何進は袁紹と兵を率いて宮中に乗り込み、妹何太后が産んだ皇子弁を擁立することに成功する。
曹操は好機と見て宦官誅殺を進言するが、何太后の反対で優柔不断な何進は決心がつかない。
「宦官を直接討つことができないならば、全国の英雄を集めては如何でしょうか・・・」
袁紹の重い声が何進の帷幕に聞こえた。
それまで下を向き思い悩んでいた何進は、はっと袁紹を見上げた。
「なるほど、それはよいかもしれん。宦官たちの悪政ぶりを目の当たりにすれば、彼らを使って宮中から一掃できるはずだ」
すると彼らの下座に座っていた曹操は肩を震わせたかと思うと、突然カラカラと笑い出した。
「如何した、曹操!?」
袁紹が不審顔で尋ねると、彼は手をぱんぱん叩いて答えた。
「何を言い出すかと思えば、各地から英雄を集めようなどとは・・・。みすみす虎を招き入れるようなものではありまんか」
袁紹は「しまった」と思わず心の内で叫んだ。
「漢王朝が表向き王朝としての地位を保っているのは、醜悪な権力抗争が露呈していないからです。
もし賄賂に狂い権力に溺れる宦官たちを各地の豪族が見たならば、彼らは宦官たちを皆殺しにするかもしれませんが、
同時に漢王室の威厳も地に落ちますぞ。
そうなってしまっては、もはや春秋時代の再来です。誰が漢の王室に忠誠を誓うでしょう」
曹操の聡明な見通しを、袁紹は苦々しい気持ちで聞いた。彼も本心は宦官に直接手を下したいと願っていたからだ。しかし
それは何太后の反対のために叶わないことも重々承知していた。だからこそ現実路線に転換し、第三者に討たせる方法を提案
したのだ。
しかし今になって、「実は私も同じ意見でした」などということはできない。
何進の心情を察して献じた次善の策を袁紹は憎んだ。そして自分が捨てた最善の策を、臆することなく口にする曹操に、
ある種の妬みを感じてもいた。
袁紹は何進を恐る恐る見上げた。自分の凡庸な意見に失望したのではないか、と不安だったからだ。代々三公を輩出している
家柄の彼は、宦官の甥である曹操が自分よりも重用されることを何よりも恐れているのだ。
しかし、意外にも何進の視線は自分のほうに向いていた。
「私も袁紹と同意見だ。ここは全国の諸侯を一同に集めることにしよう。表向きの口実は・・・そうだな。黄巾の乱の労いという
ことでよいだろう。尤も、兵を率いてくるように命じておけば、それが何を意味するか聡明な英雄であれば察しがつくだろ
うが」
袁紹と曹操の二人は、その夜遅く何進の屋敷を後にした。
それぞれの思いを胸にお互い自分の馬車に乗り込むと、しばらく二つの馬車は同じ方向へ並んで走っていた。
すると車輪が石ころを踏みつける音に混じって、曹操らしき男の声が袁紹の耳に届いた。
「風邪を直すために強い薬をたらふく飲んだなら、人は永くは生きられない。
小枝から落ちる枯葉を斬るのに大鉈は適さない・・・。
ああ、悲しいかな。今ここに、天下大乱の元凶を見る・・・」
馬車の心地よい振動にうたた寝をしていた袁紹は、ハッとして外を見たが、すでに曹操の馬車は暗闇の中へ吸い込まれて
いくところだった。