地道に戦略を練りましょう





 それは、大抵の人々が体験した事のある作文の題目「家族」。
 坂本冬姫とて例外ではない。
 しかし…そう、しかしである、あの坂本冬姫である。
 この題目が課題として出た瞬間、担任とクラスメイトは硬直した。あの、坂本冬姫である。
 かつては人形のように寡黙で愛らしいその彼女は、いまや雄弁な「彼」へと変貌を遂げてい
た。本人曰く…


「自己改革だから」


 ものすごい笑顔で言ってくださいました。
 お願いだから、それで終わらないでくれと一体何人の人が思っただろう。
 そして、とうとう発表の日が来てしまったのである。

「私の一番大切な人、六年X組坂本冬姫」



 ちょっと待って下さい。家族じゃないの?
 誰もが思ったが、誰も突っ込む事が出来ない。

「私は、父、母、兄二人と姉、そして私の六人家族である、正確には後一匹猫がいるが六人家
族である。そのなかでも、尊敬し大切な人は下の兄だ」
 ああ、だから私の(家族の中で)一番大切な人なのか、と担任…中谷(仮)は思う。
 坂本の不可思議な行動は今に始まった事では無いためとりあえず放置する。正確には放置
するしか手段がないのだが、年長者としての態度の問題である。

「個人情報保護法の関係上名は伏せさせて頂くが、私にとって下の兄は私の行動起因の一つ
であると言える。自己改革に至るにも、この兄の助言あればこそ実現できたに違いない」

 個人情報保護法なんて、何で知ってんだろうと思いながら家族欄には確り名前が書いてある
から無駄ではないかと中谷(仮)は思う。思うが反面…。
 うん、今度ヒッソリと家庭訪問の時に会せてもらおう。そんな感想とツッコミを心中で担任は入
れたが、すでにツッコミを入れる場所がズレている気がする。
「然るに、私を構成する世界の約70%は兄で出来ている。と私はここに宣言する」
 え?クラス全体でそんな声が聞こえた。

 いや、宣言ってあんた何言ってんの?



「ココに至るまで、私も随分考えた。その結果、私が行動を決する起因、もしくは支援の大半は
私の兄だからである」

 きっと貴方のお兄様は、貴方がそんなふうになるなんて全く思わなかったと思うよ。

「本来であれば、100%と言いたいところであるが、両親・兄弟・友人・知人関係を含めた数値
であるが故に、70%とさせてもらう」

 すっごい比率だ。きっとそれぞれ10%ほどもないよ。と皆の心が一致する。
「地球を構成する偉大なる海にも似たその包容力。天に愛された我が兄こそが、私の一番大
切なひとです」

 パチパチと聞こえて来た拍手に気を良くしたのか、満足そうに息を付き坂本冬姫は席に着い
た。

 中谷(仮)は思う。
 お兄さんさえ攻略すれば、冬姫の沈静化に繋がるのではないのか…と。







「すみません、冬姫さんを含めず三者面談をしたいのですが。下のお兄さんの予定はどうなっ
ているでしょう。なるべくあわせますので話をさせてください。お兄さんに会わせて下さい。え
え、むしろお兄さん主体で、宜しくお願いします、お母さん」
「あらあら?」

 後日そんな電話の会話があったかもしれない。




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