女装…?
 
 河野の頭の中を駆け巡った言葉は、容易く自分の口から発せられ更に肯定するように秋良は頷
いた。


「なんで?」
「河野みたいな人の為に設けられた制度。オレはそう言ったよ。ちょっと込み入った話しになるけど
良い?」
 河野にとってそれは是可否でもなかったので頷いて話を促す。
 二人の距離が異様に近いのはご愛嬌だ。

「オレ達が目指している宮内は、はっきり言って男の方が多い」
 その言葉から始まった。
 当然だ官吏としての資格を持っているのは男子か、高貴な身分と後ろ盾をもつ一部の女子であ
る。
 比率を上げても当然男の方が多いのだ。そこで一つの問題がある。


 恋愛事情である。
 何しろ
出会いがない。
男女の比率が合わない。
時間がない。
 の三重苦である。そうなれば当然同性にも目が向けられる。更に新任の官吏で見目美しいとな
れば、餌食にされるのは必須である。藤森学園が出来、官吏を輩出するようになって数年と立た
ずにそんな問題が出てきた。
 似た環境の藤森にはそんな問題は出なかったのが盲点だった。
 学生の期間は己の事に手一杯で恋愛などに目を向けなかった、向けたとしても学園を一歩外に
出ればすぐに町である。なんの問題も無かった。だが、宮内ではそうは行かない。
 一日執務に追われ、窓の外を眺めても見えるのは男・男・男…気がめいるのもわかる。解りはす
るが、そんなものの餌食にされて、有能な官吏が一人、又一人と減っていく姿に危機感を持った皇
帝付きの官吏の一人がこんな提案をしたのだ。
「そのような輩を上手くかわす、またはあしらう方法を早期の内に身に付けさせては?」
 そうなれば、あとはどのようにそれを学園内で実行するかである。
 実行しつつも学生の身の安全も図らねばならない。

 ならば、下手に手を出せないほどに計りたてれば良いということになった。そうして産まれた制度
が…。

「姫制度…か」
「そう、最初の一年。とにかく狙われやすく吸収の早い一年目に、周りのあしらい方を強制的に覚
えるんだ。制度に関して詳しく知っているのは姫をやる本人と生徒会の役員、それと先生達だけ。
後の生徒は知らないよ。ただ行事とかの時にのみ女装するけど、後は普通だよ。姫という役割が
ある以上護衛は付くし、特典もそれなりにある」

 特典。
 その言葉に唯でさえ近い二人の距離は近くなる。

「一つは姫として業務に入った場合の教科の補習と講義が自由な時間に受けれる」
「つまり、姫として出た日に講義があればその講義と同じ事を違う日に、しかも自分の好きな時間
に聞けると」
「しかも一対一でね」

 
「二つ、学園生活に必要な備品類の無料譲渡」
「…ちょっと待て。それってつまり・・・」
 ごくりと生唾を飲み込む。
「講義に必要な教材をはじめとして、文具類。果ては衣服まで面倒をみるよ」
 此処で始めて河野の意識が飛んだ。

 教材は解る。
 だがしかし、衣服だと!!!!!!!
「つまり、生活用品まで?」
「ただ」



 雷が河野を襲った。
 いや、正確には雷に襲われたような衝撃が河野の全身を駆け抜けたのだが。ここから河野の脳
内は実に愉快な状態になった。

 達筆な字で只という文字が何度も何度も脳を打ち抜き、なぜか朱色に変化した文字は海辺の岩
場と波打つ海を背景に巨大化したのである。
 河野の脳内事情をしらない秋良は小首を傾げたまま反応を待つ。なにか気に障ったのだろうかと
内心冷や汗をかいているが、顔を真っ赤に染めた河野は凛々しい笑顔で答えた。



「やる!」



 余談ではあるが、その時河野は秋良の手を握り締めていた。




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