本日の御題:TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に参加せよ

◆日本の貿易黒字はそれほど多くはない
バブルの頃を知っている人は少し驚くかも知れないが、実は今、日本の貿易黒字はそれほど多くない。それは巨大な貿易黒字を軽減すべく、日本企業が海外生産を増やし、その国の雇用を創設することで外圧を回避した結果である。もちろん、その動きを後押ししたのが円高シフトであることは言うまでもない。

結果、国内の製造業は空洞化が進んでいる。私も仕事柄、国内メーカーの仕入先と交渉をすることがよくあるのだが、中国からの安価な製品の流入で仕事が減り、廃業を考えている中小企業が実に多い。

国内産業の空洞化は雇用を悪化させ、国民に将来を悲観させ、さらに少子化で市場のパイは小さくなるなど、海外へ出て行かなければ企業の成長を保つことは難しくなってきている。

そう、日本は貿易立国という自覚を改めてもたなければならない時期に来ているのだ。

◆将棋でいうところの「相手の打ちたいところに駒を打て」
ここで一度、話がそれる。私は子供の頃、よく父親と将棋を指した。その頃はあまり感じなかったことだが、この年になって将棋の格言や定石を思い起こすと、なるほどと思う言葉がいくつもあることに気づく。勝負の世界というものは、フィールドは違えども共通する点が多いのである。

TPPのニュースを見るに付け、私が思い出した将棋の格言は「相手の打ちたいところに駒を打て」。読んで字の如く、相手が打ちたいと思っているマスに、自分の駒を打ちなさいということ。そうすることで相手はそのマスに駒を打てなくなるからだ。

これをTPPに当てはめるとどうだろうか?

日本がアジアで競合しているのは、主に韓国と中国だが、韓国はアメリカとの間にFTAを結ぶことを進めているし、ヨーロッパともFTAを締結済みだ。韓国はサムスン(ITメーカー)やヒュンダイ(自動車メーカー)などをもち、海外ではそれぞれ日本メーカーと火花を散らしているが、品質の割に価格が安いことから、日本メーカーは守勢に立たされている。

この韓国が日本より先行してFTAを結ぼうとしていることは非常に大きな意味を持つ。アメリカ他TPPに参加している国で、日本メーカーは更に窮地に立たされると言うことだ。仮にイーブンの戦いを見せたとしても、関税分だけ日本メーカーの利幅は低くなる。それは昨今のハイテクの技術開発に膨大なコストがかかることを考えれば、長い目で見れば日本メーカーは技術開発の分野で後塵を拝することになるだろう。

そして、もうひとつ、日本メーカーが価格的圧力を受けているのが中国である。今のところ、中国がTPPに参加することはないだろう。というのも、中国は未だに関税だけではなく、貿易の様々な場面で国が介入しているため、完全フリーなTPPのような協定に入ることは政治的に難しいからだ。

しかし、中国の経済が成熟し、TPPに参加することが自国の利益になるようになれば、将来、同協定に参加する可能性は十分にある。

もし、日本が参加する前に中国が参加するようなことがあれば、日本メーカーは価格的な面で市場を明け渡すことになりかねない。逆を言えば、中国が参加する前に日本が先行して協定に入ることで、日本メーカーは優位に立つことができる。 中国は、当面の間、協定に入る準備ができていないからだ。

「TPPに参加して国際競争力を高める」というマスに、相手より先に駒を打つことで、初めて利益は生まれる。相手が駒を打ってからでは、よくてイーブン、遅れれば損失を被るだけだ。

◆農業を輸出産業に育てる
TPPに関しては、もちろんデメリットもある。ご存じのとおり、関税で守られている日本の農業に大打撃を与えることになるという心配だ。しかし考えてもみてほしい。日本の農家は高齢化が進んでおり、今の農業政策を続けたところで、20年、30年後にどれだけの農家が残っているだろうか?

工業にしろサービス業にしろ、組織化され、法人化され、規模を拡大し、優秀な人材を経営陣に迎え、生き残ってきたのではないか。農業だけが、未だに組織化されず、家業としての形を残していることの方が問題なのだ。

日本の農家は、コメに頼らない新しい作物を作る、時代のニーズに合った新種を迅速に開発する、あるいは加工食品にした上で出荷する、といったことを行っていかなければならない時期に来ている。特に、作物のデキ/フデキは天候に大きく左右される。ということは、一地域だけで全てをまかなうのではなく、全国規模で展開して初めてリスクを分散することが可能なのだ。そのためには、農家も法人化し、一部の人しか持っていないノウハウ、知識を組織で共有し、大局的な視点で経営することが求められる。

TPPの問題を別としても、農業は再編の時期を迎えているのである。

しかし、TPPのような強い力が働かなければ、この再編は進まないだろう。ぬるま湯に浸かっていては、革新は生まれない。

日本の農作物は、諸外国に比べれば高いかもしれないが、豊かな水資源、土壌によって作られているだけあって、とても美味しいのだ。これは、Made in Japanのブランドを高める大きな力になると信じている。

◆参加しないという道の先にあるものは
ちなみに、TPPに参加しないという選択肢もある。その場合の日本の未来像を予想しよう。

日本の産業は更に空洞化が進む。理由は、メーカーが国内生産から海外生産へ更にシフトするからだ。例えばTPPに参加しているオーストラリアで車を作り、それをアメリカに輸出すれば関税はかからないが、日本で作った同製品をアメリカに輸出したら関税がかかるならば、為替のリスクとの比較にはなるが、海外でモノ作りをしたほうが企業にとっては利益になる。

しかし、それはあくまで短期的であって、長期的には不利益しか生まない。国内の雇用低下はそのまま国内の購買力低下に繋がり、売上が下がるだけではなく雇用保険その他の企業負担も増えかねないからだ。

農業は保護され続けることで、従来のやり方を変えなければならないという動機付けを農家に与えることができず、生産力は農業従事者の逓減と共に縮小に向かうだろう。食糧自給率は急激には下がらないが、少しずつ、しかし確実に下がっていくはずだ。

最後に残るのはサービス業だ。これは製品と違い輸入することができない。しかし、店頭に並ぶアルバイトは外国の学生ばかり、という時代もそう遠くはない。彼らは基本的に真面目であるし、時給が多少低くとも継続的に働いてくれる。飲食店でも価格競争の波は激しさを増しているため、高い時給を呈示しなければ集まらない日本人よりも、日本語がしゃべれる外国人を雇った方が理に適っている。

TPPに参加することで起こる一時的な混乱は確かに生まれないかも知れないが、混乱こそ体制を見直す最大の機会、チャンスである。安定的な変化を望む気持ちも分かるが、それはよくて中途半端な結果、悪ければ歪んだ構造をつくるのが関の山である。

日本国民は、身近なところでは明治維新や敗戦直後を思い出し、変化を望み、立ち向かわなければならない。

少しずつ、しかし確実に衰退していくことを国民が選ぶというならば、「変化しない」を選ぶ、というのもいいだろうが。

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