懐 か し の 古 川 そ の 弐
緒絶川今昔なのに今回は何故か古川神社とある歯科医院を捜して歩く。
懐かしの古川その2、サブタイトルがメインになる。
ここに一枚の古い写真がある。

陸前古川町諏訪公園、古川神社(左)、諏訪神社(右)と書かれている。
写真は前回ご紹介した大正14年に発行された非売品の写真集からスキャンしたも
のである。
もちろん図書館にすらない貴重な一冊である。

まずもって諏訪公園に走る。ここが諏訪公園である。

古い写真にはない諏訪公園の文字入りの門である。しかし神社はどうもここではないようだ。

公園入り口から見た諏訪公園右手。ナイターの照明設備が目につく。

公園入り口から見た諏訪球場(公園)中央のナイター設備が見える。

ここが古川神社の境内である。しかし写真撮影から既に70年以上。木々も成長していて昔の面影が無い。

ここが神社入り口周辺。鳥居があちこちに見える。

入り口まで戻ってみる。松の影になってよく見えないがかすかに古川神社と読める石が立っている。
古川神社の鳥居はここに移築されたと思った方がいい。鳥居は西の方に向いている。昔の写真とは位置がだいぶ違っているようだ。

あったあった。入り口の鳥居をくぐってすぐ右手に古川神社の鳥居と120度の角度を違って北東を向いてこの諏訪神社の鳥居が立っている。
コントラストが悪くて読めないが諏訪神社と鳥居に掘ってある。
次の写真には子供も写っている。果たして歯科にゆかりの子かどうか? 元気であれば80才に近い年であろう。
写真には菅原歯科医院と書かれている。随分モダンな建物だ。
編集担当は陸前古川町裏町書かれた言葉を手掛かりに走った。
もちろん狭い市街地のこと、当然自転車である。
ちなみに写っているのは編集担当ではないので念のため。

小野長の看板が見える。平成天皇陛下様と皇后様が皇太子時代にお食事をなされたお店である。その先に古泉という文字が掠れて見える。
さてその中間の建物に注目して欲しい。なんとなく屋根の形が似ているではないか?

門の形は違っているが、間違いがない。あの菅原歯科医院ではないか?
何と大正14年に建っていた建物がほぼそのままの形の残っている。
ここにも古くていいものがあった。

道路が狭く、さらに非力名カシオQV−11のこと、広角レンズがないため、当時の写真と同じ位置で、同じ角度で撮れないのが残念である。
しかし、この玄関の上の窓の形やドアの部分は間違いなく、この建物である。
さすがに門はコンクリートになっているが、それでもこの建物は間違いなく、菅原歯科医院そのものである。
ちなみにこの建物は一度洒落たクラブ(バーだったかしら)になった時もあったようだ。
もちろん、大正ではなく、平成になったばかりか、昭和のお終いの頃だったような気がする。
いずれにしても曖昧なのが記憶である。
それでは次回懐かしの古川その3に御期待下さい。
果たして次回は川端か? それとも市内の何処か? なのか?
乞う御期待!
