『ローテローゼ――Sweet Christmas――』
『アリス。今年のクリスマスは、何がいい?』
火村の第一声はこれだった。
アリスは受話器を持つ手に力を込めると、嬉しそうにトーンを上げて答える。
『わっ、もう今年もそんな時期やねんなぁ。』
『おいおい、勘弁しろよ?まさかお忙しい作家先生は、まだ11月だと思ってるんじゃねぇだろうな?』
からかうような声に、
『アホか!俺かて一応日にちの感覚くらいあるわ。・・・まあ曜日感覚はあんまりあれへんけどな。』
きっぱりと言い放った・・・のだが、どこか間違っているような気がしないでもない。
『今日は12月4日の水曜日だ。・・・アーユーオーケイ?』
律儀な先生に、『イエスイエス!』とやけくそ気味に返すアリス。
『よしよし。では、本題に戻ろうか。』
『あっ、せやったせやった。もうっ、火村がいらんこと言うから、危うく忘れかけとったわ。』
『・・・・・俺のせいかよ?』
火村の精一杯のツッコミをさらりと無視し、
『うーんと・・・今年は何がエエかなぁ?』
『・・・・別にいらないなら、俺はそれでも構わないが?』
『うっ・・・そない意地悪なこと言うてもエーのんか?かりにも教鞭とっとる助教授ともあろう人が。』
ヨヨヨと白々しく泣きマネするアリスに、火村は苦笑するしかない。
『わかったわかった。今年もどんな物でも作ってやるから、何でも言ってくれ。』
『わーいっ♪ほしたらなー、今年はシンプルにイチゴのショートケーキがエエな。』
ぱぁっと顔を輝かせながら言っているアリスの姿が見えるようで、火村の口元にも自然と笑みが浮か
んでくる。
『おっ、定番できたな。』
『フッフッフッ・・・やっぱりクリスマスと言えばコレでしょう!』
とか言って、去年はクリスマスの「く」の字もなく、「チョコレートが食べたいから【ザッハトルテ】v」
なーんて言ってたのはどこのどいつだよ?(火村、心のツッコミ)
『・・・まあ、わかった。イチゴのショートケーキだな。じゃあその準備をして、今年もアリスのところに
行くから。』
『うんっ、待ってる。頑張って部屋の掃除しとくわ・・・・多分。』
『できれば、足の踏み場は作っておいてくれ。』
『あんなあ、普段から足の踏み場くらいあるやろうが!まあ、寝転めるほどのスペースはないかもしれんけ
ど・・・。』
『いや、それはなくても構わない。イブの夜は、アリスのベッドに俺も入れてもらうから・・・。』
少し語尾に艶っぽいモノを感じて、アリスの頬が赤く染まる。
火村から見えないのが救いだと思いながら、
『アホ!』
と優しく返すアリスだった。
『じゃあ、そろそろ切るぜ?ウリたちが腹すかせてさっきから蹴飛ばしてくるんでな。』
『ハハッ、そら悪いことしたな。ほなな、はよエサやったり?』
『ああ。』
火村が受話器を耳から放したところで、アリスの叫ぶような声が耳に飛び込んできた。
『あっ、火村っ!イチゴぎょーさん入れてや?』
その大声に驚いた飼い猫たちが、キョロキョロと声の主を探すような仕草をする。
火村はもう一度受話器を耳に当てて、ヨシヨシと猫たちを宥めながら、
『はいはい、わかりましたよ。お姫様?』
とアリスに言う。
アリスも受話器の向こうでクスリと笑いながら、
『ありがとvvよろしくね、王子様?』
と返すのだった―――。
12月24日――クリスマス・イブ――。
アリスは朝からバタバタと部屋を片付けていた。
ちなみにまだ掃除までは至っていない。
あまりに散らかっているため、掃除機をかけようと思えば、物を片付けるところから始めるしかないの
だ。
火村が来るのは、正午過ぎとのことで、もうあまり時間がない。
このままでは本当にベッドしか空いていない状態で火村を迎えることになってしまう。
この間の火村の電話の声――イブの夜は俺もアリスのベッドに・・・――を思い出すだけで、顔から火
が吹きそうになるアリスであるのに、そのうえこちらからさらに誘うようなことは、いくらなんでもした
くない(というか、恐ろしくて出来ない)。
「うわーっ、時間があれへーーーんっ!!!」
時計の針は、既に11時15分を指している。
それから――――
さらにドッタンバッタンと悪戦苦闘を続け、なんとか一通り掃除機をかけ終わったとき、時間は12時半
を回ろうとしていた。
「ハーッ、ま、間に合った・・・。」
まだクリスマスは始まったばかりだというのに、既にそこにはかなりくたびれたアリスの姿があった・・・。
ピンポーン♪
「あっ、きたきた(結局掃除しか出来ひんかったな・・・)。」
パタパタとスリッパの音を響かせながら、玄関へと向かう。
「はい。」
と言いながら、ガチャリとドアを開けた瞬間――――
視界が真っ赤に染まった。
「えっ!?」
と驚くアリスに手渡されるのは、真紅の花束。
「よぅっ!メリークリスマスvv」
「火村っ、こ、これ・・・・・」
「ああ、俺からのクリスマスプレゼントだ。」
「うわぁーっ、スゴイ!めちゃめちゃ綺麗やなぁ。火村・・・ほんまにありがとう。嬉しぃわvv」
「そうか・・・・」
花束を手に幸せそうに微笑むアリス。
そんなアリスを見つめる火村もまた、とても幸せそうだ。
「あっ、こんなとこで立ってたら寒いやんな。はよ入ってや。」
「ああ。」
ガチャリとドアが閉まり、2人はリビングに移動する。
ソファに腰掛けたところで、じっと手に持ったバラの花束を見つめていたアリスが、何かに気付いた様
子で口を開いた。
「あれ?このバラ、よう見たら・・・花びらがなんやビロードみたいやなぁ?」
「ああ。そのバラは『ローテローゼ』といって、深い赤にそのビロードのような花びらが特徴だそうだ。」
「って、花屋の人が言ってたん?」
「ご名答。」
「ふぅーん。でも何でそないな風に見えんねやろなぁ?」
「それはだな・・・花弁に光が当たったときに、花弁表面の色素細胞の小山の凹凸の隙間で、光が乱反射
するためだ。それによって色感に厚みが出、柔らかなビロード状を呈すると、まあそんなところだ。わか
ったかね?有栖川君。」
「・・・・ご、ご高説痛み入ります。」
「フッ・・・」
「プッ・・・・アハハハッ、火村ってば相変わらず博識やなぁ。もちろんこれは花屋の『ウケウリ』とちゃ
うんやろ?」
「違う。これは常識だ・・・・。」
「んー、これを常識と言ってしまえるあたり・・・やっぱり非常識なやっちゃな。でも、ま、勉強にもなっ
たし、エエか。」
「ああ、これからもわからないことがあれば何でも聞いてくれ。有栖川有栖専属アドバイザーとしていつで
も助言しよう。」
「調子に乗んな!アホッ。」
「ハハッ・・・そうだ、アリス。勉強ついでにもう1ついいこと教えてやるよ。」
「いいこと?」
「ああ。このバラ、『ローテローゼ』の花言葉だ。」
「!?・・・・花言葉ぁ?火村の口からそないロマンチックな言葉が出てくるやなんて、なんか意外やわぁ。」
「ムッ、聞きたくないのか?アリス。」
「ううん、聞きたい。教えて?」
「じゃあ目をつぶって。」
「へ?目をつぶるんか?」
「ああ、頼む。」
「わかった。」
コクリと頷いてアリスが目を閉じる。
数秒後、アリスは力強い腕に引き寄せられ、そのまま火村の胸に倒れ込んだ。
「わっ・・・・」
という悲鳴は、火村の唇に遮られ、そのまま吸い取られてしまう。
「んっ・・・・・・・んんっ・・・・・・・・・・」
激しい口付けに目眩がする。
目には薄っすらと涙が浮かび、そのまま一筋流れ落ちた。
「んぅっ・・・・」
思う様アリスの唇を堪能した火村が、ようやく解放する。
すっかり体の力が抜けてしまったアリスは、火村の腕の中で荒い息を繰り返していた。
火村はそんなアリスを愛しそうに見つめる。
「はあ・・・・・はあ・・・・・・・火村のアホぉっ!」
まだ涙のたまった瞳で睨まれても、可愛いだけだ。
「ああ、アホでもバカでも構わない。それはアリスに対してだけだから・・・・。」
さらりとこんな台詞を言われてしまっては、アリスに勝ち目はない。
「うっ・・・まあ、俺も火村に関しては十分『アホ』になっとるやろうと自覚してる。でも、イキナリは狡いで、
イキナリは。びっくりして息吸うヒマあれへんかってんから。」
「ハハッ、それは悪かった。じゃあ次からは、キスする3秒前に『するぞ』と言ってやろう。」
「・・・・・それもなんか恥ずかしい。」
「フッ・・・・イキナリと予告付きのどちらがいいかは、アリスが決めてくれ。俺はどちらでもいいぞ?」
(そんな艶っぽい目でこっちを見るなーーーっ!)
アリスは心の中で叫ぶ。
口になんか出したら、何をされるかわかったもんじゃない。
アリスは経験からそれを知っていた・・・。
「って、せや!大事なこと忘れとったわ。」
急にアリスが大声を出す。
『ん?』という顔をする火村に、
「さっき、花言葉の話をしてたんや!せやせや。すっかりはぐらかされてしもとったわ。」
「いや、別にはぐらかしてなんかいないぞ?」
「うそこけ!さっきあのバラ・・・『ローテローゼ』やったっけ?の花言葉を教えたるから目ぇつぶれとか言う
て、そのままキスしてきよったくせに・・・・。」
「いやいや、だからそれが花言葉に繋がってたんだよ。」
「へ・・・?どういう意味?」
「だからな、この『ローテローゼ』の花言葉は ××××」
その言葉に、アリスの頬が一瞬で真っ赤に染まった。
恥ずかしそうに目を伏せるアリスにもう一度口付けて――――火村が甘く囁く。
「アリス、愛してる。」
アリスも火村を見つめ返し――――幸せそうに微笑んだ。
「うん、俺も・・・・・愛してる。」
ローテローゼ――――『熱愛』
◆『クリスマス・イブ』こぼれ話◆
火村お手製のクリスマスケーキ(イチゴのショートケーキ)は、アリスの要望どおり、たくさんのイチゴが入っ
ていたとか。
生クリームの純白の輝きと、その上にかかった赤紫のイチゴソースの見事なコントラストは、味だけでなく見
た目にも楽しめたことは言うまでもない(なお、このイチゴのショートケーキは、火村シェフ独自のアレンジが
加えられていたことをここに付け加えておく)。
そのケーキに大満足のアリスが、イブの夜、寝室に火村を招き入れたかどうかについては、内緒の話である。
ただ、2人がとても幸せに過ごしたことだけは、間違いない。
Himura&Alice Merry Christmas!!!
【END】
この小説は、クリスマス企画サイト「fascinated X'mas」様に投稿させて頂いた物の焼き増しとなって
おります(期間限定だったため、今はもうこちらのサイト様はありません)。この素敵企画は、2002年の
火村とアリスのクリスマスを祝うためのもので、たくさんの方の素敵なヒムアリをイラストや漫画、小説と
いった形で堪能させて頂きました。ちなみにこちらの企画様でのテーマというのが、ずばり『プレゼント』だ
ったんです。なので、「ローテローゼ」なんていうキザな(?)物を登場させてみました。
このSSを書くにあたり、私にしては珍しく、花言葉やクリスマスケーキについて色々と調べ、資料もいくつ
かプリントアウトしたりとかしてたんですよー(と当時を振り返ってみる/苦笑)。花言葉ってすごく深くて
面白いんですよ。以下、投稿させて頂いたときに書いた[後書き]の中から、一部をコピーして載せますね。
花言葉は、バラだと「愛」とか「美」という意味があり、赤いバラだと「愛情」や「情熱」、黄色いバラだと
「嫉妬」の意味になるなど、同じ花でも色によって意味が違ってくるのがとても面白いなと思いました(「 」
内の花言葉はほんの一部です)。今回、小説中に使わせてもらった『ローテローゼ』というバラは、真紅の代表
バラで、クリスマスプレゼント(←この花を渡してプロポーズとかO.K.らしいです/笑)とかに適している
というようなことを知り、最終的に「これだ!」と思って決めました(単純)。候補はいくつかあったんですけ
ど、やっぱりひーさん(火村)がバラ持ってる姿って似合うかなーとか思ったりして・・・・・(笑)。
ローテローゼの花言葉は、上に書いた赤いバラと基本的には同じですが、火村とアリスの関係を示す言葉として、
調べた中で1番しっくりくるこの『熱愛』という言葉を使わせてもらいました。もうこの2人にはずっと『熱愛』
しちゃってて欲しいです、はい(笑)。
なんかアホなこととかも書いちゃってますが、何故「ローテローゼ」に行き着いたかということを少しでも知っ
て頂ければ幸いです。またこんな素敵な企画様に参加できることを願いつつ・・・。