夏期休講。
 農村から修学している生徒の為に設けられた制度である。
 夏期と表記しているが、期間は夏の終わりから秋半ばまでの収穫期であり、その間学園の寄宿
舎に残る事も可能である。


「夏期休講か…」
「そう、二人はどうするの?場合によって『姫番』との兼ね合いがでてくるから、早めに聞いておこ
うと思って」
 
 つい数日前に起こった事を気にしているのか、幾分気遣った声音の秋良に河野は微笑つつ「残
る」とだけ告げる。あまり深く聞かずにいてくれる秋良に感謝し、少々気になる事を秋良に聞いて
みた。

「因みに実琴は?」
「帰郷するそうだよ」
 これも笑顔で答える秋良。
 一緒に聞いていた四方谷と共に悪どい顔になる。

「「許嫁か」」

 事あるごとに一緒に居るためか、二人の中は良好でどこか似た雰囲気を出すようになっていた。
それ故に格好の獲物となるのが、いまだに「姫」という制度に馴染む事ができず、四苦八苦してい
る実琴である。

 そんな実琴には許嫁がいる。
 学内では有名な話しではあるが、入学した当初から顔立ちのせいで周りに色々な意味で構わ
れていた実琴が周囲に爆発した際にでた言葉、それが…。

「オレには将来を誓った許婚がいるんだ!触んじゃねぇぇぇぇぇぇ!」

 である。
 一部では落胆し、一部では驚愕し、一部では燃え上がった言葉はその時繰り出された右足と共
に伝説になったらしい。
 なにはともあれ、その許婚とは頻繁に文をやりとりしている姿も見られこれは双方本気であると
周囲は感じ取った。本気ゆえに数少ない逢う事のできる機会は逃したくないのだろう。
 まぁ、それが再度からかわれる元となるのだが、どうにも悪戯される悪循環は絶つことが難しい
ようである。

 からかいたおした実琴の姿を思い出し、頬が緩むのを抑えながら(河野は全く抑えず息も絶え絶
えに笑っている)四方谷も答える。
「オレも残るよ、出される課題とかあるし」
「わかった。二人共残るんだね」
「そうだな、頼むよ」
 なんとか笑い終え、痛む頬と腹を押さえていた河野と四方谷だが不幸なことに、二人は思い出し
てしまった。
 それは、長期の休暇という事で出された大量の課題。両手で抱えるほどの量と、いったいなん
の呪詛かと疑いたくなるような文の羅列、極めつけは難解な算術書。
 眼前にそびえ立ったその紙と竹簡の山に、そっと涙が出たのは一人や二人では無いだろう。

「そっそういえば、坂本様は?どうするんです?」
 自ら思い出してしまった負の記憶をなんとか端によせるために、秋良の予定を聞いてみたが意
外な返答が返ってきた。
「オレは休講中も生徒会関係で出ないといけないから、残るよ」
「そう言えば、家を借りているんですよね?ご実家には戻られないんですか?」
「うん、実家は麗明なんだ。同じ李劉の中だとしても、往復に二週間もかかるからね。そうそう戻っ
てられないかな」
「じゃあ!算術を教えてもらいに行ってもいいか!?」
 これ幸いと課題のことを持ち出す河野。四方谷も同時に食らい付いていく。
「オレたちもやるけど、絶対に分からない部分が出てくるから、そこだけでも良いんで!!」
「うん、良いよ」
 二人の勢いなどどこ吹く風と言わんばかりに朗らかな笑顔を見せる秋良。その笑顔は訪れてく
れることが嬉しいと物語っており、数瞬見惚れたあと自分たちの過剰な勢いを思い出し照れたも
のの、微笑み続ける秋良の姿に後光をがさしている気がする。

「先に文を出してもらえば、泊まりの準備もするよ?」

「「泊まりに行くっ絶対に行く!!」」

 そうして、勉強会という名のお泊りを約束した。






おまけ


 夏期休校前日、休校明けに催される学園祭に向けて衣装を作成するために三人は名田庄に呼
び出されていた。
 一度採寸し、休校明けまでに仮縫いまで済ませ再度採寸と試着をして完成させるそうだ。
「にしても、何回も採寸するんですね」
「当然だよ!より美しく魅せるためにも体に合ったものでないと意味がないからね!」

 嬉々として採寸道具を握り締め手早く測っていく姿は玄人のそれだ。
 竹簡に細部の値を書き記す中で、ふと名田庄は気づいた事を口にする。
「全体的に寸法が大きくなってる?うん、河野と四方谷は確実に身長伸びてるね」
「「おっしゃ!」」
「ちょっオレは!?」
「あー。変わってないね」
「ちょっ何でどうして伸びてないんだよ!」
 校舎内に実琴の嘆きがこだました。




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