幾つかの通路を抜け、やっと彼がいるであろう場所にたどり着くそう思っていた矢先だった。
 なにやら騒ぐ声が…観衆とは違う、なにか揉めている声が気になり彼女の足はそちらに向かっ
た。
 案の定と言うべきか、そこには一人の女人を止めるべく二人の男性(おそらくここの生徒だろう)
が奮闘している場面だった。


「放してよ!私は、亨くんに会いに来たんだから!!」
「ですから、許可がっ」

 藤森に部外者が足を踏み入れるには、必ず許可をとり署名し符を借りなければならない。
 許可という言葉が聞こえたので、どうやらその事は説明したようだが。興奮した女性は両腕を捕
まれてもなお、中へと足を向ける。
「黙んなさいよ!いいからはーなーしーてーぇ!!!」
「うわぁ!ちょっ噛まないでって痛いっいたたたたたた!」
 あっかわいそう。
 そう想った瞬間、思わずその女人の前に出てしまった。

「見苦しいわ。ここには許可なく立ち入れない事しらないの?!」
 女人の前に仁王立ちし、少々荒立てた声をだす。

 女人の方はというと、数瞬思案した後ふるふると震えだし吼えた。

「っなによ!貴方達見なさいよ!私以外にも居るじゃないの!」
 張り上げられた声は所々上ずり、怒りにより上気し血走っている目が恐ろしい。
 許可うんぬんの話をだしたのだから、当然許可は取ってある。だが女性はその事に気付かない
らしい。

「わたしは許可を頂いているの。そうそうに立ち去りなさい」
「いやよ」
「立ち去れ」
「いーやー」
「去れ」
「やっ」


 やべえ、すっげぇ怖い。
 生徒二人はここに居合わせてしまったことを、深く後悔した。
 が、幾分か遅れて天の助けが彼らの元に舞い降りた。疲れたような表情をしていても、彼らに
とっては天が微笑んでいるにも等しく。早くこの状態を打開してもらいたくて、期待の眼差しで見
つめる。

「…なんで居るの冬姫?」
「っさやか…」

「兄様!」
「亨くん!」

 くしくも双方の叫びは重なりあってしまった。






 つつがなく武芸会が続く中、少々気になる知らせが秋良の耳に届いた。

「部外者が乱入?」
「はい。乱入したのは女性で、なんでも河野姫の名を口にしているとの事…いかがいたしましょう」

「まずい…ね」

 女人禁制とは行かないものの、藤森は学園内の入出に関しては厳しい。数々の書物もそうだが
何よりもここには武器がある。それ故に入校に関して符を用いて管理している。
 その藤森に「乱入」が有ったとなれば…。

「事を大きくするのは危険です、河野を呼びます。すぐに向かいますから、なんとか今の人数で持
たせてください」
「承りました」

 厳しい表情のまま、付近にいるであろう河野を秋良は探した。



「オレを?」
 耳打ちされた言葉に小首を傾げる。

「悪いけど、少し抜けてもらうよ」
「それは構わないけど…実琴と四方谷」
「一人抜けると目立つから、同じ目立つならいっそのこと三人とも来ちゃって」
「「「…はーい」」」

 いい子の返事をしつつ、秋良の後を付いて行くことになった。



「乱入者?」
「この藤森に、ですか?」
「そう、その人は河野の名前を出しているらしくて」

 ぞくりと河野の背中が粟立つ。
 まさかと想う、この場所に居る事は知らないはずだ。あの人達にも充分なほどに理解しているは
ずだし、何より知っていたとしてもあの人たちが許可を出すはずが無い。
 なのに言い知れぬ不安が身を襲う。

「着いたね」

 見れば裏門の近くで声を荒立てている女性と、少女…あれっと秋良は思う。報告は「一人の女
性が河野姫の名を呼びながら乱入しようとしている」だったのに、女性が一人増えている。
 だが、一方の女性は腰紐に符を吊るしてあり許可を持っている事が見て取れる。となれば、乱
入者は当然両腕をつかまれている女性となる。
 近づいていくと言い合っている内容が聞こえてくる。内容が聞こえるという事はどんな声かが解
るという事。秋良には片方の女性の声に覚えがあった。
 急いて近づけば間違いようも無い。


「…なんで居るの冬姫?」
 自身でも間抜けな問いである。

 己の声よりも、どこか辛そうな…傷付いた声が後ろからした。

「っさやか…」



 河野を連れてこなければ良かった。

 秋良は己の行動を恥じた。
 ツクリと胸が痛む音が、確かにした気がした。




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