「鈴龍。鈴龍!まったくあの子は何所にいったのよ。たまに構おうとすると居ないんだから」
 彩龍は妹の姿を見に皇居の奥、後宮に足を踏み入れていた。
 禁軍軍団長の職に付いてからほぼ禁軍の宿舎兼執務室に寝泊りしているため、年の離れた妹
である鈴龍には久しく会っては居なかった。
 元々極端に仲が良い訳でもなかったので気にしなかったのだが、どうにも胸騒ぎがしたので後
宮に来たのだが…なぜか探し人が見つからない。
 この後宮で人攫いなど出様が無い。

「…かと言って、外に出るなんて聞いてないし…」
「外出なさっておりますよ」
 思いもかけず後方から独り言に対する応答があり、彩龍の肩がビクリと震える。
「…老師いきなり声を掛けないでいただきたい」

 声のする方に顔を向けると、そこには幼年の頃から世話になっていた老師の姿があった。
 老年になったというのに曲がる事の無い背筋の良さに、兄弟の間では妖怪か仙人かと実しやか
に囁かれている人物である。
「ひょひょひょ。軍団長殿が何をおっしゃるか。して、鈴龍殿下ならばこの通り」

 ひらりと袂から出された紙を受け取り、内容を確認する。



   ちょっと愛しいお兄様に逢いに行ってきます。
  要所家出ですが、探す必要はありません。
  行き先は莉菜ですので、羨ましいでしょう。


「…あっの。小娘!!!!」
「いやはや、やはりご姉妹よく似ていらっしゃる。美竜殿下が生まれたばかりの頃を思い出します
ねぇ」

 ちゃっかり旅券を発行し、最終的には『家出』を補助した老師はすっぱりとその部分を抜かし、十
数年前の光景を思い出す。





 うん、あれに比べれば鈴龍様は随分大人しい方だ。







「はじめまして、坂本冬姫です」
「オレの妹で、面会に来たようです。ついでなので一緒に大会を観覧しても良いでしょうか?」

 そんな簡潔な言葉で一緒に大会を見る事になった実琴は、少々身の置き場に困っていた。

「いつかは誰かしらが来るとは思っていたけど、まさか冬姫が来るとはねぇ」
「ごめんなさい…怒ってる?」
「怒ってはいないけど、家の事もあるし。何より『一人』でここまで来た事だよ。治安がいいにして
も物取りやなんかは居るんだからね」
「はぁい」

 普通に説教だ。
 極一般的な説教であるが、場所は急遽用意された大会観覧席。秋良の姿が見えたとたんに、
何所からとも無く安全かつ見やすい日陰に椅子が用意された…もちろん簡易なものだが…。
 話しの内容が説教なのに、二人の顔は笑顔だ。

 いや、理由はちゃんと解っている。
 大会を観覧しているのに、渋い顔で居るのは可笑しいからなのだが。


 なぜこんな見事な作り笑顔が出来ている!?

「いくら書置きがあっても、心配するんだから帰ったら謝るんだよ?」
「はい。……ちなみに誰に?」
「自己判断にまかせるよ」
「心します」

 なかなか要点のつかめない会話だ。
 ちなみに今の会話の間に秋良は何回も笑顔で手を振り、妹の冬姫は恥ずかしそうに何度か会
釈をしていた。


 それにしても、謝る相手が自己判断ってどんな家族なのだろう。
 実琴はふと自分の家族を思い出し…頭を振る。



 うん、オレは何も思い出さなかった。


「そっそう言えば、河野達大丈夫かな?」
 状況の打開策にはならないものの、気になっている事態を話題に出す。
 三人と分かれて随分時間も経っている。そろそろ何かしらの結果が出るはずの時間だ。


「オレ達がなんだって?」


 背後から声を掛けられた実琴は慌てて後ろを向き、目を見開く。

「河野、なんでそんなに疲れてるんだ」
 疑問ではなく決定された言葉で告げる。
 話し合いをしたはずの河野は異様に疲れた顔をしていて、反対に四方谷は若干楽しそうな顔を
している。

「その事はもういい。若干の誤解は…若干か?まぁうん、時間は稼げた。うん」
「なんだよ、もっとオレの機転を褒め称えたらどうなんだ?」

 見れば河野に会いに来ていたはずの女性の姿は見当たらず、曖昧な笑顔のまま時間は過ぎ
大会はつつがなく終わりを告げ。
 坂本冬姫に関しては、迎えが来たらしくそのまま潔く藤森を後に帰宅したのであった。




BACK