ただ愛し、ただ恋いし





 揃いの金の指輪を送った。
 飾り気の無い小さな輪を。

 けれど、それは確かに二人を繋ぐ印であり鎖。これを送るこの瞬間をどれほど待ちわびたもの
か!
 御鷹統威という人間にとって坂本秋良という人間は唯一無二であり、絶対的な「なにか」を持
っていた。両親に紹介した時、双方共に若さゆえの熱だと、気の迷いだと何とか統威を諭そうと
したのだが、それを一瞥し「彼ならいいのではないか」と言ったのは祖父。
 いつの間に会っていたのか、かなり気さくに話す友人関係を秋良と築いていた祖父。それが幸
いしたのか両親の文句をすっぱりと切り捨て迎え入れた。…結局月日が経てば、両親共に秋良
の人となりに陥落(としか言いようが無いほど実子より可愛がっている)し。

 そんな御鷹の家とは思えないほど穏やかな日が続き始めた頃、不意に祖父の呼び出しを受け
た。



「お祖父様」
 鋭利な視線。
 少し前まで値踏みするように「御鷹」に相応しいかを見つめていた視線とはまた違う、「秋良」に
相応しいかを問う視線に少し優越感を持つ。
 秋良に択ばれ、手を取る事を許されたのは自分。祖父は友人という立ち位置にいる、それが反
対になる日は来ない…それを知っているからこその優越感を感じる。

「なんじゃ。統威か」
 呼び出していた事を忘れていた「振り」をする。
 やはり、何時までたっても侮れない人だ。
「秋良に何か吹き込みましたね」


 二日ほど前から、秋良の様子がすこしぎこちないのを知っているからこその、質問ではなく確
信をもった尋問。
「なんじゃ。そんな事か、ほれ」
 差し出された封筒を数瞬眺めてから受け取り、中を確認する。

「立食会ですか」
「彼と出るがよかろ」




「…本気ですか?」
「なんじゃい。嬉しいくせに。どうせ見せびらかしたいのじゃろ」

 さて、困った事に秋良が女装したのは生徒会選挙の一回のみ、いかにして秋良を女装させる
か…。
 
 
「鎖を送ったそうだの」
「なぜ知っているんです」
 唐突に切り替わる会話。
 そして何より送ったのは昨日の事、この祖父が知っているはずが無いというのに。

「秋良君に聞いた」
「…」
「めるとも、じゃからな」
「…」
 いつの間にアドレス交換してんです。っと言うより携帯電話もっていたんですかこのじじい。

「ワシに任せて見ぬか?」
 そう言ってニヤリと笑った顔は、まだまだ若々しかった。



「うううう」
 未だに納得できないのか、呻き声を上げる秋良の姿は実に愛らしいものだった。

 薄くほどこされた化粧。身を包むのはピンクを主体としたもので、所々に模造の薔薇が付いて
いる。
 背中に流れる長く弧を描く髪はウイッグで、それを止めるためのカチューシャにも模造の薔薇
があしらわれている。
 普段も「可愛い」という印象があるが、華やかなドレスを身に纏った姿は実に「麗しい」ものだ。


 問題はドレスを用意しようと母に相談したら、即座にこのドレスが渡された事だ。カツラ付きで
一揃い。
 いったいいつの間に用意したのか「女のヒミツよ統威」と言われた…秘密とどんな関連性があ
るのかは未だに不明のままだが、似合っているので気にしない事にした。

「秋良…気分でも悪いのか?」
 そうではないと解っていても、背中に手を回し軽くなでる。
「着いたが…大丈夫か?秋良が辛いのであれば、別に出なくても良いんだ」

 別に無理に参加させるつもりは元々無かった。
 今回の目的は秋良に女装させる事で、気分を悪くする為ではない。

「うっううん!大丈夫だよ。ちょっとこの恰好のことで…はずかしくて」
「大丈夫だ、よく似合っている」
「うー。ありがとう」

 似合っていないと思っているのだろうが、秋良の姿は充分過ぎるほどに周りの目を惹くだろう。

 会場に入った後の事を想像し、心の中だけでそっと笑った。




 彼を繋ぎとめる為に組まれた祖父の悪戯、キラリと輝くお互いの左の薬指の金の鎖は目眩が
するほどの幸福感を今から統威に与えてくれるだろう。




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