一つ内側へ





「秋良君。今度、立食会がある。統威と出てくれないか?」
 そう告げられたおじいさんの笑顔は実に楽しげで、オレでよければと訳も解らず了承してから、
おやっと思った。

 立食会=パーティー

 なら、同伴者は女性が定番のはずで、誘われた自分は男で統威は勿論男…あれ?





「うううう」

 車の中で不穏に呻く声。それは間違いなく自分の声で、今更ながらどうしようかと悶々として
いる。

「秋良…気分でも悪いのか?」
 気遣うように背中に回された手が心地よく、自然と呻き声も止まる。
 そっと左側に座っている人物を盗み見る。

 御鷹統威。

 整った顔立ち、サラサラとした滑らかな髪。
 誰もが美丈夫と称えるであろうその姿。

 そして…。
 自分を択んでくれた人。
 家族に紹介された時、恐ろしかった。会った事も無い人物達に否定されるのが何よりも…だか
ら彼も恐怖を抱いていただろうに、そんな思惟も出さず一生を共にすると言ってくれた瞬間が忘
れられない。
 否定されるだろうと思っていたのに、簡単に許しを出したのは統威のおじいさん。以外な事に
それは公園で良く会う人で、ニコニコと温和な笑顔で統威の両親を説き伏せた。


 指輪を統威に送られた時、真っ先に報告したのもこのおじいさん。
 とにかく誰かに伝えたくて、嬉しくてたまらなくて。メールを送ったあと結局電話し「秋良くんが
嬉しそうでよかった」と言ってくれた。

 このままではきっと、幸せ過ぎて早死にしそうだと秋良は思う。 

「着いたが…大丈夫か?秋良が辛いのであれば、別に出なくても良いんだ」
「うっううん!大丈夫だよ。ちょっとこの恰好のことで…はずかしくて」

 身に着けているのはドレス、ピンクを基調にしたもので動くたびにあしらわれたレースが可愛
らしく舞うもの。

「大丈夫だ、よく似合っている」
「うー。ありがとう」
 男としては余り嬉しくない言葉だが、統威に言われると嬉しく思えてしまう。 
 差し出された手を掴み、車を降り立食会の会場に足を踏み入れた。


 後の事は余り覚えていない。

 煌びやかな世界で、統威に掛かる視線が嫌で。
 ふて腐れていたら統威が慰めてくれて…一曲踊って(もちろん女性パートを)。そそくさと退室
してきた。

 恥ずかしいやら、嬉しいやら、なんだか良く解らないうちに終わっていて。釈然としないものは
有るけれど、あの時統威の言ってくれた言葉はきっと、友達では得られない言葉。

 やっぱり嬉しすぎて早死にしそうだ。






    だれにも見つからず抜け出せたら、私にささやかな褒美として口付けていただけますか?




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