「まるで美人局じゃないかっ」
「悪びれるわけでもなく、言うことがそれとは。嘆かわしい」
「しょーこさーん」
「黙れ愚図」


 なにこの状況。



 事の次第は早朝まで遡る。

 秋良の借家を訪れる事は文で知らせたが、肝心の場所を双方聞き忘れるという失態を犯してし
まい。
結局は秋良が河野、四方谷両名を迎えに行く事になった。
「悪い。二度手間になっちゃったな」
「大丈夫だよ、ちょうど買いたいものもあったし」
「でも、まさか場所をお互いに聞いてなかったのはビックリ。坂本様でもあるんですね」
「まぁ、うっかりってあるよね」

 取り留めの無い会話をしながら、衆人の視線はいつもの事と無視しつつ進む。
 

 二人は明らかに浮き足だっていた、何せ今向かっているのは『坂本秋良』の借家なのだ。
 まだ短い付き合いだが秋良の事だ、綺麗に使っている事は容易に想像出来る。今にも駆け出し
そうな気持(いまだに借家の場所が分かっていないが気分的なものはすでに『全力疾走』ぎみ)を
押さえていた所に、密やかな悲鳴が上がる。
 悲鳴や歓喜の声音はすでに聞きなれていた。だが、その音は自分たちのずいぶん前から聞こ
えてきた。


「あきら」
 押さえきれず漏れでたのであろう声音にあきらの動きが止まる。
「…なんでいるの?」
 キラキラと輝く闇褐色の瞳、手入れの行き届いた髪は艶やかで、絶妙な位置どりのされた顔の
部位はまさに傾国と呼べる…残念な事に男だが。
 秋良の若干引きつった笑みに喜色一遍だった男性の表情が曇る、がその表情を直視した誰か
が「あぁ」などと奇声を上げて倒れこむ。

「だって…秋良に会いたかったんだ」
「そんな子供みたいな」
「冬姫だって会いにきたじゃないか!」
「対抗しないでよ…」

「ずっこいぞ、春海」
 更に上がった声は男性の後ろからだった。男性の肩を押しのけ満面の笑みで出てきたのはこ
れまた美形。
 薄茶色の髪は一つにくくられているが、まとめ零れた髪が頬や首筋に流れ艶やかに肌を彩り、
瞳の光りは意思を現すように強い。女性的でありながら、強かに男性的な部分のある人だ。
 
 残念な事に今に、視線は全て秋良に注がれている。

 秋良、河野、四方谷の三人だけでなく、佳人、麗人を目の当たりにし気絶した人々を除き、事の
次第を見守っていた人々も、この二人が両腕を広げ秋良に近づいていくので抱きつくと思ってい
た。だがしかし、其を阻む人物が現れたのだ。

 後一歩。神々しく麗しい笑顔が困惑していた秋良の一歩手前で止まる…否、正確には男性の頭
部を秋良の後ろから伸ばされた手に鷲づかみされ止められていた。秋良を抱きとめる筈だった麗
人の両腕は空を切り、頭を鷲づかみにした勢いのまま後ろに倒される。さらには手早くうつ伏せに
し、腕まで拘束している。体重のおまけ突きで。
「いたい」とあがる悲鳴をさらりと逃し、艶やかな笑みを秋良にむける人物は、前者二名には劣るも
のの整った顔立ちの青年だった。
「済まない秋良、説明はするが、とりあえずコレを引き渡すまで待ってくれ」
 実にニコヤカだ、目は完全に座っているが。 
「ほんっとーに申し訳ありません。ちゃんと連れ帰りますので」
 数瞬遅れて聞こえた声は、これまたいつの間に拘束したのかきっちり縄で巻かれた薄茶色の髪
の美形と、美形を繋いでいる縄を握りしめた黒髪の女性。
 此方もニコヤカだ、手にと米神に血管が浮いているが。

「早馬を何頭か潰してしまったが、追いつけてよかった。これで取り逃がしたなどとなったら目も当
てられない」
「まったくです。いくら秋良様に会いたかったからといってやって良い事と悪い事がありますよ。会
議が二日後にあるというのに」
「下準備はおわってるもーん。後は認可だけだもーん」
「準備は準備ですわぁ上司さま。本番なめてんのか、あんた」
「そもそも、会いにいけないのが問題であって、俺ら悪くないよなぁ」
「それを人は責任転嫁と言うんです。主要な下準備があってもその他の雑務が滞っている事、理
解してらっしゃるのか?」

 五人の間では、とんとんと話が進んで行くものの、河野・四方谷には全くもって現状が、秋良に
美形二人突撃→男女阻止→口論。で終わっており何がどうなっているのかが分からない。



「仕事…おいてきたの?」

 今まで一度として聞いた事がないような幽鬼のような、声音がした。
 音源は間違いなく秋良であり、温和そうな笑顔と反比例したその声が周囲の人々にまで畏怖を
もたらしている。





「…二人とも仕事しに帰ろうか」





 後にその光景を見ていた人々は語る。




 少年は間違いなく鬼を背負っていた、と。




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