劉表伝

注意
このページに書かれている内容はフィクションです。

劉表の入城
 190年、劉表は荊州に刺史として赴任しようとした。
 しかし、前刺史が長沙太守孫堅に殺された直後であった上、地元では一揆が至る所で発生しており、確たる軍事力を 持たない彼は容易に赴任することができなかった。

 さらに、洛陽と襄陽を結ぶ南陽の地帯一帯が袁術によって統治されていたため、妨害を受けてしまう。

 そこで彼は単身、騎馬に乗って襄陽の少し南、宜城へ行くと、地元の有力者、良、越、蔡瑁らに 協力を要請した。

 劉表は彼らの後ろ盾を得て、ようやく襄陽に入城することができた。

荊州固め
 さて、襄陽に入ることができたとはいえ、決して荊州全般に勢力が及んだというわけではなかった。
 むしろ、乱立する一揆勢力に悩まされることになった。

 そこで劉表は、幕僚の良、越、蔡瑁らを召集すると、今後の統治の方法について問うた。

「荊州は洛陽からも近く、昔から交通の要所として栄えてきた地域だ。漢王朝の臣下として、また王族の血を引く者と して私は荊州を安定させたいと思うが、何か妙案はないか?」

 まず進み出たのは蔡瑁だった。

「陛下はすでに我々を召され、武力の背景を得ました。また、八俊としてその名を轟かしたほどのお方です。
 人をひれ伏せさせるほどの力と、尊敬を集める名を持っておられるのです。一揆の首領ごとき恐れるに足りません。
 まずは襄陽付近の一揆を壊滅させた上で見せしめにし、準じ勢力を広げていけば、おのずと諸勢力は従いましょう」

「うむ。確かにそうかもしれんな」

 劉表は頷いた。
 そこへ進み出たのは、良だった。

「恐れながら、陛下。私にも一言言わせてもらいたいことがあります」

 蔡瑁が良を睨んだ。

「蔡瑁殿の進言はまことにもっともながら、最良の策とは言えません。
 第1に、時間がかかります。荊州全土を力で平定するには、赴任間もない陛下にとりまして容易いことではありません。

 第2に、近隣勢力と結びつく恐れがあります。北に袁術、南に孫堅がいる現状を考えてください。
 もし、襄陽の近辺から討伐していったならば、おそらく荊州の隅にいる諸勢力は隣接する袁術らに救援を求めることに なりましょう。これでは、一揆を治めるどころか、より強い敵を作ることに他なりません」

「ならば、お主には何か策があるというのか」

 蔡瑁の目付きが鋭くなった。

 良は横目で軽く受け流すと、劉表に言った。

「ここは、まず荊州で勢力を誇っている一揆勢力の首領を、一同に召集すべきだと考えます。
 名目はなんでも構いません。その上で、ノコノコとやった来た者は皆殺しにし、来なかった者には使者を送って 降伏させるのです」

「何をたわげたことを。召集しておきながら、来た者を殺し来なかった者を生かすなど、前代未聞ではないか」

 蔡瑁は鼻で笑った。劉表もふに落ちない様子である。
 良は続けた。

「漢の高祖は天下を統一後、多大な功績を上げた韓信をまず殺し、次に彭越を殺しました。
 そのため同僚の黥布が次は自分だと疑心暗鬼に陥り、反乱を起こしました。

 蔡瑁殿のしようとしていることはまさにこれです。一揆の首領は少なく数えても百はおり、これを個々に撃破 していこうとすれば、彼らは次は自分だと思い、一致団結して我らと一戦まみえるでしょう。

 一方、高祖と覇を争った項王は会稽郡で長官を殺し、役人達を一気に掌握しました。これは長官の首を役人達の 前にさらし、勢いにまかせて役人数人を一気に殺したために、残った者たちはその威を恐れて服従したのであります。

 このように敵対勢力は一斉に除き、敵の数・力を半減させた上で服従を促せば、おのずと大勢は決するものです」

 蔡瑁は聞き終えるなり、「クッ」と喉を鳴らすと、吐き捨てるように言った。

「ふん。敗者の手法を学び、勝者の手法を捨てるとは、智謀の士良殿もたいしたことありませんな」

 今度は越が進み出た。

「高祖が勝者となり項王が敗者となったのは、有能な臣の使い方の差によるものであり、長期の戦略の差によるものであります。 決して個々の戦術の優劣によるものではありません。

 そもそも兵法では戦は最後の手段であり、城を攻めるは下策とされています。荊州には一揆の勢力が立て篭もる城邑が大小 百余りありますが、これらを尽く攻めることは下策を百余り採用するようなもの。
 これでは、たとえ殷の湯王、周の西伯といえども枕を高くして眠ることはできますまい。

 まずは反抗勢力の半分を誘い込んで誅殺し、その領地を奪って力を得た上で残りの半分に降伏を促す使者を送れば、どうして これを拒める者がおりましょうか」

 劉表は深く頷いた。

良、越。直ちに荊州全土の諸勢力に召集の書状を送る用意を始めよ。名目は新任の荊州刺史への挨拶でよいな」

 良は頷いた。

戻る