンと荒井は、近くを探し歩いていた青木と進一を見つけ、探偵気取りは止めろと叱りつけるが、青木は、御主人が今日から暇になったと言っているのを聞くといたたまれなくなって…と泣き出す。

刑事たちがふと気づくと、進一の姿がない。

慌てて周囲を探していると、小高い丘の上から、進一がここだよと声をかけて来る。

そこには一軒の別荘があり、おじちゃんもおばちゃんも寝ているよと、窓から中を覗き込んだ進一は言うが、拳銃を持って近づいた刑事たちは、開け放たれた部屋の中で死んでいる二人の遺体を発見する。

その場所からは、確かに、進一が描いた通りの風景が見え、近くには江ノ電も通っていた。

二人の死因はヘロインのショック死だった事が分かる。

普段純度の低いヘロイン常習者が、いきなり純度の高いヘロインを打ったのが原因だったと想像されるが、そうした事を新聞記者たち(三井弘次、千秋実)に明かした戸倉は、この事実をしばらく報道しないでくれと依頼する。

戸倉警部は、死んだヘロイン常習者が、ボールペンを強く押し付けて主犯に宛てて書いた痕が、下の紙に残ったメモの痕跡を披露する。

それには「ヤクをくれ、くれなければ、あの金を使うぞ」と書かれてあった。

死んだヘロイン常習者二人が住んでいた別荘には、250万円分の千円札が見つかったとも報告したと戸倉警部は、主犯は共犯者の死をまだ知らないはずなので、その主犯をおびき出す為に、この千円札が使用されたと記事に書いてくれと言うのだ。

今や、権藤氏は、会社の役員から解任されたとも聞いた記者たちは、今後は精々、ナショナルシューズを叩くかと冗談で答えるのだった。

翌日、アパートで新聞各紙を確認していた青年は、身代金の一部と観られる千円札が使用されたとの記事を見つけ、慌てて、自分が持っていた、奪った鞄の中に入った札束を全部取り出すと、その鞄をボール箱に入れると処分しようとする。

権藤邸にやって来た戸倉警部は、取りあえず、250万だけ取り戻したと返却する。

そこにやって来た河西は、恩着せがましそうに、自分はあなたを重役として残すよう手配したと伝えるが、権藤は、自分はマネキンになるつもりはないと断わり、河西を追い返す。

やがて、進一がもう一枚犯人の絵を描いたと青木が持って来る。

受取った戸倉がその絵を見ると、黒眼鏡をかけた男の左手には、包帯が巻かれていた。

そこへ、純が飛び込んで来て、きれいな色の煙が立っていると教えに来る。

それを聞いた戸倉は、窓際に走りよる。

確かに、牡丹色の煙が、街の中の一本の煙突から立ち昇っていた。

自分が身代金の鞄に仕込んだ、あの薬品に違いなかった。

さっそく、そのゴミ焼却場に向った中尾刑事らは、そこの火夫(藤原鎌足)から、ボール箱を持って来たのは、インターンではないか。その男は、内科の方に帰って行ったとの証言を得る。

その内科の待合室で張る事にした中尾と荒井は、ちょうど階段を昇って行く一人のインターンらしき青年の左手に、包帯が巻かれているのを発見するのだった。

インターンの名前は、竹内銀次と判明する。

事件前後、病院の勤務を三日休んでいる事、西区浅間町日の出アパートに住んでおり、そこからは権藤邸が良く見える事、共犯者の二人をかつて診察していたカルテが見つかった事等が会議で報告され、主犯は、まずこの男に間違いないと断定される。

しかし、戸倉は、今主犯を捕まえても、営利誘拐の罪だけなので、15年以下の刑しか受けない。それに対し、被害者である権藤氏は終身刑を受けたようなものだ。

別荘での共犯者殺しに関しては立証が不可能なので、主犯にもう一度、犯行を再現させると言い出す。

戸倉は、先日見つかったメモの痕跡の書体を真似た偽手紙を、捜査員たちに披露する。

それには「ヤクをくれ、何もかもバラスぞ」と書かれてあった。

翌日、患者に化け、待合室で刑事たちが張込んでいる中、見知らぬ浮浪者が、やって来た竹内にその手紙を渡すとさっさと帰って行く。

その内容を読んだ竹内の表情の変化を、花束を持った見舞客を装い近づいて来た戸倉は見逃さなかった。

会議に望んだ戸倉は、竹内は必ずヤクを買いに行くはずだと、その監視を手配する。

戸倉警部は、ボースン、荒井、中尾らとともに、指令車で報告を待つ事にする。

港で時間を潰していた竹内は、花屋に入ると、赤いカーネーションを一本だけ買ったと報告が入る。

それは、ヤクの売人と会う時の目印にするのだろうと戸倉は推測する。

サングラスをかけ、胸にカーネーションをさした竹内は、大勢の外国人客でごった返すバーに入って行く。

刑事たちも後に続く。

一人の女が、ジュークボックスの音楽をかけると、竹内はその女に近づき、一緒にツイストを踊りながら、素早く、ヤクの受渡しを行う。

その瞬間を、側で見張っていた刑事たちが確認する。

ヤクを手にした竹内は、そのまま別荘へ向うと考えていた戸倉だったが、竹内の行動は予想外の物で、黄金町に向ったと言う。

黄金町のドヤ街には、多くの浮浪者がたむろしており、見慣れぬ刑事たちが容易に近付ける雰囲気ではなかった。

そうした中、独り路地には入っていった竹内は、そこに麻薬の禁断症状を起こしているらしき女を見つけると、声をかけ、近くの旅館に入る。

その報告を受けた戸倉は、女をモルモット代わりにし、殺人の予行演習をするつもりだと直感する。

その知らせを受け、竹内が一人で出て来た旅館に駆け込んだ刑事たちは、部屋の中で死んでいる女を発見する。

竹内が伊勢佐木町へ向ったと連絡を受けた戸倉は、ちょうど、その竹内と接近遭遇する。

竹内は、偶然にも、近くの靴屋のショーウィンドーを覗いている権藤を発見し、何喰わぬ顔をして近づくとタバコの火を借りる。

その一部始終を、車の中から観ていた戸倉は、竹内の本質的な異常さに気づく。

竹内は、タクシーを止めると、乗り込んでどこかに向う。

駐車違反の場所に車を停めていた戸倉たちの指令車に、白バイ警官が近づいて来るが、戸倉は警察手帳を示して、その警官を去らせると、別荘に先回りする事にする。

0時15分、ラジオの「ミッドナイト・ミュージック」が流れる別荘。

蘭が栽培されている温室にやって来た竹内が。おい!ヤクを持って来てやったぞと室内に声をかける。

すると、隠れて待っていた戸倉がすかさず叫ぶ。「竹内!これでお前は死刑だ!」と。

竹内は、とっさに持っていたヤクを自ら飲み込もうとするが、すぐさま刑事たちから取り押さえられ手錠をかけられる。

犯人逮捕の報告をしに、権藤邸にやって来た戸倉は、すでに、家の中のものが全て差し押さえられてしまっている事を知る。

竹内には死刑が確定した。

その処刑を待つ竹内が、教戒師にも会おうともせず、ただ、権藤に会いたいと言うので、面会にやって来た権藤は、始めて竹内と対面する。

権藤は、今、小さな靴会社を任され、そこで毎日、靴を作っていると竹内に話してやる。

竹内は、自分を哀れまないで欲しい。

三畳のアパートに住んでいる自分には、あんたの家が天国に見えた。

幸福な人間を不幸にするのが、不幸な人間にとっては面白いのだと告白する。

幸い、母親も昨年亡くなり、自分の死を嘆き哀しむ身内もいなくなってサバサバした。

自分は、生まれた時から、地獄のような生活には慣れているのだから、死刑なんて別に怖くないと嘯きながらも、話している間に恐怖に耐え切れなくなったのか、くそ!と叫ぶと、頭を抱えて立ち上がる。

そして、座った権藤の目の前のシャッターは降りてしまうのだった。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

角川映画が仕掛けた「金田一もの」を中心とした、ミステリー映画ブームが盛り上がっていた70年代半ば頃、本作は、久々に劇場公開された。
正直、その当時の黒澤に対する、世間一般の認識は薄く、すでに過去の人…のような感じすらあった。
しかし、この作品を観た観客は度胆を抜かれる事になる。「こんな面白い作品を作った作家だったのか」…と。
この時の再映と、その後の「スターウォーズ」への黒澤作品の影響報道などによって、日本人の黒澤再評価の気運が決定的になったように思える。
それほど、本作の与えた衝撃は大きかったのだ。
原作「キングの身代金」を書いた、エド・マクベインの近作にも、「天国と地獄」という古典名作が映画館にかかっている…という描写がある。
原作者さえも、自作に登場させるくらい認めている…という事であろう。
演劇的で静的な前半部分、途中から一転して、手に汗握るサスペンスフルな、犯人と捜査陣との頭脳戦。
特急「こだま」を使用した、身代金受け渡しのシーンは、まさに日本映画のみならず、世界の映画史に残る名サスペンスシーンのひとつではないだろうか。
黒澤得意の、渋い脇役陣による軽妙な演技力や様式的な美術も相俟って、人間臭い犯人像が浮かび上がっていく仕掛けになっている。
山崎努、仲代達矢両者の熱演も見事で、本作での三船は、むしろ押さえたキャラクターになっている。
三船の子供(誘拐されない方)役には、元フォーリーブスの江木俊夫(「マグマ大使〜!」)が扮しているのにも注目!
本作と「野良犬」(1949)を観ずして、「黒澤映画」「サスペンス映画」を語るなかれ!


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