本日の御題:金融ビックバンが生み出すもの
◆成功の秘密は金融と製造業の相乗効果
 金融ビックバン…。そろそろ耳ダコになりそうな(というより死語に近い)この言葉は、欧米の金融機関の強さの象徴 として宣伝されてきた。全ての規制を自由化し、物だけでなく金融の世界でも障壁を取り除こうというこの考え方は、 共産主義体制が事実上崩壊し、自由主義を熱狂的に信仰する現代世界(とりわけ欧米各国)においては、1つの潮流になっ ている。
 それではその中身を見てみよう。金融自由化によって、日本では銀行や証券会社などの垣根が事実上取り払われ、競 争の時代に入る。預金者も安定志向の普通預金から投資信託などリスクを伴う(しかしリータンも大きい)金融商品へシ フトしていく、というのが主な内容だろう。事実、自由化先進国であるアメリカでは、ここ十年間でノーリスクの 商品とリスク付きの商品の割合が逆転している。そして、アメリカ国民は豊かになった。
 では、アメリカの成功の秘密は何であろうか? それはアメリカの景気にある。金融ビックバンが始まる少し前、 アメリカではコンピュータ関係の事業が生まれ、自動車・鉄鋼・家電製品分野などで日本やアジア各国に席巻 されながらも、こと「ハイテク分野」に関しては絶対的な強さを持ち始めていた。ソフト会社のマイクロソフトは市場 を独占し、ハードメーカ、たとえばパソコンの頭脳であるCPUに関しても、インテルやそれに続くAMD、Cyrix、IDTなど はすべてアメリカ企業である。これらのハイテク関連企業の好業績なくして、同国の金融自由化の成功は有り得なかっ た。株が上がらなければ、国民は誰も銀行の預金を株式にシフトさせはしないだろう。
 結果として、製造業のみ強い日本は、製造・金融両面で対抗してくるアメリカに敗れたのである。

◆本物と言うにはあまりにも脆いシステム
 では、アメリカのこの好景気は盤石なのか。筆者はそうは思わない。金融ビックバンは、大きな爆弾を抱えているか らだ。
 その内の1つは、つい最近アジア各国を襲った不況に見ることができる。もはや言い尽くされた感のことではあるが、 自由な金融取り引きによって、実体のおよそ百倍の(実体のない)取り引きが、瞬時に行われてしまうのである。そして この百倍の方が、悪さをするのである。些細な噂を流して企業や国家までも破綻に追いやる力を持っているのだ。
 また、自由化の本家である欧米もヘッジファンドによって痛手を被った。少ない資産しかもたない、金融の神様があ る企業に、世界の名だたる金融機関がとほうもない資金を預け、そして回収不能に陥ったのである。
 すでに手垢の付いたこれらにさらに筆者はもう1つ、付け加えたいことがある。

◆成功と失敗は神のみぞ知る
 もしアメリカ企業が不況に陥ったならば、今の日本などには比べ物にならないほどの大不況がくるだろう(筆者予測)。 なぜか? 日本の金融機関はどこを見ても危険信号の赤ばかり。格付けは下がる一方で、上がる企業など見当たらない (ただ知らないだけではと思う読者もいるだろうが、こんなご時世である。もしランクが上がった企業があったならば、 間違いなくトップニュースとして報道されるはずだ)。
 しかし、幸運にも個人資産の大半は郵便貯金などにあったため、無傷で済んだ。政府が金融機関救済のために行う財 政投融資(第二の予算と呼ばれている)は、実はここから出ているのだ。金融機関を救うために国民の貯金を使うとはも ってのほかだという議論はさて置き、とりあえず国民の資産は危険を回避できたわけである。
 これがもし、投資信託などにお金を預けていたらどうであっただろう。バブル崩壊後、株を買って損をした人がいた が、あんな騒ぎではない。資産の大半が消滅するかもしれない。金融機関は救済しなくては潰れる。国民もまた多額の 投資をしているから、潰してしまうわけにはいかない。個人消費が落ち込むからだ。
 それでは金融機関とそこに投資した国民を救うために財政投融資を行おうと考えても、国民の預金は粗方金融自由化 でそちらの商品の回ってしまったから財源自体の規模が小さ過ぎる。
 赤字国債で賄うとしても、それは元々税金の塊のようなものだから、増税を恐れて国民は財布の紐をきつくするばか り。そうこうしている内に弱い金融からバタバタと倒れ始め、一家庭で数百万円の資産が灰になる…。
 この後は言うに及ばないだろう。つまり、経済が順調に行っている時は最強を誇る金融自由化も、ひとたび不況に陥 れば、企業だけでなく個人にまで被害が及ぶのである(一般企業の様に専門家を雇えない国民が、より甚大な影響を受け るのは言うまでもない)。
 何にしろ、システムというは出来上がった時が最も素晴らしい結果を生み出すものだ。その時代に合ったものが作ら れるからである。しかし、時間の経過と共に社会情勢が変わると、次第にシステムとの間がギクシャクしてくる。この 時になって初めて、真価が問われるわけだ(世界を買い尽くす勢いだった日本の好景気・終身雇用体制が失墜したことが 最も身近な例ではないか)。

◆一般国民をサポートする機関の不在
 最後に一言言いたい。日本の金融自由化もいよいよ始動しようとしているが、顧客に正しい情報を知らせる機関の確保 など、欧米にあって日本にないシステムは幾つもある。ただ単に、「銀行で証券が扱えるようになります」というだけの 自由化に金融に関して無知な一般国民が乗ってうまく行くとは考えないほうがいいかも知れない。
 読者が「不景気になれば貸し渋る」銀行のカモにならないことを祈りたい。
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