ウチの家族は、皆とても綺麗だ。







  皆が君を大好きサ!







 俺は自分でもあまり気にしない方だけど、それでも他人の審美眼には充分潤いを与える程度
には整っているのだそうだし、妹の夏流は綺麗過ぎて中性的――つまり微笑めばまるで
様なのだそうで。これまた末の妹の冬姫が凄く綺麗で可愛くて、昔はあまり微笑むコトすら少な
かったから人形のように見えたし(今も勿論綺麗だけど何故か髪を切って性格が少し変わって
からは夏流のような少年系美人になってしまった)、父と母は子供の眼から見ても、とても四十
代とは思えぬ程見た目が若く整っている。母は下手すれば姉と言うか妹だし、父に至っては俺
の方が(家族で唯一)凄みのある男らしい顔立ちだからか、父はそのおっとり加減から兄と言う
か弟に間違えられたりもするのだった。
 流石に実の父母より老けて見える実子なんて、俺の家くらいだろうし、俺は別段歳より老けて
見えるとかそういったコトも特に無い為、裏を返せば彼等は(偶にとは言え)実子の弟妹に間違
えられる程童顔とも言える。
 そんな父母は父母で、父はおっとりとした美人系、母は小さくて可愛いアイドル系でこれまた
可愛い。要はウチの家族は俺を含め、皆が標準以上に綺麗な家族と言うコトだ。これが自慢で
も何でも無く、ただ只管に事実であるトコロが摩訶不思議。
 そんなキラリキラキラな自慢の家族だが、特に自慢したいのは我が家の次男にして愛すべき
弟――坂本秋良。
 言っておくが秋良程、心の綺麗な高校生男子は居ないだろう…と言うか「居て堪るか!」だ。
顔立ちはウチの家族の遺伝子にしては地味かもしれない。けれど顔が整っているからこその苦
労をそれなりにしている俺達は、面の皮一枚に左右される訳が無く。寧ろ「綺麗だからと言って
何なんだ」としか言い様が無い。顔が綺麗であろうが無かろうが、秋良は間違い無く綺麗でカッ
コ良くて可愛い、我が家でも一番愛されている次男坊。
 ――と言う訳で。何かとても前振りが長かった気がしないでも無いけれど、要は坂本家のアイ
ドルは次男の秋良な訳で、それで家の中で自他ともに認める『仲良し家族』な俺達が、少し真
剣に互いを睨み合いつつ常に無い緊迫感漂うリビングで、利き手の拳を固く握り締めているに
は訳があった。


 今日は良い天気だった。大学の講義が朝一であったから七時に起きた時、カーテンの隙間か
ら漏れる朝日と垣間見えた青空に、「洗濯日和ってこんな天気のコトを言うんだよな」と、朝っぱ
らから少し嬉しい気分になった。
 朝一に起きたので久々に家族と朝食を食べるコトが出来たし(大学に入ると案外朝一の必修
科目が少ないからその分起きる時間が遅くなってしまった)、高校時代以来だった『一緒に登
校』も途中で駅に向かう為別れるのが早いとは言え楽しかった。どれだけ男前だろうと綺麗で
可愛い妹二人に花のように優しい笑顔の秋良と歩いたせいか、今日はご機嫌で大学に行った。
 そして突然午後からの授業が休講になり、バイトも入っていないので素直に家に帰るコトにし
た。最初はいきなり手持ちぶたさになってしまったので帰りにどこかフラリと寄り道でもしようか
と思ったのだが、相変わらず未だに敬語を遣ってくる友達だか何なんだかな野郎共が鬱陶しい
のでそんな気分も五分で失せてしまい、だったら大好きな家族の家に帰った方がマシだとも思
ったのだ。
 昼飯だけ適当に入った店で済ませ(初めて入ったイタリアンレストランだったけど美味かった。
今度夏流と秋良と冬姫連れて行こうかな。どうでも良いけど矢鱈とウェイトレスが入れ替わり立
ち代りに水のお代わりを尋ねてくるのはいい加減どこの店でも何とかならないか?)、後はホン
トに寄り道もしないで真っ直ぐ帰った。それから部屋でレポート書いたりCD聴きながら雑誌読ん
だりして穏やかな午後を満喫していたら、その内冬姫と夏流が帰って来た。どうやら途中で合流
したらしい。華やかな妹達を見ているとシスコンと言われても文句言えないくらい「綺麗だなぁ」
としみじみ思う。
 この二人が帰って来て、一気に家の中が華やいだ。「それじゃもうすぐ秋良も帰って来るかな」
と何の気無しに窓の外を見れば、朝カーテンから見た空が夢だと思う程暗かった。そういえば午
後から雲が出てきたような気がする。雲一面に覆われた空は抜けるような青さの代わりに、光
も通さない暗雲立ち込める黒灰色と言っても過言では無い。今にも振り出しそうな空模様に、取
り敢えず「大事な妹が濡れる前で良かった」と俺は安堵した。――が。
「……秋良!」
 今朝は近日稀に見る程澄み切った青い空だった。当然、毎朝一応天気予報は見るモノのま
さか素晴らしい青空を晒しておきながら夕刻になってどんでん返しの如く雨雲が晴天を覆い尽
くす等と、一体誰が予想出来るだろう。そもそも俺から言わせて貰えれば、天気予報は確かに
的中率は高いだろうが、当たる確立が常に100%で無い時点で「天気予報は当たらない予報
だ」というコトをと示しているとも言えるんじゃないか? そんな稀に見る程の晴天を眼にして、
誰が雨傘を持って行くだろう。実際今朝見た天気予報では、「一日中良い天気でしょう」だった。
――どこがだ。
 今朝一緒に朝歩いたから当然知っている。覚えている。愛すべきたった一人の大事な大事な
弟は…傘を持っていなかった。当然だ。俺だって持って行くかあんな青空を朝っぱらから拝んで
いれば。
 シッカリ者な秋良のコトだ、置き傘くらいあるかもしれない。けれど比較的上品な生徒が多い
進学校とは言っても所詮は男子校。ウッカリ置き傘なんざしていれば誰かが掠め取るくらいしよ
う。そもそも心が綺麗で可愛くて優しい優しい弟のコト、置き傘を誰かに貸して自分は濡れて帰
って来るコトも考えられる。寧ろ秋良はそういう少年だ。
 俺がグルグル考えている間にも雲の色は刻一刻と暗くなり、ハッと気が付けばとうとう雨粒が
窓にポツポツ当たっていた。
「俺、傘持って秋良迎えに行く!」
 もしかしたら置き傘を誰にも盗まれず貸さず、自分で使って帰って来るかもしれないし誰かと
相合傘かもしれない。だが、誰かと相合傘な秋良なんてそれこそ想像したくない。あの大事な
弟と一つ傘の下で一緒に歩いて来た暁には――相手にはどんな方法で報復してやろうか。お
のれ鈴木(仮)!俺の弟に手を出すな!!
 しかし、敵は本能寺でも無ければ秋良と肩を並べて一つ傘の下な鈴木(仮)でも無く、目の前
にこそあった。
「じゃあ、俺が行く」
 ハイ! と姿勢正しく挙手で傘のお迎え権を施行したいと名乗りを挙げたのは、冬姫だった。
「ふ、冬姫は小さいから駄目!こんな暗い天気で暗い時間に歩いてたら攫われるだろー!?」
 実際その心配も本心だが、それ以上に秋良と相合傘がやりたい俺(←いつの間にか相合傘
をするコトに脳内決定してしまっている春海サン)。
「えー!?そんなコト無いよ、大丈夫」
 些か不満そうな冬姫に心が痛まない訳でも無いが…この愛らしく凛々しい妹以上に、俺は弟
を溺愛しているのだった。
「あ、じゃ私が迎えに行くよ」
 今度は夏流。冬姫も夏流も、俺同様一番大好きな家族は次男の秋良。冬姫が一番懐いて勉
強を教えて貰いに行くの相手は秋良だし、夏流が女子から貰う菓子類を貢ぐ相手は秋良だし、
俺が泣き付いたり愚痴を言いたかったり遊びに行きたいと誘う相手は秋良。
「な、夏流も冬姫も、今さっき帰って来たばかりだろ? 俺は半日暇して身体あんまり動かして
無いし…男子校へ迎えに行くんだから妹を行かせるのは忍びないんだ」
「「大丈夫! だってそこらの男より自分の方がカッコイイ自信あるから!!」」
 自信満々に言われた。それが近所でも評判の美人姉妹の言うセリフか。しかも冗談に聞こえ
ないくらい実際美形なのだから咄嗟に反論出来ない。
「…俺だって、秋良迎えに行きたい」
 後ろでいきなりボソッと呟かれ、振り向けば理知的な眼鏡を掛けているが実はおっとりな父だ
った。
「ずるーい! あたしだって秋ちゃん迎えに行きたーい!」
 実の妹より妹らしい実の母。あぁ…ホント愛されてるよな秋良!(泣)
「俺だって秋良迎えに行きたいんだよ! んでもって相合傘で帰りたいんだー!!」
 つい本音を叫んでしまってからハッと気付いたがもう遅かった。一瞬ポカンとした家族の眼が
キラリン☆ と輝きだし、「それ良い!」と満場一致。
 かくして――何かもうホント前置き長いな、俺達は尋常ならざる雰囲気の中、やけに緊迫ムー
ド漂うリビングの中央にて拳を握り――

「「「「「じゃーけーん、ポン!」」」」」


 そして…淡い色の傘の柄を握り、迎えに来た愛しい家族が濡れないようにと肩を半分冷やし
ながら相合傘で家に帰って来たのは、数年前までは人形のように整った無表情が常の顔だっ
た末の妹の、今はすっかり凛々しく美しい嬉しそうな笑顔を、それはそれは照れ臭そうに柔らか
く微笑んで見守るように見詰める、可愛い可愛い綺麗な自慢の弟なのだった。







                                                      




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