胸に秘めしは美徳





 初めて会ったのは偶然だった。
 偶々護衛やらを撒いて出かけた公園に彼はいた、暖かい日差しと少しだけ冷たい風。名も告げ
ずお互いに話し、共感し、笑った。
 なんの参段の無い言葉遊びに似た世間話。何よりも好好爺然とした態度が自然と出でしまった
のは、ワシとしても意外だった。
 茶飲み友達のような感覚で付き合いを続けていたのだが、孫が「なにより大切で一生を共にし
たい人」として紹介した彼の姿に(彼にとってはワシの姿に)随分と驚かされたものだ。
 あっさりと受け入れたワシに息子夫婦も簡単に折れ、半身として彼はちょくちょく屋敷に訪れるよ
うになった。あの時、受け入れた己に拍手喝采。嫌われずに済んだ事を何よりも喜んだのはワシ
自身だった。嫌われたくないなど、伴侶として選んだあの人以来の事だ。孫が半身として選んだの
も合点が行くと言うもの、年がいも無く孫をからかいつつ余生を暮らすのも悪くないと思うこの頃で
ある。


「お祖父様」
 鋭利な視線で射る。なんとも心地よい。
 おそらく気質はワシに似たのであろう孫は、家族にさえ心の弱さを曝け出さず。ただ完璧に「他
者」を演じ続けてきた。それは、上に立つ者としては必要な才能でもあったが、最近の孫には随
分余裕がでてきたとも思う。

「なんじゃ。統威か」
「秋良に何か吹き込みましたね」

 質問ではなく、確信をもった尋問。
「なんじゃ。そんな事か、ほれ」
 差し出した封筒を数瞬眺めてから受け取り、中を確認する。

「立食会ですか」
「彼と出るがよかろ」




「…本気ですか?」
「なんじゃい。嬉しいくせに。どうせ見せびらかしたいのじゃろ」

 孫の問いに間があったのは男を連れて行く事に関してではない断言できる、孫が思っている事
は「いかにして同伴者を女装させるか」この一点のみ。証拠は僅かに上がった口角である。

 随分と「男」の表情をする様になったものだと関心しつつ、つい最近起こった事を口にする。
「鎖を送ったそうだの」
「なぜ知っているんです」
「秋良君に聞いた」
「…」
「めるとも、じゃからな」
「…」
 いつの間にという呟きが聞こえ、内心は爆笑。実にからかい甲斐のある孫である。

「ワシに任せて見ぬか?」





 さて、秋良君を女装させる事が出来たか否か、勿論出来たに決まっている。
「なに、ちょっとした悪戯だと思って楽しんでくるといい。」
 そう言って好々爺とした顔つきでいれば、人の良い彼は簡単に折れてくれる。


 秋良君は多少頭の上に疑問符を並べていたが、立食会から戻った彼は楽しそうだったので良
しとする。

 ドレスがヒラリと舞い花が綻ぶ様に微笑む姿は、心踊るものがあるが…。
 なに、余生の楽しみと彼の笑顔がこの手に落ちるのならば。


 好々爺程度になってやろうではないか。




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