「遥かな昔、この国がまだ国とも呼べぬ頃。混乱と混沌に疲弊した民達を救う為に、一匹の龍を率い
た若者が立ち上がった。民を憂いだ彼は近隣の国々から疎外された優秀な文官・武官・農民を集め
一つの村を作り、飢饉に嘆く者達を奮い立たせ。近隣国からの襲撃を武官を引きいて蹴散らし、内か
ら腐らせる醜官を文官とともに罷免し、農作物を襲う天災をも竜の力を使い収め、小さき国々を統治
し、東四大国を収めた…か」

 秋良の仮の住処である借家に泊まり、朝から出された課題を三人で紐解く作業を続けていた河野
が、ふと教材のさわりを音読する。
 出された課題は主に、歴史、算術、政治、詩、地学。その中の歴史の教材にくだんの文面が書かれ
ている。
 
 慌しく出会いと別れを体験したものの、課題という現実からは目をそらす事が適わず。結局、御鷹と
秋良が二言三言、言葉を交わし秋良の兄と姉は簀巻きにされて連れて行かれた。
「李劉の初代皇の話しだったっけ?」
「龍を従え、か…真偽のほどが知りたいよな」

 河野、四方谷両名の疑問の眼差しは、吸い込まれるように秋良へと向く。視線を感じた秋良は困っ
たように眦を下げると、息を一つこぼして見せる。
「まぁ、うちの国の中では有名な話だよ。龍を実際に従えていたわけじゃなくて、まるで龍を従えてい
ると思えるほどに、天候を読むのが得意だったってだけだけど」
「天候を?」
「そう、この四国では天気予報ってないらしいよ」
「「ないの?!!」」
「うん」
「はぁー。そんな事もあるんだなぁ」
 李劉を含む四国では日に一度、大まかな天気予報が役場前に出される。
 農民はそれを見つつ作物の種まきや収穫のあたりをつけ、主婦などは洗濯の予定を立てたりと何
かと利用されている。
 勿論、個人個人で空の具合を見る事もあるが、大まかであっても当たりやすい予報を国がだしてい
るので、そちらの方を人々は活用している。

「…いや、天気予報よりもこっちだ。四国ごと政治基準が違いすぎて覚えられん」
 河野が頭を抱え。

「詩って必要か?必要なのか?」
 四方谷は怒りに震えつつ。

「落ち着いて、王政であることは変わりないから。役職の名前がちょっと違うだけだから。それに詩と
いっても古文だからね、昔の資料は全て古文で書されているから」

 二人を宥めながらも、自分の課題を進めていく秋良。

 それでも河野が合間合間に思い出すのは、御鷹と秋良の別れ際のやり取りだ。
 かなりの親しさを感じる態度と、会話の終わりに見せた、わずかに強張った秋良の表情。慰めるよ
うに秋良の肩に触れた手が忘れられない。

 『秋良』
 と、御鷹は実に簡単に秋良の名前を呼んだ。河野にとっては『坂本』四方谷にとっては『坂本さま』。
 無論、どの様に呼ぼうと全てが『坂本秋良』の名前だ。それでも胸中にわだかまる何かが、河野を
刺激する。その刺激は進まない課題と比例して更に河野の頭を悩ませる。
 
 
 三者三様の姿で日は進み、そして長くも短い夏季休業は終了した。




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