それでも君は微笑む





そう、刃物がいい。
深く深く突き刺さるそれは禍々しく輝き、滑らかな弧を描いているのだろう。
痛みよりも疼きが身体を支配し、脳はその伝達速度を低下させていく。
艶やかな刀身に陶酔しながら朽ちていく。

いや、麻薬…違うな毒薬がいい。
進行の遅い、しかし足掻く事すら愚かな行為と嘲る様な…。
倦怠感に身を浸し溶けていく。

それとも凍えた世界だろうか。
そこではどんな微生物も生存できない。
絶対的な零下の世界の中で、指先からじわじわと進行する痺れ。
世界に内包されたまま、朽ちる事すら出来ず。抱きかかえられたまま包み込まれていく。
甘美な誘惑に思える。



そのまま誰にも邪魔されず、ただ君と最期を過ごせれば…。
身の内に潜む獣は、喉を鳴らしその時を待っている。


「ああ、またか」
どうも猟奇的な思考になりつつある事を、御鷹統威は自覚していた。
只一人、坂本秋良という存在を考える。その瞬間にそれは己の思考を支配する。
最初に思ったのは、どこかに秋良を繋ぎ止め死しても己の傍に置き続けること。次に思ったのは
秋良を殺してしまう事。
けれど、殺した瞬間はいい。最後に触れたのは目にしたのは自分だけ…そのなんと甘美な誘い
に、ふと気付く。
もし、検視解剖などに回ったら?葬儀の時衣服を整えるのは?自分以外の誰かが死して尚秋良
に触れる、そのなんと憎らしいものか!!
いっそ殺したあと、骨も髪も残さず食べてしまおうかとも思った。
けれど駄目だ。
食べてしまった後、触れる事が出来ない。
防腐処理を施した死体を残しても、己が死した後誰かが触れるのか?
ならば、秋良に殺してもらえればいい。
殺して目の奥に自分を残して、そして食べてくれたらどんなに素晴らしいだろう。
彼の一部となって死した後も食した自分を懺悔でも呪詛でも何でもいい、思い続けてくれたならな
んと素晴らしいだろうか!!



けれどそれは叶わない事だ。
が、御鷹統威という人物はいい意味で行動的。悪い意味で直情的だった。
総てさらりと本人、坂本秋良に言ってしまったのだ。

「という事で、秋良。私に飽きたら私を殺してくれないか?」
ついでに食べてくれるとありがたい、とも付け加える。




「いいかもしれないね」




まどろむように微笑んで彼は言う。
「でもね統威。オレが君を食べてしまったら、君以外の誰かがオレに触れて、話して、抱きしめてし
まうよ?」
「…それは困るな」
彼はなおも笑い言う。
「君の知らない人と結婚して、知らない生活をして、子供を作って、やがて死んでしまうよ?君の事
を思い続けるかも知れないけど、君は居ない。どんなに望んでも、君の手はオレに触れてはくれな
いし、君の声は聞こえない、君の匂いは感じられないし、君の顔も見る事が出来ない。確かに統威
の全部がオレのものになるけど、オレは統威のものではなくなってしまうよ?」
それでもいいの?

「それは憎らしいな」
「だよね」

内容に反して秋良の顔は笑顔のままだ、しかも愛おしげに統威の頭をなでている。
頭を撫でられるのが気持ちいいのか、うっとりと目を閉じる。

「秋良は、怖くならないのか?」
「何が?」
「自分で言っていても、かなり猟奇的な思考だ。本来ならば、拒否するだろう?」

それか頭が狂ったかと考えるものだ。
けれど、彼は笑った。
今尚笑っている。



「そうかもしれないね」




ああ!!それでも変わらぬまま君はこの歪み狂った私に微笑むのか。




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