人・人・人。 室内の小窓から見えるのは、同年の男ばかり。 一言でいうならば…。 「むさっ」 一章 次期外れの入学生。その話題は瞬く間に広がっていた。勿論、秋良の耳にも入っている。 そして今日は、そんな入学生が来る日でもあった。 深呼吸をしてから、意を決し秋良は戸を開けた。 幸いと言っていいのか、問題の彼は小窓を覗いていた。 「貴方が河野さんですね」 「えっあっはい」 緊張した面持ちで向けられた顔。 ああやはり、と秋良は思う。 漆黒の髪。 黒硝子の瞳。 整った容姿。 「わたくしは坂本秋良と申します。ご存知かと思いますが本日より暫くの間、わたくしが学内での お世話を言い付かっております。至らぬ点も有りましょうが…」 「ちょっ!ちょっとまって。坂本は同年なんだろ?だったらもう少し砕けた話し方のほうが、俺は 安心できるというか、なんと言うか」 慌ててそう言う姿に秋良は思わず頬を緩める。 堅苦しい挨拶をしようと決めていた時から予想していたが、まさかこれほど慌てるとは思っても みなかった。 「勿論、そのつもりだけど。まぁ、なんて言うか通過儀礼みたいなものだよ。官吏を目指している のだから、慣れないとね」 「あ。そうか」 改めて自分の居る場所を思い出す。 「改めて。オレは坂本秋良、河野と同じ文官志望だよ」 微笑み差し出された手に一瞬置いてから河野も笑い手を伸ばす。 「ああ。河野亨だ、よろしく」 「まず、簡単に説明するね。この学園には文官・武官・医師の三つに分類される。この三つで共 通でいえるのは、最短で三年で文官・武官・医師になれるって所なんだ」 「三年!たった三年!?」 河野が驚くのも無理もない。本来小学から文官を目指すのであれば、最低二年小学で励み、 小学での推薦と試験を受けて上学(じょうがく)へと進む。そして上学で三年以上学び老師、学士 の推薦を受け初めて文官より下の進士(しんし)となる事が許されるのだ。 無論、その間に己の知慮の無さを恥じて身を引く者も居れば、賄賂に明け暮れ自滅の道をた どる者も居る。その過程をすっぱ抜けわずか三年で文官になれるかも知れないのだ。 「そう、一年で基礎の基礎。二年で発展。三年で実施。と進んでいく。実質この宿舎で勉学する のは二年間だけ、残りの一年は実習なんだ。だからと言っていいのかな?この学園には『学生 会』ってものがある」 「がくせいかい?」 「学ぶ生徒の会で学生会、国の機関を真似て作ったものでとにかく縦社会に慣れてもらうのが 趣旨。そして、自分がどの位置づけが適しているのか模索する場でもあるんだ」 感嘆とした溜息が河野から発せられる。 その姿に笑みを向けて、秋良は更に続ける。 「学舎については後でいいけど、後二点承知しておいてもらいたい事があるんだ。先ず、すでに 貰っていると思うけど『学符(がくふ)』というのが有る」 「ああ、先生から貰ったこの木の札の事か?」 そう言って河野が懐から紐で繋がれた木の札を出す。 木の表面には墨で書かれた不思議な絵。中心に丸があり囲むように半円が描かれ、その半 円に更に線が何本か交差している。言葉で言い表すのは実に難しい、一見すると玉を掴もうと する鳥か龍に見える。 「そう、それが学符。この学園の生徒である事の照明と、学年を表しているんだ。年が上がるご とにその学符に線が足されていく。無くした場合は再発行か退学だけど、再発行はなかなかさ れないから、気を付けてね」 「…今さらりと凄い事を言われた気がするけど、分かった」 「最後だけど…これは河野みたいな人の為に設けられた制度なんだけど…」 暫しの沈黙の後、思いきった表情で秋良は告げた。 「河野には制度に則って、女装をしてもらう事になる」 「は?」 それは了承の声ではなく、ただの聞き返しだった。 |