「むさくるしい」
「久しぶりだからな」
「「姫ー」」
「「はーい」」

 夏期休校が終わり、初日の登校。
 休み前は普通だったむさくるしい男の群れを懐かしみつつ、河野・四方谷の両名は呼びかけられる
野太い声の群れに、爽やかな笑顔を送り姫の職務を遂行する。

「近づくなぁぁぁ!!!」

 どこか遠くで実琴の絶叫が響いた。





 休校明けであるにもかかわらず、校内は異様な熱気で溢れていた。
 毎年恒例である学園祭と呼ばれる催しが、生徒会が主体となり執り行われるせいだ。

 もともと、地域住民との軋轢を抑えるため始められたものだったが、いつしか規模が広がり収穫祭
や年始の祭り並みの賑わいをみせ、藤森の名物とも呼んでいいほどの盛況振りをみせる。
 もちろん、盛況さを出すには前準備が必要であり、祭りまでの一週間は全て祭り関係の手配に割り
当てられる。この期間は講義がほぼ無くなり、本来行うべき学業を行わないという事態が発生する。
そこでそれを見越しての夏期休暇の課題の山である。教師たちは、この準備期間に提出された課題
を採点し、生徒は準備に奮闘する。
 長年続けられてきたがゆえに、現在も慌しくはあるが順調に進んでいる。

「八番通路は幅を確保、両脇の露天店舗の申請は?」
「現在、四店申請及び可決済みです。内二店舗については連立して行う旨が出ています」
「そう。この三番の…これ、右斜めに同じ内容が被ってる。位置変えを早急に…」
「予算が回ってきました!!あと、売値は原価の五割増しはやはり無理ですね。二割二分が落とし所で
したっすみません!!」
「利益優先じゃないからいいよ、原価割れさえしなければ。これは行きすぎだね」
「では直ぐに修正案をだすよう通達をだします」
「当日警備の素案があがりました。ご確認ください」
「ありがとう、警邏表だけ?出店店舗への見回り案は?」
「総代が無い頭しぼってますので、あと二刻ほどかかるかと…」

 秋良の周りでは慌しく人が入れ変わり、学園祭に出される露天(生徒主催)の配置や出店・展示内
容など多岐にわたる事柄が持ち込まれる。もちろん、当日の警邏も武官候補生が行うのでその取り
まとめも行う。
 もちろん秋良一人が行っているわけではない。生徒会にかかわる人員が区画ごとに別れ区画長を
作り、更にそれを取りまとめる総代表が上役である生徒会役員に繋ぎをつける。それぞれの意見を
相互しながら進めている。現に秋良の周りには生徒会所属の人員が四名、補佐が十名、竹間や見
取りの書かれた布などを片手に慌しくやり取りをしている。

 河野たちも当日の『姫』としての業務について、決定した案件の落とし込みのために来たのだが、歩
いていた秋良を発見した役員や生徒たちに取り囲まれ現在にいたっている。


「…坂本さまが遠いな」
「生徒会が主催だからなぁ」
 
 動きまわってるのは生徒会だけではない。ここには現在、実琴がいない。それは姫の業務より医師
の業務が優先になるためだそうだ。祭りごとがあれば、大なり小なり小競り合いが起こる場合がある
そうで、勿論生徒会にはそれを未然に防ぐ事が優先されるが、どうしても人の起こす事で絶対に起こ
らないというわけでもない。もともと、医師志望者は人数が少なく、学年をあがるごとにその数は激減
する。そのため、医師たちは全員が医療担当班となり、それに対応する。
 もちろん駆け出しである一年は、軽症者の担当になるが、むしろ軽症者の方が多いらしく実琴が先
輩医師から聞いた話しだと「あの日、自分が何をしていたのか覚えていない」者の方が多いらしい。



 恐ろしい程に多忙となると、今から青ざめていた実琴が印象的で、からかう事ができなかったほど
だ。


「ごめん二人とも!こっちが呼び出したのに」
「いや、坂本の多忙さは今実感したから。むしろこっちが時間をとらせて悪いと思った」
「確かに、生徒会の人が駆け回っているのを最近よくみるから、大丈夫です」

 やっと区切りが付いたのか、秋良から人の波が去っていく。
 それでも、秋良の手元には幾つかの書簡らしきものが増えていく。

「当日、姫には姫番が四名付く事になったから。内二人は警邏と平行しつつ、時間進行をつけて貰う
ことになるよ。とりあえずの流れは貰った?」
「ああ、朝からまず門柱での出迎え、中を回りつつ店舗と展示の案内、休憩をはさんで二人で舞台に
…で舞台が終わり次第、門柱へ再移動。見送りして終わり」
「ほぼ一日立ち仕事になるから、姫番の内一人は有り体に言ってしまえば荷物持ちになるよ。それで、
舞台の演出だけど…あの、ほんとにこれでやるの?」
「「まかせて」」
「…まぁいいけど。どこから仕入れたの?傾国姫の話なんて…」
「「…」」

「まあ、名田庄先輩だしね」
 全てを衣装担当の名田庄に押し付け、修正案や当日の配置を詰めていく。
 やはり実琴は『姫』業務に入る事が難しく、当日の混乱を予想し医療中心となるため二人での動き
を確認し、大まかな時刻割りの表を預かり落とし込みは終了した。

「…練習は、そこそこにしておいて、体力を残しておいてね。過酷らしいから」
「うわぁ。恐ろしい情報が入手されたぞ、四方谷。要睡眠だ」
「だな。坂本さまも、まだ忙しいでしょうけど、頑張ってください」
「ありがとう、二人とも」
 和やかに会話は終わり、終わったと見るや秋良の周りに人が集まってく。


「まだ、坂本は終わりそうにないな」

 人ごみを引き連れつつ移動する秋良の後姿を二人は見送る。
 どう見ても大丈夫そうに見えない人だかりを、次から次へと捌いていく秋良の手腕に感心しつつ舞
台の稽古に熱を入れる事を改めて決意した。






 それから日々は何事も無く進み、そして学園祭当日の朝を迎える。




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