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背景 |
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董卓が長安に遷都した後、大陸はいよいよ群雄割拠の時代を迎える。 その中でまず二大勢力にのし上がったのが、袁紹と袁術であった。袁家は四代に渡り三公を輩出した名門であり、 その名の下に多くの士人が集まったのである。
両者は互いに牽制しながらも、袁紹は華北統一を目論み公孫
一方、袁術の勢力下にあった孫堅は、洛陽から玉璽を持ち帰る際、袁紹の指示で玉璽を奪いにきた劉表軍に手痛い
目にあっていた。 |
孫堅の猛攻 |
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荊州の州都、襄陽には重苦しい空気が流れていた。 呉の孫堅軍が荊州に押し寄せ、先鋒として向かわせた黄祖が大敗を喫したためである。 事態は一刻を争っていた。このままでは襄陽が孫堅の兵によって囲まれるのも時間の問題である。
集められた幕僚の中で、声を出す者は誰もいなかった。
今回の黄祖の敗北は、
沈黙を破ったのは蔡瑁だった。彼は劉表の視線が未だ 「恐れながら申し上げます」
群臣の目が、一斉に蔡瑁の下に集まった。 「私めに孫堅討伐の命令をお与えください。必ずやあの忌々しい首を殿の御前にお持ちしましょう」 鋭い目をしている。しかしそれは勇者というより獣というべき光を発していた。 「何か良い策でもあるのか?」 不安な顔をして尋ねる君主に、彼は答えた。 「策? そのようなものが必要でしょうか? 孫堅はただ突進してくる猪のようなもの。知略の欠片もございません。 これを打ち破るのにどうして策など必要ありましょうか。荊州は我らの地。この地の利を活かして戦えば、我らに敗北 などありません」
その言葉に
「黄祖の敗北を予測できなかった 彼は飴玉を舐めるように、「クチャリ」と音を立てて笑った。 「……地形に詳しいというだけで勝利を掴めるならば、これほど容易いことはないでしょう」
そこまで言うと、 「孫堅は戦にかけては天下一品です。この勇猛果敢な猪には当たらざるべきものがあります。ここは守りを固めて袁紹殿に 援軍を求めるべきかと」
「文官の
蔡瑁は
「城に立て篭もって震えろと言うならば、みすみす烈火の如き孫堅の勢いに油を注ぐようなもの。
息巻く蔡瑁に対し、
「そもそも兵法では、自国の領土で戦うと兵は離散しやすいと申します。一方の孫堅軍は漢水を渡り、敵地深くまで進ん
で来ました。いわば死地にいるのです。たとえ連勝していたとしても彼らは油断することなく、この襄陽へ向かって攻め込
んでまいりましょう。 劉表は先ほど蔡瑁に尋ねてから声一つあげず、二人の意見を目をつぶって聞いていた。指で椅子の手掛けを叩いているのが、 唯一彼が眠りについていない事を教えていた。 「殿、時間がありません。ご決断を!」
劉表の瞼が開いた。群臣を一堂に見ると、顔をまともに合わせたのは蔡瑁と 「殿は猪狩りの名人の手法を知っておられますか?」 「いや知らん」
「猪は攻めるにしても逃げるにしても、まず母親が先頭を走り、その後ろを子が続きます。そして最後尾を父親が走ります。 しかし、この無敵の陣形も、ひとたび狂えば烏合の衆以下に成り下がります」 「また得意の弁舌が始まったか……! 戦は学問では計り知れぬもの。これ以上陛下を迷わせるようなことは、忠臣として慎む べきではないか!?」
「猪狩りの名人は、母猪を狙います。母猪さえ殺してしまえば、もはや家族は統率が取れなくなるからです。 「何が言いたい!?」 蔡瑁の声には隠しようのない苛立ちが篭っていた。
「今、孫堅軍はまさに向かうところ敵なしの勢いではありますが、これはひとえに猪の如き孫堅という大将がいるからに
他なりません。 ここは勢いに任せて侵入してくる敵を充分ひきつけた上で守りを固め、袁紹殿に援軍を求めるべきかと。背後から敵の援軍が 来るとなれば、敵地深く進入した孫堅は引くに引けず、必ずや無理な突撃をしてくるでしょう。そこを討つのです」
劉表は
結論を出しかけて、劉表は再び考え込んでしまった。話を聞けば
「これ以上孫堅の進入を許せば、襄陽にまで敵兵は及び、平和を求めてこの地に移り住んでくれた罪のない民衆を苦しめる
ことになる。
重苦しかった空気が、ふわっと動いた気がした。 |