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【キミガイルセカイ】
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「………最近秋良が構ってくれない」

「………………
ウゼェ(意:うざったいぞ)」

 以上、夏季休暇中の坂本家、夏流の部屋より、午前11時頃の会話。

「お前なぁ、お兄ちゃんの深刻な悩みを“ウザい”の一言で終わらすなよ。兄ちゃん泣くぞ」

「勝手にどうぞ。ああ、頼むからベッドで泣かないでね。洗濯してくれるんならいいけど」

「疲れるからやめとく」

「賢明な判断だね」

 坂本家の四人兄妹のうち、長男は長女のベッドの上。
 長女は自室にて課題の片付けをしており、次男は学友と出掛けていて、次女は調べ物の為
図書館に行っている。
 父親は仕事で、母親は家に居るが家事に勤しんでいる。
 暇を持て余してるのは長男だけなのだが、炎天下の中わざわざ出掛ける気にもならず、こう
してグダグダと長女の部屋に入り浸っているのであった。

「はああぁぁ〜」

「ため息つくと幸せが逃げるぞ」

「秋良がいれば幸せだからいい」

「些細で贅沢な幸せだこと」

 お互いに一切視線を交わす事はないが、決して冷めた雰囲気ではなく。

「なんで秋良は一人なんだろ……二人いたら一人は俺と一緒に遊びにいけるのに」

「“両手に花”状態にするべく、争いの元になるから。むしろ一人一人に秋良をつけるべきだ」

「いいなぁソレ。実現してくれないかな、誰かが」

 ふ、と自嘲したような吐息を漏らすのは二人同時。
 今の科学では、到底不可能なのは判っている。
 クローンにしろ、アンドロイドにしろ、それらは絶対に「坂本秋良」ではない。
 同じ遺伝子構造でも、感情や心は違う。
 表情や感情パターンを同じようにプログラムしても、作られた感情だから違う。
 それでも夢想してしまう。

「世界中が秋良だらけ、か。辞書から“戦争”って言葉がなくなるな」

「平和でいい事じゃないか。………さて、お兄様」

 机から初めて視線を外し、椅子を回転させて己のベッドの上でのさばってる長兄を呆れたよ
うに見やった。

「秋良がいなくて淋しいのが自分だけと思うな。私だって好き好んで課題をしてる訳じゃない
んだぞ」

 実を言えば本日、秋良を除く坂本兄妹はそれぞれデートプランなるものを計画していたのだ。
 憎むべきは先約を取り付けなかった自分か、秋良を連れて行った友人か。
 溺愛してやまない秋良がいないと、気力もなにも沸かない。

「やっぱ秋良は一人につき一人が標準装備だよな〜」

「出来てたら科学力の進歩はいらないし、神様の存在意義は塵に等しくなるよ」

「そうだな。…唯一つの至宝だから、こんな気持ちになるんだ」

 愛、尊敬、庇護、癒し。
 秋良から受ける感情は、ヒトとして貴(とうと)い。
 だけどこの気持ちは、秋良を苦しめてしまうかもしれない。
 全てを受け入れて尚、ヒトとしての弱さを自覚していて、自分の足でしっかりと立っている秋
良だから。
 体内に流れる、水よりも濃いものが更に秋良を追い詰めてしまうだろう。
 秋良には、秋良だけは、笑っていてほしいから。
 他人(ひと)よりも強い絆が、彼らの思慕を抑圧する。

「秋良を独り占めできる人間………現れたらどうする?」

「さあ?私にはわからないね」

「わからない?」

「ああ。その時“私”がどうするかなんて、怖すぎて想像もつかないよ」

 押さえ込まれた本能は、理性の鎖を引きちぎるか?
 それとも、より強固な鎖となって、自分を取り巻くか?
 二人にはわからない。

「ま、お兄様は知らないけど私は結局は秋良をとるんだろうね」

 秋良が選んだのなら、私は耐えてみせる。
 秋良を、秋良に選ばれた人間を、祝福してみせよう。

「私達は秋良の“家族”として生まれたんだ。神様の采配には逆らえないんだし、春海も受け
入れればいいさ」

「………神なんて信じてもいないくせに、よくそんなことが言えるな」

「おや?私は神を信じてるよ。ただ祈りはしないだけ」

 すべての祈りは、最愛の者にだけ捧げる。

「あっそ。俺はそこまで出来ないな」

 ベッドから立ち上がり、部屋から出て行こうとする長兄に、同じ深淵を抱える者として忠告す
る。

「家族だから、秋良の一番傍に居れたんだ。それ以上は望むんじゃないよ」

「それは“解ってる”さ。じゃあな、夏流」

 静かな音を発(た)てて、二人の言葉戯(ことばあそ)びは幕を閉じる。

 二人は、知っている。
 二人は、解っている。
 同じ血が流れる者だから、言えない事を。
 傍にいれたからこそ、言ってはならない事を。
 時折、零れてしまう想いの欠片(かけら)は、想い人が同じの互いだけで消失させる。
 それでも、思う。
 出来はしないくせに、夢をみる。



【キミガイルセカイデ 愛シテルトイエタライイノニ………】










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