本日の御題:計算高き石原氏の出馬表明
  ◆武蔵と小次郎
 宮元武蔵はわざと約束の時間に遅れてくることで、佐々木小次郎を打ち破った。今、石原氏もまた同じことをしようと している。
 石原氏の都知事選出馬の噂が囁かれるようになったのは、明石氏が出馬を決めてからしばらく経ってのことだった。も ちろん、表には出なかったが、それ以前からこういった動きは一部にはあった。
 しかし、石原氏近辺はあえて噂を肯定も否定もせず、ただただ沈黙を保ってきた。そして時期と見て、10日、正式に出 馬を表明したのである。
 タイミングは抜群であった。その証拠に、テレビはどのチャンネルも石原氏の顔で埋まり、ラジオではニュースの度に 同氏の名前が囁かれた。都民は最後にやってきた大物を拍手で迎え、国民は驚きをもって氏の動向を注視した。
 同氏が初めから出馬を表明していたなら、決して得られない好待遇である。

 結果を先に述べよう。石原氏は、ヘマさえやらなければ都知事になれる。奇抜な公約も金をかけた選挙運動も要らない。 もうすでにカメラは他の誰よりも同氏のことを多く、長く映しているのだから・・・。

◆心理作戦
 人は得られにくい物にほど価値を見出し、難しいものにほど畏敬の念を表し、遅れてきたものほど強い印象を受ける。
 石原氏がなぜ最後の最後まで出馬表明をしなかったか、その答えはここにある。

 当初より、都知事選は荒れ模様だった。
 まず、青島都知事をどうしても引き釣りおろしたい自民党が候補者を乱発し、信頼を失うことになった。

 しかし、現職の青島氏が不出馬を決めると事態は一変する。これまで候補者選びにあまり熱を入れていなかった民主党や、 都知事選挙出馬を考えていなかった論者たちが次々と出馬を決め、一気に群雄割拠状態になったのだ。

 こうした中で、柿沢氏や舛添氏を自民党は推すことを考えるが、当時出馬を決めて話題になった民主党の鳩山氏に対抗する にはいずれも力不足として、当時切り札を目された明石氏を擁立する。次第に、大物化していったわけだ。

 そしてきわめつけが石原氏である。自民は自ら生み出した柿沢氏や舛添氏と一戦を交える一方、なんと明石氏にまで 弓を構えることになった。

 先ほどの言葉をもう一度思いだそう。大きな魚が小さい魚を食べ、さらに大きな魚がそれを食べるように候補者は大型化し、 もはや最終段階に入った。石原氏以上の人物を、都知事のために用意することは今の自民党には不可能だ。  石原氏は、まさに国民の誰もが認める「最後の切り札」なのである。

 この「最後にやってきた男」という認識が、実力以上のインパクトを石原氏に与えている。 もし順番が逆だったらどうなっていたか考えれば、それは容易に想像がつく。
 自民党候補が当初から石原氏一本で来たならば、出馬表明されてから1ヶ月近く経った今でも話題をさらいつづけることは 難しい。

 その一方で、「利権集団の自民に財政が逼迫した都政は任せられない」と、出馬期限ぎりぎりで鳩山氏が民主党から立候 補(無所属としてでも)したならば、都知事選の様相は大きく変わっていたに違いない。

 結論を最後にもう一度言おう。都知事選は、「したたかな計算のできる石原氏」が勝つ、と。

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