「あー。名田庄、姫たちがドン引きしているから、そろそろ戻ってきてくれないかな?」
「ああ、失礼。三年の名田庄だ、君たち『姫』の衣装担当だよ」

 こんな担当までいるのか。
 正直なところ、河野の脳は処理限界値に達していた。







「…おーい、河野。生きてる?」
「死んでる」
「よし、生きてるな」

 死んでいると折角言ってみたのに軽く流される。
 既に衣装や役割、日程などの話は終り寄宿舎に戻る途中である。
 なぜこんなにも間があるのか、実に簡単な話し河野は途中で気絶したのである。しかし、それを
責められる者などいないだろう。懇々と語られる異国の衣装の意匠。その構造からどの様に転用
するか。
 はっきり言って「知るかそんな事」である。

「僅かに覚えているのは、来週ある武剣会に衣装を着ることぐらいか」
 話しの隅に出で来た話題をやっと思い出し、憂鬱に呟く。
 名田庄のあの様子では、とんでもないモノが出来上がる事は明白である。

「だな、その前に衣装合わせもしたいって言ってたし」
 既に達観しているのか、四方谷は笑って言い放つ。
「憂鬱だぁ」
 未だに諦め切れないらしい豊は、肩を落し暗雲を背負っている。

「あれ、そういえば。坂本は寄宿舎じゃないんだよな」
「ああ、坂本様なら近くの家を借りてるらしい。何人かと共同で」
「ふーん」
 なんだ、そんなのも有りだったのかと関心するが、貸家という事は費用は自分持ち。寄宿舎は
原則無料。
 その上「姫」ならばその他諸所も原則無料…。
 そろそろ、諦め時なのだろう。女装ぐらいどってことないさ(投げやり気味)。


 目下の目標は、女装に慣れることだとそう思っていた自分が甘かった。
 「姫」を甘く見ていた。

 正式に決定した翌日から、周りの反応が変わりだしたのだ。
 第一に異様に接触したがる輩が出てくる。肩から始まり、背中、頭、腕、しまいには尻。
 慌てて振り払おうとすれば抱きつかれる。


 殴りたい。


 しかし、ココで一点の救済が現れた。
 四方谷である。
 四方谷の笑顔に圧倒された輩は、進んで道をあける。
 そして何より…
「不用意に近づいてこない」
「何を今更」

 先に教えて欲しかった。

「笑顔を甘く見るなよ。先手を打って不可侵の存在であることを焼付け、何か文句でもあるのかと
いう様に背後の空気で語るんだよ」
「…なるほど、先に手玉に取ってしまえと…?そういえば、実琴も被害にあっているんだよな。何
で教えないんだ?」


 にっこり。


 笑顔が総て語っていた。
 面白いから、と。







 不憫だな…実琴。






 但し、それに対して何も言わない河野も同罪である。




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