隣人のY氏


高校時代に数々の出会いを果たした私にとってこれほど

人間としてどうか?という奴は以外に少ない

少ないはずだ!

リアルを逸脱しなかったマニアたち
を、永遠に忘れ得ないだろう。

だが、リアルでは想像だに出来ない事象が待ち受けているときもある。

これは
マヌケっぷりを発揮する者と、絶望という事象に絡め取られた人物の物語である。

夏の授業で楽しみな物と言えばプールである事に反論は少ないだろう。

だが、カナヅチの人間にとっては
拷問に等しい責め苦となる。

と言うわけで、見学を決め込む奴がチラホラ存在するのである。

当然、
赤点決定という泥沼に突入するのであるが、追試が用意されている。

もっとも普通の高校では
赤点どころの騒ぎではないのだが

私の敬愛すべき学校は赤点で済むので、全く持って
慈悲深いのである。

この追試は約2日間に渡り開催され、1年から3年までの

自堕落生徒に喝を入れるべく企画されている。

どこいら辺で喝を入れるのかが、この高校ならではである。

この某工業高校の体育を追試は
10月中旬に開かれるのが常で

寒中水泳を模しているとしか思えないのだ。

身を切るような突風の中、
恐る恐る水に挑む戦士たち。

開始10分の阿鼻叫喚はまさに地獄絵図さながらである。

まあ時期柄、
水温は低くないので水に慣れた方が暖かいのであるが

「あらゆる手段を用いてでもプールを10往復せよ!」という

追試のぬるさを、水が象徴するように。

中には
全力でクロール死する者や、マイペースに平泳ぎをする者

はたまた
10往復を歩き切る者など、手段は様々である。

午後3時から10往復するのは、1日では無理で

泳ぎ切ったとしても

「おまえ早いな、もう5往復してこい!」

余罪を追及されるのである。

つつがなく
2日間の刑期を終えて、プールから出ると人だかりが出来ていた。

アサヒモナカなどの輪の中央に座り込んでいる人物がいた。

今回の主役であらせられる、
Y氏その人である。

先にプールを出ていたモナカに
事情聴取を敢行すると

ドラム管に乗って転がしていたら、落ちたらしい

という
締まらない事実を知ってしまった。

その時に肘を打ったらしく、肘の関節を押さえている(どちら側かを失念、たぶん左)

しかも
微妙に曲がる方向がおかしい。

この現場は
荒いアスファルトで舗装されており

転けた瞬間に被害甚大

を覚悟せねばならない、
魔の領域である。

事実、この場所は
幾人の血を吸っているのだ。

ここに新たな
犠牲者が(ドラム管ではあるが)出たのだ。

いつの間にかに先生が駆けつけており、救急車を呼んだと告げる。

どうやら、先生の車で連れていこうとしたのだが

その場を動けないらしいので、緊急救急車両を召喚したらしい。

GED「ヘタレが!」と、心の中で罵倒する。

「肘打っただけでそんなに痛いのか」と思い

肘関節粉砕骨折の単語が頭をよぎる。

その瞬間に
血の気が引いていくのが感じられたほどだ。

モナカなどが心配するような言葉を投げかけている中、

アサヒだけは私の隣に居て、Y氏から少し離れている場所で

アサヒ「ただのマヌケじゃん、いやバカだ!

人にあるまじき悪意を吐き出している。

アサヒ「ドラム管から落ちたんだから自業自得だろ」

こいつは悪魔だ、
マイコンベーシックは伊達じゃない!

GED「ドラム管から落ちるとは
ダサすぎだ!

などと追い打ちをかけていたのは
内緒だ!(笑)

事件発生から30分ほど経過して、救急車が到着。

救急隊員が安否を気遣う。

時間が経って落ち着いたのか、救急車まで何とか歩くと言い

幾人かの助力を得て、立ち上がった。

その時、私は
事の重要性に気が付いた!

今押さえている
肘の内側に、正規の肘関節があったのだ!

じゃあ、
さっきまで押さえていた肘は何?

腕の曲がっている所を押さえていたので、肘と判断していたのであるが

その肘は後天的に発生した2次関節であったらしい

とぼとぼと歩くY氏の後ろ姿には哀愁すら漂っている。

GED「最初、
肘押さえてる様に見えたから何かと思ったけど

    まさか
骨折とはね。肘が二つに見えたからビビったよ」

Y氏が救急車に運ばれてからそのことを告白すると

満場一致で大爆笑!

おまえらの
血は何色だ!

しばらく笑ってから、救急車がまだ発進していない事に気づく。

Y氏収容から5分経ち、10分経っても移動の気配すらない。

そこで情報を収集すべく、
マイコンベーシックが起動!

単独で接近し、情報をありったけ掻き集める。

で、おもむろに帰還したアサヒは
驚愕の情報を持ち帰った。

アサヒ「どうやら収容する病院がないらしい」

一同大爆笑!

ここで、まさかこんなオチが付くとは想像すらしていなかった。

「きっと病院に嫌われているに違いない」とか

嫌われ者だから入れてくれないだの

今思い出すと
OLの様相を呈している言語が飛び交う。

死人に鞭を打つと言う言葉を、再確認した瞬間である。

これが正しい使い方と言わんばかりに。

15分後にけたたましいサイレンと共にY氏は去っていった。

我々に
一抹の不安と、それを遙かに上回る愉悦を残して。

モナカ「ほーれ見ろ、15分じゃん!オラオラ、寄こせよ!」

ほぼ全員から50円玉をせしめてホクホクのモナカ。


そのあぶく銭を消費すべく繁華街に繰り出すのは当然の帰結であった。

モナカ「さーて、餓スペやっかな!」

2001/8/29記録


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