本日のお題:南沙諸島は将来の尖閣諸島

◆南沙諸島は将来の尖閣諸島
中国海軍の活発な動きによって、東アジアはさながら冷戦時代に逆戻りしている感がある。日本と中国の間では尖閣諸島の問題が度々起こっているが、それより少し前から中国が紛争を起こしている地域が南沙諸島だ。
同地域は、ベトナムやマレーシア、フィリピン、中国、台湾が自国の領土を主張している。

領土問題が近隣諸国で起こることは決して珍しいことではないが、問題は中国が他国が実効支配している地域へ軍艦を送り込むことを自制しないことだ。

事実、過去ベトナムとは一度交戦状態になり、その後ASEANと平和的合意をしたが、ある一定時間が経過すると、その合意を忘れてしまったかのような行動を取り始める。少しずつ圧力をかけ、次第に自国の領有としていく戦略が見て取れる。
アメリカなどが介入し一時は平和理に済ませても、「領土問題で妥協しない」という強硬路線が変更になるわけではなく、ほとぼりが冷めた頃、再び調査船や軍艦を差し向けるという訳だ。

これは、何も南沙諸島だけの問題ではない。尖閣諸島でも同じ事が起こっているのだ。中国は調査船をまず送り込み、紛争があるとそれを口実に軍艦を送り込んでくる。軍事力、経済力にものを言わせて圧力をかける。南沙諸島も尖閣諸島も、その地下に資源が眠っていることが分かった途端、中国が領有を主張してきた地域である。

今回のベトナム政府の対応は、すばらしい。今日の軟弱な日本政府であれば引き下がってしまいそうだが、彼らは果敢にも中国との対決姿勢を崩しておらず、しかしその一方で現実路線として多国間の場に中国を引きずり込もうとしている。硬軟つけている訳だ。

日本はベトナムに比べれば遥かに国力がある。経済力、軍事力共に。ベトナムには駐留していないアメリカ軍もいる。それはつまり、多くの交渉ごとの可能性、選択肢があるということだ。恵まれているのだ。ベトナムにできて日本にできないことはない。日本政府は、ベトナム政府の対応を手本とし、中国と対峙することもいとわずという姿勢を貫き通すべきだ。その上で、地域の安全を考えようではないか。

◆日米地位協定の見直しを
ただし、日本に駐留するアメリカ軍の立場は非常に厳しい。それは日米同盟を危うくする危険性すらはらんでいる。私は中国からの圧力に対抗したい日本と、アジアでのプレゼンスを残したいアメリカ双方にとって、今後も日米同盟は利益があるものだと考えているし、事実そうだろう。

それならば、如何にしてこの同盟関係を守り、発展させていくかを考えなければならない。

そんなおり、今年1月に沖縄県沖縄市で米軍属の男性が起こした交通死亡事故が、日米地位協定の規定のため不起訴になった。地位協定では、事故を起こした米軍人や軍属が「公務中」の場合、1次裁判権は米側にあるというもの。

不起訴になったことを受け、地元では6/25に規定見直しを求める集会が開かれている。事故は今年1月に沖縄市の国道で起きた。県警は自動車運転過失致死容疑で男性を逮捕したが、那覇地検は公務中と認定し、不起訴処分とした。遺族の不服申し立てを受けた那覇検察審査会は5月、「起訴相当」と議決した。

アメリカ軍基地の問題と言えば、米軍機の騒音や墜落に関わる事故の危険などが取り上げられがちだが、基地の移転には膨大な費用と、戦略的な見直しが迫られる一方、それらコストを伴わないこの不平等な地位協定こそ、速やかに改善されるべきである。

そもそも、なぜこのような規定があるのか理解しがたい。たとえ公務中といえども、事故を起こせばその国の法で処罰れさて当然ではないのか? たとえば、犯罪者を追っているときはサイレンを鳴らし、信号無視も許されるパトカーも、平時の信号無視は許されない。警察官がパトカーに乗ってパトロールするのは公務中だ。

米軍人や軍属がたとえ公務中であったとしても、それは同様である。有事には、交通ルール他、優先されるべきものはあるかもしれないが、交通事故を起こしたその時、たとえ公務中といえども、平時であったのならば、日本の国の法律で裁かれるべきである。

こんな不平等がまかり通っていて、なお沖縄に負担をお願いするというのは心が痛むし、今後も長く日本にアメリカ軍が駐留することを日本政府、アメリカ政府双方が望むならば、改善するべきではないのか?

不平等が改善されないまま、「中国の台頭のため沖縄に米軍基地は必要」と言っても、地元の不満は決して解消されないだろう。

普天間の問題があるこの時期に、まずは両政府に誠意というものを見せていただきたい。

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