『愛の奇蹟が降る夜』
     ―続・恋の軌跡と愛の奇蹟―






―――涼介がハチロクとのバトルに負けた夜、啓介は子どものように泣いた・・・。





 バトルを終えて家に帰り着いた2人―涼介と啓介―は、一言も言葉を交わさない
まま互いの部屋に戻った。
 しばらくしてシャワーを浴びようと部屋を出た涼介は、隣の啓介の部屋に明かり
が灯っているのを、ドアの隙間から洩れ出る光で確認し、なぜかそのことにほっと
安心してから、バスルームへと足を向けた。
 高橋家のバスルームは、1階と涼介たちの部屋がある2階の両方にあり、涼介
は主にその2階の方を使っている。啓介は家に帰るなりそのまま1階のバスルー
ムに飛び込むことが多く、また当然両親も自分たちの部屋がある1階の方を使う
ので、2階のバスルームはほとんど涼介の専用状態となっていた。
 汗とほんの少しの悔しさ、その他諸々の感情をシャワーで洗い流した涼介は、自
分の部屋に戻り、バスローブをまとったその身を静かにベッドに横たえた。天井を
仰ぎ、目を閉じると、瞼の裏に今日のバトルが鮮やかに甦ってくる。
 後悔は、ない。自分はやれるだけのことをやり、そして結果として負けた。ただそ
れだけのことだ。そう。自分だけの問題とするなら、それだけのことなのだが・・・。
・・・・・・コン・・・コン。
 涼介の思考を遠慮がちなノックの音が遮る。
「・・・・・・・・・はい。」
 涼介は素早く身を起こし、デスクの前の椅子に座り、パソコンの電源をONにして、
それからようやく返事を返した。
 ドアがやはり遠慮がちに開けられ、啓介が困ったような泣き出しそうな複雑な表
情を浮かべながら、ドアから顔を覗かせる。
 いつもならこっちの返事を待つか待たないかのうちに、ずかずかと勝手に中へ入
ってくるというのに。
「どうした?入ってこいよ。」
 涼介は啓介の表情を受け流して、普段通りに優しく声をかける。
「う、うん。」
 啓介はためらいがちに部屋へと入ってくると、いつもの定位置である涼介のベッ
ドにちょこんと腰掛けた。
 それきり俯いたまま声を発しようとしない啓介に、さすがの涼介も何と声をかけ
ていいのかわからない。
 普通に考えてみれば負けたのは涼介なのだから、その涼介に啓介が声をかけ
づらいというのが立場としては正しいような気もするが、この兄弟に限っては『逆』
である。はっきり言って、よりショックを受けているのは、啓介の方だからだ。啓介
にとって『アニキが負けた』というこの事実は、何よりも重いものなのだから・・・。
 しかし涼介もまた、啓介の前で負けてしまった自分を激しく悔いていた。啓介を
悲しませるものは、たとえ何であっても許さない。それが自分であるなら、なおさ
らだ。
 今本当に傷ついているのは、涼介なのかもしれなかった・・・。
「?」
 何か声が聞こえたような気がして、涼介はパソコンの画面から目を離し、なにげ
に啓介に目をやった。
―――その瞬間。
 涼介の心臓は凍りついた。
 啓介が小さく肩を震わせながら、泣いていたのである。
 涼介は慌てて立ち上がり、啓介の前にかがみ込むと、
「け、啓介。どうしたんだ?」
 啓介の顔を下から覗き込む。
 しかし啓介はポロポロと涙をこぼすばかりで、何も答えない。
 涼介はそんな啓介の涙をバスローブの袖で拭いてやりながら、泣きやむのをじっ
と待った。
 どのくらい啓介は泣き続けていたのだろう。
 ようやく涙も涸れ果てたのか、啓介は泣きやんで静かになった。
 涼介がティッシュを箱ごと渡してやると、啓介はチーンと何度も鼻をかんだ。
 鼻をかんですっきりしたのか、ようやく啓介は恥ずかしそうに顔を上げて、涼介を
見た。バトル後、まともに目を合わせるのはこれが初めてである。
 2人の視線が絡み合ったとき、涼介はごく自然に啓介を抱き寄せた。
 啓介は一瞬ビクッと体を震わせたが、抵抗はしなかった。
 そのままの状態で数秒が経過し・・・、ふいに啓介が口を開く。
「アニキ。ごめんな。」
「何が?」
 涼介が不思議そうに問い返すと、
「だって俺ばっか泣いて、アニキが泣くヒマとっちまったから・・・。」
 啓介の意外な言葉に、涼介はくすっと笑う。
 そして、一言。
「バカだな。」
 啓介の耳元で、優しく優しく囁いた。





 どれくらい抱き合っていただろうか。
 先に身じろぎしたのは啓介だった。
「あ、あの、アニキ。ちょっと離して・・・。」
 動いても涼介の腕から抜け出せない啓介は、ややうろたえ気味に言う。
「なぜ?」
 意地悪にもさらに腕の力を強くする涼介に、ますます啓介はうろたえてしまう。
 涼介はそんな弟を愛しい想いで見つめながら、ごく自然に言葉を紡ぐ。
「啓介。ありがとう。」
「えっ?」
 きょとんとなる啓介に、
「さっき、俺のために泣いてくれたんだろ?」
「・・・アニキっ。」
 ついさっきまで涼介の腕から抜け出そうとしていたというのに、啓介は今度は自
分から涼介にぎゅっとしがみついてきた。
 そんな啓介の態度に勇気を得たのか、涼介はさらに爆弾発言をする。
「啓介、好きだよ。」
「俺も好きだ。アニキ。」
 さらりと返ってくる答え。どうやら涼介の愛の告白は、通じなかったらしい。
 しかしこれしきのことでくじける涼介ではない。
 今度は明確な言葉で告げることにする。
「愛してるよ。」
「うん。俺もあいし・・・?愛してる!?・・・・・・って、ア、アニキ?」
 意味が通じたのはいいが、今度はいささか刺激が強すぎたようだ。
 パニック状態の啓介とは反対に、涼介は冷静に続ける。
「そのままの意味だよ、啓介。俺はずっと啓介だけを愛してる。」
「で、でも俺・・・あの・・・。」
 口をパクパクさせるばかりで、もはや言葉の続かない啓介に、『うーん、これはや
っぱり変化球勝負かな?』と涼介は瞬時に判断を下す。
 そして唐突に、一言。
「啓介。俺はおまえにとって一体なんだ?」
 すると啓介はさっきまでのうろたえぶりが嘘のように、きっぱりとした口調で言い
切った。
「もちろん世界一カッコイイ俺のアニキだ。」
・・・脱力。
 さすがは啓介。筋金入りのブラコンである。
 涼介は一瞬ニヤけそうになりつつも、いやいやそれではいかんと首を振って、
「それはそれで嬉しいんだが、俺は啓介にとってアニキ以上の存在になりたいん
だ。」
 きっぱりと言う。
「アニキ以上の存在って?」
「もちろん恋人だ。」
「恋人!?」
「ああ。」
「誰が誰の?」
「もちろん俺が啓介の。」
「ええぇーーーーーーっっ!?」
 ようやく自分が涼介に愛の告白をされているという事実に気づいたらしい。
 啓介は驚きの表情のまま、固まってしまった。
 涼介は予想通りともいえる弟の反応に、思わず苦笑する。
「啓介。おーい、啓介。聞こえてるか?」
「へっ?あ、ああ。うん。」
 ようやくはっと我に返る。
「啓介は俺と恋人になるのはイヤか?」
 そっと上目遣いで悲しげーに問いかける。涼介のこの表情に啓介が勝てるわけ
はない。
 案の定、啓介はうろたえまくって、言葉の意味もよく考えないまま、きっぱりと断
言してしまった。
「イヤってそんな・・・そんなわけないだろっ!!」
 涼介はにっこり笑って(←内心はニヤリ☆だったかもしれない?)、さらりと言う。
「じゃあ恋人になろう。」
 でも・・・、とまだ何か言いたげな様子の啓介に、涼介はとどめの一発を口にする。
「俺は啓介を一人占めしたい。俺だけのものになってくれ、啓介。」
 こんな殺し文句を平然と吐けるのは、世界広しといえども涼介くらいに違いない。
 啓介はかぁーっと赤くなって、
「お、俺も・・・。俺もアニキのこと一人占めできるんだったら、すげー嬉しいかも。」
 思いがけず啓介からとっておきの告白をもらった涼介は、今まで見せた中でも最
高の笑顔を啓介に見せた。
「好きだよ、啓介。」
「お、俺も好きだ。アニキ。」
 絡み合う視線。
 ゆっくりと自然に重なり合う唇。
 浅く深く何度も口付けを交わし、お互いの心を伝え合う。
 それは、甘美な夜のプロローグにすぎなかった・・・。






                            ―――TO BE CONTINUED








[途中書き]
このSSは、過去(?年前)に書いたものの第2弾です(←第1弾は「恋の軌跡と愛
の奇蹟」)。もうなんか読み返してあまりのヘボさに涙が出そうでしたが、ほとんど
手直しをしないまま載せました。直したいところが多すぎて、もうどこを直していいか
わからなかった・・というのが本当のところですが(死)。一応過去に書いたイニDの
SSはこれで終わりです。少なくて良かったー(苦笑)。
終わり方を見ておわかりかと思いますが、このSSには続きがあります。が、ここか
らは18禁(まあ私的には15禁くらいなんですけど、一応ね)です。ので、続きは大
人な方だけ読んで下さい(笑)。
あっそうだ。あと1つだけ言わせて頂きたいのですが、本当はこのSSの内容は、
私の中ではパラレルに分類されております。なぜなら私の中での2人がデキた時
期というのが、『涼ちゃん→大学1回生、啓ちゃん→高校2年生』なんです。しかし
今回の設定は、2人がデキたのが拓ちゃんとのバトル後の23才と21才になって
おります。なのでまあ私的にはパラレルかなと。ってどうでもいい話ですね(汗)。
ではでは途中書きのわりには長くて申し訳ありませんでした。


↑ 当時の後書きがこれですから・・・一体このSSの初書きはいつだったのか?と
いう恐ろしい疑問が湧いてまいりますね(遠)。ま、まあお気になさいませんよう。
どっちにしても大差ないです(←成長しないヘタレ文書き/自爆)。続きは上でも言
ってますが、裏仕様となっておりますので、読みたい方はお申し出下さいませ。
しっかしこの啓ちゃん・・・21才とは思えませんね(アハハハ〜)←笑い逃げ




BACK