本日の御題:原発は、環境問題か、それとも安全保障か

◆環境問題と考える元首相
小泉元首相が熱い。都知事選では細川元首相を立候補させ、その後見人のような位置で応援したが、結果は3位と惨敗。かつての神通力は消えたようにも見えたが、それでも小泉氏が語ると思わず聞き入ってしまうのは、今なお雄弁だからであろう。

そんな首相経験者、かつ原発推進の最高責任者の経歴を持つ者が経団連との関係を断ち切ってまで訴えているのが「脱・原発」だ。時の内閣菅義偉官房長官は、小泉氏は在任期間中に原発を促進しておいて今さら何を言っているのか、無責任だと批判しているが、それは的外れだろう。朝令暮改のように、コロコロと政策が変わることは拙速・稚拙のそしりを受けて然りだが、政治家たるもの時代に合わせて政策が変わるのは当然である。変われない者は、国家に限らず指導者としてふさわしくない。

それにしても、 君子豹変す、という言葉があるが、君子(総理)を辞して豹変するのは珍しい。この言葉は日本では悪い印象を持たれているが、元々は「君子は状況に応じて方針を速やかに修正する」という良い意味をもった言葉であった。それが立場が強くなった途端にそれまでの見解を変えて豹変するという意味に捉えられてしまっている。

小泉氏は、おそらく本当に将来の日本を案じて立ち上がったのだろう。少なくとも一市民となった今、過去の業界との関係を断ち切ってまで脱原発を訴えることが、個人としての利益を優先しているようには思えない。

原発の停止によって、日本が貿易赤字を抱え(現在22カ月連続)、円安による原油価格の高騰で物価が上昇していることを小泉氏も知っているだろう。経済だけを考えれば、原発はないよりもあったほうが日本に有利に働くことも知っているはずだ。

しかし、一度暴発すれば地域に甚大な損害を及ぼし、廃炉には数十年という長い期間がかかり、危険な使用済みの燃料も年々増えていくことを考えれば、原発以外のエネルギーへ国家の方針を転換していくべきだというのが小泉氏の主張だ。

つまり、短期的な経済・利益よりも、安全(外国との安全ではなく、国内問題としての安全)を追求するという姿勢である。

◆安全保障と考える現首相
では現在の日本の総理大臣、安部首相はどうだろうか?彼は原発をなんとか再稼働させようと必死に動いている。赤字国債の乱発によって物価の上昇を図り好景気感を出す一方で、円安誘導による貿易赤字を容認しているように感じる。海外生産が増えた今日の日本の大企業にとって、円安による収支改善は限定的効果しか生まず、むしろ海外に出られない企業にとっては原材料が上がるだけでなんのメリットもないのだ。

うがったものの味方をすれば、原発が停止した時「原発が止まると電力が不足する」→「工場が停止すれば産業がダメージを受ける、家庭や病院への電力が止まれば機器をつけている人の命にかかわる」という論法で原発再稼働を訴えていた人々が、「原発がなくても電力は不足しない」という現実を前にして、「原発を再稼働させる次の口実」に貿易赤字を上げようとしている感すらある。

そこまでして安部首相が原発再稼働ならびに高速増殖炉開発継続に燃えるのは、経済だけではない国家の安全保障が絡んでいるからであろう。原発は、原爆開発の隠れ蓑になるからだ。まして高速増殖炉はプルトニウムを生む代物である。武器に転用するかどうかは大きな政治的決断が必要だとして、その技術を持っておきたいと考える為政者の心理は理解できる。

それは、東アジアから東南アジアにかけて、現在、先の大戦前夜のごとき緊張関係があることからしても理解できる。

原発を次々と建設する中国は、米ロには程遠いものの、確実に核兵器の数を毎年増やしている。北朝鮮も国際社会の警告を無視して核実験を継続している。仮に朝鮮半島がなんらかの形で統一された場合、その国家は核兵器開発のノウハウを持つことになるだろう。それは対馬の対岸に核兵器が配備される危険を意味している。

その時、我々は自衛できるだろうか?

アメリカの核の傘というのも、以前に比べると頼りなくなった。たとえば某国が日本に核ミサイルによる先制攻撃で脅迫をしてきた場合、アメリカは核の全面戦争になることを覚悟して日本を防衛するだろうか? 某国の核ミサイルの数個が実際に日本の領土・領海に落ちた場合、アメリカは某国に核ミサイルによる報復をするだろうか?

その某国が多く核を持ち、アメリカの安全にも影響を及ぼす力をもったならば、おそらくアメリカも他の国連加盟国も非難はしても武力報復はしない。自国を危険に晒してまで守る他国というのは事実上ないからだ。

そして、唯一、再び被爆国にならない手段としては、自国で核兵器を持つことなのだろう。某国が日本に核攻撃をすれば、即刻某国にも核ミサイルが飛ぶという状況を作って初めて、抑止力が働く。自国の安全は自国で守るというのは世界の常識であり、日本人はアメリカが必ず守ってくれると信頼しすぎである。アメリカが本気で戦うのはアメリカの安全保障が脅かされた時だけなのだから。

日本がすぐに核兵器を持つ必要はない。しかし核兵器を保有できるノウハウを維持することで、日本の主権・安全を脅かそうとする勢力に対して一定の配慮を強制し、その野望をくじくことになることは間違いない。

◆問われるのは日本国民の選択
二人の全く異なる考え方をもつ二人の指導者の考え方を、私はここで推測した。それがどこまで的を得ているかは正直計り知れないところがある。

しかし、いずれにしても日本国民はこの問題にもっと真摯に向き合わなければならない。

原発は単なるエネルギー問題ではなく、国の安全保障もセットにした問題であることを自覚しなければならない。もっとも、それをテレビの討論会で発言できる者はおそらくいないだろう。日本が核兵器を持つかどうかの是非を問うような姿勢を見せれば、おそらく反日国家の政府による「日本の右翼化」が風潮されるからだ。

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