触れられずに終わるなら、いっそ総て壊してしまいたい。

「修也さん」
 たどたどしく呼ばれる名前も。
 自分の額に感じる、他者の温もりも。

「うん?」
 自分の手から伝わる体の震えも。
 そして、僅かに赤く染まった頬も。

「好きです。だから…」
 総て自分だけのものと豪語する事が出来ないけれど。
 この瞬間は君は自分だけのもの。




  王子様の憂鬱



 有定修也には悩みがある。
 それは恋愛関係である。告白して、デートもして。
 ここまでは順調だ。



 そう、ここまでは。次の一歩になかなか進めていないのだ。
 余り焦って行動すれば、彼の周りの人物達の制裁がまっていそうだ…。

 そう現在有定が付き合っているのは『彼』つまり男である。
 名前は坂本秋良、同じ学校の後輩で彼はひたすらに自分を平凡だと言い張るが、平凡というベ
ールを被った非凡な存在である。
 そして彼の周り、特に家族関係は侮れない。
 彼は四人兄弟の六人家族、その総ての人物が彼を至上としている。
 その為か、彼等は余り有定に好感は持っていない。なぜなら有定は大事な彼を掻っ攫っていっ
た鳶のくせに、制裁を加えようにも彼が許さないだろう事が目に見えているからだ。
 彼等はいつも制裁を与える瞬間を待っている。


 ぶるりと有定の背筋が凍る。
 彼等は敵に回すべきではない。
 彼等は交友関係はほとんど無いのに、下僕(信者)だけは山のように抱えている。
 有定の憂鬱な日々は続きそうだ。


 そうこう言いつつもデートはかかさない所が実に彼らしく、そしてその日は彼らしくもなくポロリと
思わず出てしまった言葉があった。

「キスしたい…」

 間を空けてから我に返る。
 自分は今、とんでもない事を口走ってしまった気がする。

 場所は自分の家の部屋。
 以前秋良が見てみたいと行っていた映画のDVDを見ている途中である。

 隣に座っている秋良の顔を盗み見たい所だが、どうやら呟いたのが聞こえたらしく俯いている。
 
 なんてらしく無い事をしてしまったのだろう。
 怖がらないように、少しずつ縮めていくはずの距離。

 かすかに触れている肩から伝わる震えは、おそらく嫌悪か恐怖。


「その…」
「ごめんなさい。失言だったかな」
「いいえ。あの…」
「ん?」

 何を聞かれるのだろう。
 その言葉に上手く返せなければきっと、この関係は崩れてしまうだろう。

「…オレも…」

 かすかな呟きに秋良の顔を窺う。

 心持ち赤くなった頬と、そらされた瞳。
 不謹慎ながら可愛らしくて頬が緩むのが良く解る。

「秋良が好きだ…秋良は?」
 これはきっと質問じゃない。
 YES以外の答えは望まない、そんな声音に聞こえただろう。
 それでもなんて愛しい。

「修也さん」
「うん?」

 愛しすぎてきっとオレの頭は可笑しくなっている。
 二人の距離がもどかしく、思わず秋良の前に回り肩を抱き、額をつける。
 目の前にいるのはお互いだけだ。
 テレビから聞こえるのはエンドロールだろう。

「好きです。だから…」

 少しずつ近くなる顔。

「キス…して…」

 ください。そう続くはずだった言葉は唇が触れ合う事で溶けて消えた。



 最後まで聞かなかった。
 最後までなんて待てなかった。


 馬鹿みたいだと思えるほどに優しく。



 只触れるだけのキスをした。




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