本日の御題:トランプ大統領の出現は、世界秩序を一変させる

◆アメリカ大統領選の衝撃
民主党の大統領候補ヒラリー・クリントンと、共和党の大統領候補ドナルド・トランプの戦いは、元々劇戦ではあったものの、大方の予測を裏切ってトランプの勝利に終わった。彼が掲げた様々な公約(口約=口約束?)は、同盟諸国や米国の裕福層を不安に陥れている反面、ブルジョアのにおいがして、しかも国務長官時代のメール問題に不信感を抱く米国民の過半数の支持を得たといえるだろう。

トランプ氏が掲げる「米国一国繁栄主義」とも言える様々な政策は覇権国家のふるまいとはほど遠いものだが、しかしそんなことを言っていられないほど、米国民は現在の経済政策に不満を抱いていたということであろう。まずはこの苦しみ、貧困から救ってくれそうな者を大統領に。世界の秩序を守るという大役まで背負う余裕はない、と。

確かにもっともな考え方である。仮にアメリカが世界の各地域から軍隊を引き揚げたとしても、アメリカは自国が危険に晒されると感じはしないだろう。彼らは自衛するにはあまりある巨大な軍隊と、とりわけ大量の核兵器を持っている。アメリカ本土を本気で攻撃しよう、全面戦争をしようなどと本気で考える国家元首がいないならば、彼らは安全保障よりも経済を最優先したほうが、自分たちの利益を最大化させることにつながるからだ。

しかし、前政権よりも海外派兵に消極的なオバマ政権になってからアメリカの権威が落ちたように、トランプが自国の防衛にしか関心がなく、貿易摩擦や経済問題について高圧的に同盟諸国に臨むならば、オバマ政権時以上に、アメリカの抑止力は失われ、アメリカが掲げてきた正義を守れる国もいなくなるであろう。アメリカがこれまで正義として世界に強制的に広めてきた自由貿易や軍縮はアメリカによって否定され、その価値観を守るものは失われる。

あらゆる地域で利害が相反する者たちによる紛争が発生すれば、世界は群雄割拠の時代に逆戻りだ。乱世が起こればそれを鎮めてくれる覇者を求める人心を生むことをこれまでの歴史が証明しているが、その覇者がどの国になるかでこれからの数十年の正義が決まる

◆アメリカ国民の選択に自国の安全保障が左右されるという愚かさ
今回の選挙は、日本の国政選挙以上に、日本国民にとっても関心が高かったのではないだろうか。ひとつには、あれだけ時間をかけてようやく合意にこぎつけたTPPが、ある日一人の男によって木っ端微塵に吹き飛ばされることの警戒感があったかもしれない。また、トランプの「自分一人だけよければよい」という政策によって保護主義的貿易にアメリカが傾倒することにより、経済が停滞することを恐れる気持ちもあったかもしれない。

しかし多くの日本国民が最も恐れたのは、安全保障であろう。日本の近くには、ロシア、中国、北朝鮮という核兵器を持った国がおり、ロシアとは平和条約が結ばれておらず、中国とは尖閣諸島で対立、北朝鮮は常に暴発の危険を抱えている。

このような状況の中で日本が辛うじて平和でいられたのはアメリカ、およびアメリカ軍の影響が大きかったからだが、トランプによってアメリカ軍の撤退という線も全くない話ではなくなった。仮に日本に駐留し続けるとしても、日本の負担は更に高まり、そしていざ日本が紛争に巻き込まれたときのアメリカの参入の壁もまた、高くなったと言える。

日本国民はその問題に正確に、過敏に反応している。

他国に自国の安全保障を委ねることの脆さを、私は今回の選挙で改めて感じた。日本の安全保障の命運を握っているのがアメリカだとして、そのアメリカの選挙権が日本にはないということは、つまり日本人は自分の生存権を自分で握っていないということに他ならない。これほど恐ろしいことはないだろう。

自衛隊を人殺しの組織と言った共産党議員がいたが、言葉だけで平和が守れるならば、戦場に溢れるのは銃ではなくペンであるはずだ。日本はこの機に冷静に合理的に対応しなければならなくなるだろう。それができないならば、独立国家としての地位を失うことになる。

イギリスのEU離脱といい、フィリピンに誕生した暴君(内政面ではなく主に外交面で)といい、アメリカの孤立主義といい、日本を取り巻く環境はより一層厳しいものになっていく。果たして我らにそれを薙ぎ払うだけの叡智が備わっているかどうか、これからが正念場である。

蛇足だが、この選挙結果にはクリントン以外にもう一人敗北者がいる。トランプ政権の副大統領に就任予定のインディアナ州のマイク・ペンス知事だ。トランプが選挙に勝って喜ぶ中、渋い顔で彼を祝福していた映像は実に痛々しかった。ここで副大統領になってしまえば、次期大統領の椅子は遠のく。ヒラリーが国務長官に在職したのが選挙でマイナスに響いたように、権力の中枢にいたものをアメリカ国民は次の大統領にしたくないと考えている。なぜなら権力の中にいたということは失政の責任の一部を負うということであり、そしてどんな政権であっても必ず失政は付きまとうからだ。

ペンスはまさかトランプが勝つとは思っておらず、ただ自分の知名度を上げるためにトランプの選挙に協力しただけではないだろうか。というのも、そもそもトランプとペンスの政策は真逆だからだ。二人が同じ政権で仕事をする姿は想像がつかないほど。

戻る