「兄様!」
「亨くん!」

 目の前が暗くなる。
 ありえない事態。ありえない人物。

 なぜ、なぜ!どうして!!

「なんで、ここに居るんだ」
「なんでって決まって「悪いけど。話し合いは出来ないよ」え?」

 鋭利な声がさやかの声を遮る。普段見たことの無い、硬く冷たい表情の秋良の姿。

「君は、ここが何所だかわかっているの?」
「どこって…藤森」
「そう。そこに君は許可無く侵入した。意味は解っているのかな?」

「解っていない…か」

 ゾクリと背中が粟立つ。
 冷たく凍えるような空気の密度に、さやかの熱く凝っていた熱が一気に冷める。喉を空気が
何度も行き来するが意味成す音を響かせる事が出来ずに、口元だけが詮無くうごめく。

「死罪同然なのだけどね、本来ならば。ここは『公』の場だ。許可無く立ち入る事は許されない。
間違って入ってしまった訳でも、手続きを知らない訳でもなく、純然たる『私』の熱病のような感
情で無闇に侵入されたのでは『此方』が『駆除』する理由を与えるようなものだよ?」
 既に秋良の顔つきは『公』としてのもの、藤森学園自体は罰則や規則が厳しい訳ではない。
 生徒達の自律心や修学後、すぐに宮勤めなどの職種で使い物になるように、学園内の整備・
警備・運営を生徒自身に義務付けている。
 むしろ武器や貴重な書物を扱っているという公然の事実がある分だけ、本来ならば国の兵士
が周りを固め侵入に備え部外者一切の入校を許可しないものだ。けれども藤森はそれをしない。
見回りは交代で武官候補が行い。入校許可の手続きも文官候補が行っている。

 費用、設備等の直接国に提出するもの意外は全て学園内の生徒達で執り行っている。
 それがどの様な意味を持って行っているのか、理解しているのかを秋良は問うていた。

 言うなれば、藤森は一つの『国』なのだ。
 その『国』に矛を向けたのと同意義の行い、それをさやかは行っていた。




 もちろんそれには『本来ならば』と付け加えられる。


 溜息が秋良の唇から小さく吐き出された。
 

 さやかの行った行為にはそれ相応の処罰は必要とされるであろうが、秋良には藤森に乱入者
が居た事などあったことにする気はさらさらない。
 
 むしろ揉み潰す気まんまんだ。
「本来ならね…でも、オレとしては事を大きくはしたくない。さて、頭は冷えた?なら、場を設ける
から少し話をしてすっきりとしてきたらどうかな?」

 多少虚ろ気味ではあるが、先ほどより理性を取り戻した顔のさやかと秋良の意外な一面を垣
間見た河野は従順に頷くと、進められるままに用意された個室に入った。
 心配だからという理由で四方谷も同席する事に決まり「さて」の一言と共に秋良はもう一方の
少女を見つめる。

「お説教が必要だよね?冬姫」
「…はーい」




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