それは本当に偶然で、ある種の僥倖でもあったのかも知れない。




   瞬きの輝き




 ふと思い出したように母が連れてきた立食会。普段は自分の事のみしか頭にない彼女が、和泉
の事を思い出したのはやはり自分の事でだった。
 とある立食会の招待状を偶然にも手に入れて舞い上がっていた彼女が、丁度良いとパートナー
として連れて来たのが自分の息子。たまたま招待状を見た時に目の前に居たから、と言うのが理
由らしい。
 彼女の気紛れは今に始まった事ではなく、日々忙しそうな父はその日も素っ気無く「楽しめ」とだ
け言って家を出た。
 会場を程よい間隔に区切る食卓。手入れの行き届いたホール。凛としてとしてたたずみ行き届い
た接待をする給仕達。
 所謂「成り上がり」である和泉の家に、この立食会の招待状が届いたのは謎だが。振舞われる
食事は、料理人達の愛情の見える一品ばかり。手を付けないのも申し訳ないので、軽くつついて
回った。そして気付く、「成り上がり」と「名家」との間にそれとなく「分家」や「中堅」が入り接点を付
けないようにしていることに。

「…大人の世界って、大変そう…」
 とは言ってみたが、やりたい事が無ければいつかは自分もこの中に入るのかと思うと気が滅入
った。
 食事も終り、和やかな談話に雰囲気が変わり始めた頃、ざわりと場の空気が動いた。

 ささやかれる声と、女性達の視線。その先にいたのは、自身の通う学校の先輩の姿。

「見て、御鷹の御曹司よ。今日も凛々しくていらっしゃるわ」
「すてき!彼はまだ17歳でしょ。大人びているわね」
 女性達の声はどこか甘く、羨望の眼差しが先輩の姿を捉える。


 御鷹統威。
 藤森学園の会長補佐。

 姫になる際に合った彼は、真っ直ぐとした視線で僕達を見据えていた。
 たった一歳しか違わない彼は大人びていて、でも会長と居るときは穏やかな姿に変わる。その
姿を見慣れていた為に、本当に彼だとは一瞬信じられなかった。

 目元は厳しく、視線も刺を感じる。学園とは違う姿に恐ろしさも感じた。
 幸いな事に僕の両親は、余り僕の事に干渉して来ない。だから学園の先輩である「御鷹統威」が
このミタカコーポレーションの「御曹司」という事には気付かないだろう。当然僕も彼の傍には近寄
らない。
 なぜなら「ミタカコーポレーションの御曹司」と「消費者金融の息子」は会った事が無いから…。

 遠巻きに眺めていたら、不意に気付いた。
 御鷹先輩の左側に、女性が居る事に。居て当然だ、この立食会はパートナー同伴なのだから、
でも…あれは?
 着ているものはドレス、たゆとう髪は長くささやかな化粧は愛らしい。


 けれどもアレは。


「坂本会長」

 そう、アレは坂本会長。御鷹会長補佐が唯一全身全霊をもって寄り添う人。
 人の波を避け、二人で何かを話している。やがてからかうように御鷹先輩が笑い、つられて坂本
先輩も笑う。したたかに御鷹先輩の胸板を叩こうとした坂本先輩の手は簡単に捕まえられて、開
いた手は自然な流れで腰に回る。
 それを嫌がる事もせず甘受する坂本先輩の左手の薬指が、キラリと金色に光る。
 僕と同じように二人を眺めていた女性達は、その光が見えると同時に敗北感を味わいながら場
を辞していく。彼女達を諦めさせたのは指輪だけでは無いだろう。
 穏やかな空気、微笑む暖かさ。その人だけならば鋭利な刃物のような存在、けれどもあの人が
いるだけで全てが変わる。優しく、甘く、何所が懐かしさを伴いながら。あの人は知らずその場を支
配する。

「さすがだなぁ。坂本先輩」

 なぜ、この会場にいるとか。
 なぜ、女装しているとか。
 なぜ、指輪をしているとか。
 とりあえず、そんな事は全てなげうって。残っている時間は全て、彼らを見よう。
 瞬きすらも凌駕する光輝く彼等は、見つめる事さえ出来ない時間も支配する。




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