街道をひた走る馬列から、蹄の音がけたたましく木霊する。
 徒歩の者、馬車の者を軽く追い越し、ひた走る姿は遠目から見ると壮観で、馬を駆る掛け声が
空気を裂く様に響く。
 馬列の最前列に騎乗しているのは、いまだ青年の域を出そうに無い若い男である。一つに結わ
えられた長い薄茶の髪は風に揺れ、整った容姿は苦虫を潰したかのように渋面を作っている。
 男の後ろには若い女が続き、後ろには更に八頭もの馬が続く。その誰もが緊迫した空気をまと
い、どう見ても遠乗りには見えない。

 街道沿いで作業をしていた農夫達は、呆然と馬列を見送るしかなかった。

「いかがなさいます?!」
 馬上から声を張り上げ、最前列に居る青年に尋ねる声もまた若い。
 十頭にも及ぶ馬列の中、女性を含め一人として三十に届きそうな年のものはいない。しかし、そ
の顔ぶれはただ若いと言い切れぬ、理知に富み利刃の如き鋭さがある。

 先頭を行く青年は、速度を落とさずに自身の後ろから聞こえた声に答える。
「よもや、こんな時に手を組むとはっ…二人はこのまま私達と共に街道から行く!残りは半分に別
れ東と西から回り込め!」
 前半は唯の独り言であり小さく呟き、後半は後ろに聞こえるように声を張り上げる。「是」の声と
共に後方に続いていた場列は三つに分かれ、一つは青年の後ろを続き二つは左右に分かれ獣
道へと消えていく。
 馬の姿が見えなくなるのを確認し、青年達は少しずつ速度を落としやがて徒歩とさほど変わらな
い速さになると申し訳なさそうに女が口を開く。
「この度の事、わたくしの失態でございましょう。貴殿らになんとお詫びすればよろしいか…」
 かなりの強行で馬を進めていたにもかかわらず、震えずに言う女に青年は感心する。
 馬列を乱す事無く、無駄口もたたかず。ただ青年の後を追い馬を操り、付いてきた彼女。それ
は、ただの女人であれば泣き言を言い、馬から逃げ出すほどであろう。馬を駆るのはただ馬に跨
っていればいいというわけではない。馬にあわせ体を動かし、走る馬にあわせ手綱を引く。馬が
走る事により自身に当たる風は思いのほか強い。
 意地だけでここまで付いてきたとは思えない。だが彼女は「帰りはあの馬鹿をつれて馬車で帰
ります」と言っていた、もともと騎乗するのは行きだけと決めているからこそ出来たのだろう。

 彼女の行いに対し心持ち気を良くした青年は、若干表情を緩和させ返答する。
「貴女が謝られる事ではありません。いずれは起こっていた事態でもあります、がしかし」
「はい、時期が悪うございます。もしもの時はお任せくださいませ」
 
 馬上にありながら深く頭を垂れるのを手で制し、軽くうなずく。

「その時はお願いしましょう。我々はこのまま藤森に入る。全て後手に回っている以上、止められ
はしないだろうが…」

 青年の整った顔に悪辣な笑みが浮かぶ。


「一泡ぐらいは吹かせてやろう」




 夏期休講はすでに半ばまで過ぎていた。
 
 秋良は当初の予定の通り、日々を生徒会の雑事や課題に費やしていた。
 生徒会でも既に来期の生徒会役員の話は出ているが、いまだに平行線を辿り素案も挙がらな
い状況が続いている。すでに日課となっていた掃除を終え一息ついた頃に手元に届いた文を見
つめる。
 手元にある文は二通。
 一方は夏期休講が始まる前に約束していた河野と四方谷からの物。明日には二人とも泊まり
に来る予定になっている。
 もう一方はこの家を一緒に借りている人物から、現在は夏期休講を利用して周囲の国を回って
いる。現状を箇条書きしただけの簡素な文面に、秋良の顔は否応も無く硬くなる。

 おそらく、冬まで持たないであろうこの現状をなんの装飾する言葉もなくつづられている…。
 来るべき日は確かに近付いている。たった数十行しか無いこの文は、幾人もの人手によって出
来上がったものだ。過酷な状況下に置かれるべくして置かれた訳でもなく、ただ過酷を承知で事
にあたった人々によって出来上がった、たった数十行の文。
 

 睨み続けても文の内容は変わらない。
 一度深く深呼吸をしてから意識を切り替える。
 今すべきは泊まりに来るという二人分の寝具と食材の準備だ、寝具は不在の二人分を使うとし
ても食材はさすがに買いに行かないとそろってはいない。
 二人が好みそうな物を考えながら、秋良は市へと向かった。




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